長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ラーヤと龍の王国』

2021-07-15 | 映画レビュー(ら)

 コロナ禍によって本来見込まれた規模での劇場公開が見送られ、ディズニープラスでの配信を主戦場とした本作(その後『ブラック・ウィドウ』によって配信と劇場が観客を食い合わないことが確認されつつある)。アジア系へのヘイトクライムが相次ぐ今日、ディズニーによる新たな価値観の提示が非常に大きな意味を持つ1本だ。

 時は昔むかし、所はアジアと思しき何処か。世界は邪悪を封じた龍神シスーの宝玉によってその均衡を保っていた。ある日、代々玉の守護を司ってきたハート王国に隣国ファングが侵攻。宝玉が5つに砕かれたことで世界に再び邪悪が解き放たれてしまう。それから6年、ハート王国の生き残りラーヤはシスーを甦らせるべく、荒廃した大地を放浪していた。

 『ゲーム・オブ・スローンズ』が中世ヨーロッパをモチーフにしたファンタジーなら、こちらは古代アジアをモチーフにしたアジアン・ファンタジー。ラーヤの剣はじめプロダクションデザインがカッコよく、『ムーラン』のような政治的プロパガンダ抜きでようやくアジアが娯楽ファンタジーのフロントラインに立てた事は喜ばしい。

 そしてディズニープリンセスが王子様を必要としなくなって久しいが、本作では完全にヒロインだけで物語が駆動している事に驚かされた。シスターフッドの清々しさを体現するのは今やFriend next doorなオークワフィナだ。実写映画だろうがアニメだろうが、いつものダミ声で実に楽しい快投ぶりである。『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』でいわれなきバッシングを受けたケリー・マリー・トランもラーヤ役で凛々しいボイスアクトを披露しており、再びアクションヒロインとして屹立している。

 マーベル、ピクサー、スター・ウォーズとあらゆる人気コンテンツを総動員して新たなスタンダードの創出に邁進しているディズニー。いよいよアジア系の風が吹き始めた感があった。


『ラーヤと龍の王国』21・米
監督 ポール・ブリッグス、ディーン・ウェリンズ
出演 ケリー・マリー・トラン、オークワフィナ、ダニエル・デイ・キム、ジェンマ・チャン、ベネディクト・ウォン、サンドラ・オー
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『ラスト・クルーズ』

2021-05-20 | 映画レビュー(ら)

 2020年1月、新型コロナウィルスの感染者が出たことから横浜港に寄港しその後、14日間の隔離期間中に712名の大量感染を生んだダイヤモンド・プリンセス号の様子を収めたHBOドキュメンタリー。言わば”当事国”である僕らにとって無視できない1本だろう。

 本作のほとんどは乗客乗員がスマートフォン等で撮影した映像で構成されている。後の悲惨を知るだけに、彼らがコロナウィルスが忍び寄っている事にも気づかず、クルーズ旅行に興じる姿は戦慄を覚える。やがてロックダウンが発令され、船内から人の気配が消える様はほとんどホラー映画の域だ。ロクに状況把握もできず、異国の洋上で何日も隔離された彼らの不安は計り知れない。本作ではPCR検査を抑制し、感染を拡大させた日本政府の対応も明確に批判されており、あれから1年を過ぎても未だなお検査体制を整備せず、あまつさえオリンピックを決行しようとする本邦政府の無能さは津々浦々まで知られるべきだろう。

 見逃せないのはクルーズ船に象徴される格差と搾取の構造だ。ロックダウン下もなおサービスを維持せざるを得ないクルーの船室は窓すらない密閉空間であり、中には発症者と同室で隔離された者もいたという。彼らが下船を許されたのは乗客が全員下船した後の事だ。エンドロールで映される乗客とクルーそれぞれの住居の対比は、未だ欧米諸国にとって東南アジアが搾取の対象であることが示されている。

 そして日本では再びクルーズ船内で新型コロナウィルス感染者が出る事案が発生。多くの国民がコロナ禍によって生活困窮する中、緊急事態宣言発令中の東京都の隣り、神奈川県から出港し、再び横浜へ寄港したという。これ以上、言うことはあるまい。


『ラスト・クルーズ』21・米
監督 ハナー・オルソン
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『Love,サイモン 17歳の告白』

2020-09-04 | 映画レビュー(ら)

 高校卒業を間近に控えたサイモンはオンライン掲示板に書かれた投稿を見て、その主にメールを送る。ゲイである事を隠しているサイモンは、その主も自分と同じ悩みを抱えているのではと察したのだ。サイモンはブルーと名乗る投稿主との文通を経て、やがてまだ見ぬ相手への恋心を募らせていく。

 これまで数多く作られてきたカミング・エイジ・ストーリーの現代最新版だ。サイモンは家族や友人に恵まれ、何不自由なく生きてきたが、自身のアイデンティティを確かめることも明かすこともできなかった。彼と周囲の人々の交流を丁寧に描く演出、脚本の慎ましやかさと主演ニック・ロビンソンの繊細な演技が素晴らしい。サイモンの抱く恋のときめきと人生の目覚めは誰もが共感できる普遍のものだ。「ゲイと自覚したきっかけは?」という問いに「デナーリス推しじゃなくてジョン・スノウ推しと気付いた時」という会話も楽しい(基礎教養としての『ゲーム・オブ・スローンズ』!)
また『13の理由』で迫害されるヒロインを演じたキャサリン・ラングフォードがここではサイモンの幼馴染役で生き生きとした表情を見せているのも嬉しかった。

 ブルーとのメールが第三者に盗み見された事で、サイモンはゲイである事をバラされる“アウティング”の危機に遭う。日本でも社会問題として取り沙汰されるこの行為の卑劣さには胸をかきむしられるような想いだが、“学園青春モノ”は日進月歩でこのイシューを更新してきた。翌年、Netflixで配信されたTVシリーズ『セックス・エデュケーション』やオリヴィア・ワイルド監督の『ブックスマート』ではゲイや同性愛が当たり前の事として描かれ、登場人物の誰もが互いを認め合い、攻撃的な敵は一切出てこないのだ。たった1年でポップカルチャーの景色はこうも変わるのか。サイモンの告白を学校中の生徒が見学に来るというクライマックス1つとっても(こんな晒し行為がハッピーエンドとは思えない)変革の年である2019年の作品群と比べて古びて見えてしまった。

 もちろんそれが本作の繊細さを損なう事にはならない。だがこのジャンルの作り手達は現在を生きる若者達の進歩性を信じ、多様な社会と連帯のロールモデルを日々更新し続けているのである。


『Love,サイモン 17歳の告白』18・米
監督 グレッグ・バーランティ
出演 ニック・ロビンソン、キャサリン・ラングフォード、ジョシュ・デュアメル、ジェニファー・ガーナー
 
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『ラスト・ターゲット』

2020-04-01 | 映画レビュー(ら)

 『コントロール』で映画監督としての才能を発揮したアントン・コービンを当代きっての名プロデューサーであるジョージ・クルーニーが放っておくワケもなく、マーティン・ブース原作『時間の蝶』の映画化に招聘したのが本作(原題The American)だ。
いわば雇われ監督となったコービンは主人公の潜伏先となるイタリア寒村を美しいショットで構成し、その美学を炸裂させている。静かにディテールを積み重ねていく筆致はまるで劇中のクルーニーが組み立てるサブプレッサー付きショートレンジライフルのような異貌であり、映画に独特の魅力もたらしているが『コントロール』にあった題材への思い入れは感じられず、映画としての熱量には乏しい。

 任務に失敗した殺し屋クルーニーがほとぼりを冷ますため、イタリアの山村にやって来る。その間、在宅勤務とばかりに他の殺し屋の銃をカスタマイズする。職人気質の作業、夜は親しくなった牧師とワインを酌み交わし、たまに娼婦を買う。登場する女優は美女ばかりだ。

 やがて彼を狙って刺客が送られてくる。足を洗うと決めた男はホレた娼婦を守るため戦いを挑む。ハードボイルドのクリシェが的確に韻を踏まれるが、映画の体温は上がらない。クルーニーはもう少し粋を発揮してもコービンに泥を塗る事にはならなかっただろう。


『ラスト・ターゲット』10・米
監督 アントン・コービン
出演 ジョージ・クルーニー、ビオランテ・ブランド、テクラ・ルーテン
 
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『ラスト・クリスマス』

2020-01-22 | 映画レビュー(ら)

 ドラゴンを降りた我らがカリーシことエミリア・クラークが酒飲み、自己チューのホームレスを演じるラブコメディ。インタビュー等のオフショットで見る限り、我らがドラゴンの母はこのジャンルに打ってつけのファニーフェイスの持ち主。ガールネクストドアな親しみ易さがある。

 舞台はクリスマスシーズン真っただ中のロンドン。彼女が働くのはクリスマスグッズ専門店で、オーナーはなんとミシェル・ヨーだ。そこへエミリアの恋のお相手としてヘンリー・ゴールディングが現れる。『クレイジー・リッチ!』の母子再共演にシンガポールで没落したヨーがロンドンで再出発し、生き別れの息子と再会する話しかと思っちゃったよ!(2人の共演シーンはなし。)ゴールディングは『クレイジー・リッチ!』の成功がフロックでなかった事を証明するハンサムぶりで、ハリウッド女優の恋のお相手をアジア系俳優が演じる新たな時代の扉を開いている。

 『ラスト・クリスマス』はベタなジョージ・マイケルのヒットナンバーも、多様なキャスティングも他のジャンル映画とは一線を画す大きな仕掛けだ。やや詰め込み過ぎなきらいはあるが、スマホを捨てて上を向けというメッセージは気持ち良く、多民族社会となったイギリスの現在(いま)を映していると言っていいだろう。そして聖夜の奇蹟を素晴らしき哉、人生と謳うクリスマス映画でもある。ぜひともカリーシには女王不在のラブコメ映画界を征服してもらいたいところだ。


『ラスト・クリスマス』19・米
監督 ポール・フェイグ
出演 エミリア・クラーク、ヘンリー・ゴールディング、ミシェル・ヨー、エマ・トンプソン
 
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