月影と てふのひそみで 香を練り 芥子のつぼみの 形にまろめり
*「練り香」というものがあります。沈香や白檀や丁子など各種の香料を粉末にし、それを蜂蜜などで練って、小さく丸めたものです。香炉などで燃やすと、とてもよい香りがする。
香料の種類や調合の割合などで、いろいろと楽しめるものでしょう。
そういう香道の奥ゆかしい仕事を材料に、作者は歌をひねってみたらしい。
月の光と、蝶々のひそみを粉にして、蜂蜜などで練り、芥子のつぼみの形に丸めてみたと。「ひそみ」とは「潜み」ではなく、「顰」です。顔をしかめるという意味です。知っていると思いますが、一応。
「顰に倣う」という言葉がありますが、それは中国の故事に由来しています。美女西施が病を得て、苦し気に顔をしかめている様子が美しいので、醜女がそれを真似てみたところ、あまりに見苦しいことになって、みんな逃げてしまったというのです。
ここまで言うと、作者の意図もわかりますね。
あまり解説すると、きついでしょうか。
蝶の顰とはもちろん、美女の苦し気な顔のことです。誰かということは言わなくてもわかるでしょう。あの人はいつも悲しそうだった。なぜなら、愛しても絶対に伝わらないということが、わかっていたから。それでも愛さねばならないという使命を、微笑みとともに背負うというものが、真の女性というものです。
伝わらなくても、すべてをやらねばならない。その決意が目に見える時、それは女性でありながら、まるで男性の聖者のように清らかに美しく見えるのです。
何も知らない女が、そんな女性の表情を、軽々しく形だけ真似てしまえば、愚かなことになる。
そういう教えを、芥子のつぼみのような形の香にして、君たちにあげよう。
それが作者の意図でしょう。美しいですね。