長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ザ・レポート』

2019-12-10 | 映画レビュー(れ)
 
 9.11以後、CIAは次なるテロの情報を掴むべく、容疑者に対してシステム化された拷問プログラムを実践していた。それが結果的に全く効果を上げなかった事はおろか、死亡者まで生んでおり、これらの事実を組織的に隠ぺいしたのである。
本作は上院スタッフのダニエル・J・ジョーンズが実に5年の歳月をかけて膨大な記録書類を精査し、この事実を暴き出すまでを追っている。

監督、脚本を務めたスコット・Z・バーンズはやはり脚本を手掛けた『ザ・ランドロマット』の飄々とした筆致から一転、余分な人間ドラマをオミットして事実だけを列挙するジャーナリスティックな演出で、この並々ならぬ気迫に牽かれた主演アダム・ドライバーも諸突猛進の力演だ。バーンズのストイックな姿勢はやや生真面目が過ぎるきらいもあるが、日本の表現者もまずは爪の垢を煎じて飲むべきだろう。ジョーンズは言う「僕らの世界では紙は法を守るためにあるんだ」。描かれる三権分立を象徴するかのようなアネット・ベニングの重厚さも素晴らしい。

いやはや、頭の下がる映画だが、僕らも下を向いてばかりはいられない。毎日のように大統領がフェイクを垂れ流すアメリカ国民のみならず、今や法治国家とは程遠い嘘と隠ぺいにまみれたここ日本の観客にも大いに突き刺さるだろう。


『ザ・レポート』19・米
監督 スコット・Z・バーンズ
出演 アダム・ドライバー、アネット・ベニング、コリー・ストール、マイケル・C・ホール、モーラ・ティアニー、ティム・ブレイク・ネルソン、テッド・レヴィン、ジョン・ハム
 
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『LEGOムービー』

2019-09-24 | 映画レビュー(れ)

毎年誰がノミネートされたかより、“誰がノミネートされなかったか”の方が盛り上がる気がするアカデミー賞。2014年度は本作の落選が驚きを持って伝えられた。他のどの候補作品よりもヒットし、批評家からも大絶賛されながら長編アニメーション賞ノミネートでその名前が呼ばれる事はなかった。子供向けおもちゃを使ったアニメなんて芸術性がない?LEGO動画はYouTubeのネタにすぎない?そんな“既成概念”にケリを入れるのが本作だ。

定番を思わぬやり方でひっくり返すのが監督フィル・ロード、クリス・ミラーの得意技だ。刑事バディアクションの定石を外しに外してセンス・オブ・ワンダーへと昇華させた『21ジャンプストリート』は最高に笑える大快作だった。本作でもギャグとアクションはたっぷりに、終幕で“アニメ”という表現媒体すら取っ払って僕らの度肝を抜く(これがオスカー選外の理由かも)。遊び方は1つじゃない。既成概念に捉われるな。想像力と好奇心で可能性は無限に拡がる。それこそがLEGOというオモチャの魅力そのものじゃないか!

温かいテーマを裏付ける創り手の知性が心地良い。オスカー落選を受けて監督は自身のTwitterに「いいもんね、自分で作ったから」とLEGO製オスカー像をアップした。その数年後、『スパイダーマン:スパイダーバース』でオスカーを受賞した彼らは、LEGO製オスカー像の横に本物を並べて飾っているという。


『LEGOムービー』14・米
監督 フィル・ロード、クリス・ミラー
出演 クリス・プラット、ウィル・フェレル、エリザベス・バンクス、リーアム・ニーソン、モーガン・フリーマン
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『レイチェル』

2019-03-18 | 映画レビュー(れ)

アルフレッド・ヒッチコック監督『レベッカ』の原作者として知られるダフネ・デュモーリアの小説『My Cousin Raechel』の映画化。
19世紀、イギリス。養父アンブロワーズが養生先のスペインで病没、その未亡人レイチェルが訪ねてくる。アンブロワーズから莫大な財産を受け継いだ主人公フィリップは次第にレイチェルの聡明な美しさに魅了されていく…。

おそらく原作はレイチェルの正体を巡るミステリーに主軸が置かれていると推測できるが、脚本も手掛けたロジャー・ミッチェル監督と主演レイチェル・ワイズは彼女を妖婦ではなく、時代の犠牲者という現代的な解釈で描いている。レイチェルは亡き夫の面影を求めて渡英してきた哀しき寡婦であり、遺産に興味がない事は明確だ。誰かに所有される事を嫌い、自由を強く望む。この言葉よりも感情が先走るワイズの情熱的な演技はオスカー受賞作『ナイロビの蜂』を彷彿。聡明で自立心旺盛なヒロイン像は彼女の専売特許と言っていいだろう。

だが、時代はそんな自立した女性を良しとはしなかった。おそらくアンブロワーズもフィリップ同様、レイチェルを“所有”しようとしたのだろう(フィリップにおいてはろくに女性の扱いも心得ていない節がある)。悲劇的な結末の末にフィリップが課せられる罪悪感はしかしながら、今日に至るまで我々は共有する事なく来てしまったのである。

『レイチェル』17・英
監督 ロジャー・ミッチェル
出演 レイチェル・ワイズ、サム・クラフリン、ホリデイ・グレンジャー、イアン・グレン
 
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『レディ・バード』

2018-06-16 | 映画レビュー(れ)

アカデミー賞で作品賞はじめ5部門にノミネートされた『レディ・バード』は監督グレタ・ガーウィグの個性がつまった愛すべき小品だ。女優としてノア・バームバック作品等に持ち込んできた柔らかいヒューマニズムが本作の持つ“優しさ”へと結実している。サクラメントに住む少女“レディ・バード”の高校生活最後の1年を描いた本作は多分にガーウィグの実体験を反映していると思われるが、人間の営みを見つめた繊細な視線は誰もに過ぎ去った日々を思い出させてくれるだろう。北海道の山奥にある高校に通っていた僕はしばしば通勤途中の母に車で送ってもらったし、父は家にいて時に友達をもてなしてくれた。クラスには作詞、作曲を手掛けるベーシストの同級生がいて、周りとは違う空気を出していた。映画を見ている間、僕はそんな事を思い出していた。

そして僕の奥さんとお義母さんの会話はレディ・バードと母のやり取りそっくりだ。
仲の良い姉妹のように笑い、ケンカをする母娘を演じたローリー・メトカーフとシアーシャ・ローナンがいい。ローナンはようやく現代の等身大少女役を手に入れ、快演。メトカーフは最後に大きな(しかし静かな)見せ場があり、泣かせてくれる。この気の強い二人の女性の間に入るのがトレイシー・レッツ。大家族の呪縛のような関係を描いた『8月の家族たち』の原作者であり、彼が落伍しながらも家族の潤滑油となる父親を演じているのが面白い(随所にある演劇へのオマージュはガーウィグが演劇少女であった事に由来するようだ)。

 本作で単独監督デビューとなったガーウィグが演出家としても一流のセンスの持ち主である事は明らかだ。ルーカス・ヘッジズ(『マンチェスター・バイ・ザ・シー』)、ティモシー・シャラメ(『君の名前で僕を呼んで』)ら若手男優ツートップはじめ、親友役ビーニー・フェルドスタイン(ジョナヒルの妹!)らキャストアンサンブルは充実。劇中曲なのか、劇伴なのか判然とせず有機的に映画へ融け込むジョン・ブライオンのスコアも心地良い。

 本作の精神的続編はマイク・ミルズ監督の『20センチュリー・ウーマン』だろう。この映画でガーウィグが演じたのは髪を赤く染め、主人公にパンクとフェミニズムを教える“20代後半のレディ・バード”だ。ガーウィグは自身を構成するあらゆる要素を切り貼りし、掛け合わせ、再構築することで演技と映画を創造していくアーティストなのである。


『レディ・バード』17・米
監督 グレタ・ガーウィグ
出演 シアーシャ・ローナン、ローリー・メトカーフ、トレイシー・レッツ、ルーカス・ヘッジズ、ティモシー・シャラメ、ビーニー・フェルドスタイン
 
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『レディ・プレイヤー1』

2018-04-26 | 映画レビュー(れ)

こんなデタラメなスピルバーグ映画は初めてじゃないだろうか?冒頭『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のデロリアンと『AKIRA』の金田バイクがカーチェイスを繰り広げ、その行く手に『ジュラシック・パーク』のT-REXとキングコングが立ちはだかる。何だそりゃ?

全編この調子でポップカルチャーネタの絨毯爆撃だ。
本筋に絡む重要キャラもいれば、セリフで言及されるネタ有り、そして画面の隅々にまさにイースターエッグの如く隠されたキャラも多数だ。これは舞台となるヴァーチャル空間OASISの創設者ハラデー(マーク・ライランス)が自身の生まれ育った80年代アイコンを盛り込んだからだ。目も眩まんばかりの勢いは中盤スタンリー・キューブリック監督
『シャイニング』の狂気的とも言える徹底再現でピークに達し、思わず「凄い」と息が盛れた。3D-IMAXで鑑賞したのだが、まるで映画の世界に入り込んだような錯覚である。
ネタの1つ1つが一丁噛みで終わらない“わかっている”仕事っぷりであり、ゲームファンも映画ファンも思わず頬が緩んでしまう。そのクライマックスを飾るのがメカゴジラVSガンダムというまさかの2大日本アイコン。「オレはガンダムで行く!」の名台詞についつい「オレもガンダムで行くよ!!」と応えてしまうほどだ(しかもRX-78ガンダムなのにポージングはなぜかZZガンダム)。そこまでジョン・ウィリアムズ調のスコアを披露していたアラン・シルヴェストリもここは伊福部サウンドをフォローだ。

 80’sリバイバルブームがさけばれてしばらく経つが、決定打となったNetflixの『ストレンジャー・シングス』はじめブームの根底は80年代スピルバーグ映画へのオマージュである。当のスピルバーグの70年代末~80年代はTV、映画の大量生産期であり、多くのポップカルチャーアイコンを生み出した時代だ。劇中の創始者ハラデーはまさにスピルバーグそのものであり、そういう意味でも本作はリバイバルブームの総決算とも言えるだろう(現スピルバーグにとっての演技アイコンであるマーク・ライランスをキャスティングした理由もおそらくそこではないだろうか)。

 そんな時代を楽しんだ側ではないスピルバーグの一歩引いた視点は物語の舞台設定にも見受けられる。2045年の未来は経済破綻により国民の多くが貧困状態にある。ヤヌス・カミンスキーによるカメラはSFディストピア映画『マイノリティ・リポート』と同様、曇天のようにくすんだ銀残しだ。御年71歳、好き放題に遊んでみても未来を楽観視できない姿勢は同時期に『ペンタゴン・ペーパーズ』を撮り上げる創作衝動を持った御大ならではである。


『レディ・プレイヤー1』18・米
監督 スティーブン・スピルバーグ
出演 タイ・シェリダン、オリヴィア・クック、ベン・メンデルソーン、マーク・ライランス、サイモン・ペッグ
 
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