あと“約1週間”で新しい年を迎える。あれこれ振り向きはしないけど、
今年もいろいろあった・・・「だってジジイだもん」
半世紀以上も生きてりゃいろんなことがあるさ・・・
江戸庶民の生活は、お天道様と共に起き、お天道様が沈むと共に一日が終わる
お天道様の目が届くうちに一生懸命働き、夜は早く寝る!!
夜はお天道様の目が届かない!だから「悪い輩」や「お化け」が出てくる
食べ物は四里四方の旬のものを食べ、行楽は季節毎の花を愛で、四季折々に神社、
仏閣に家内安全、無病息災を祈り、春夏秋冬、時々の歳時の年中行事に参加し、
これを楽しむ
全てが旬であり、五感を存分に活用した極めて健康的な日常生活を送っていた
当時の庶民たちは貧しいながらも、心豊かな、健全な暮らしをしていたと言えるね
あたりまえだけど、物質的には全く恵まれていなかった!!
しかし、自然の恵みを受け、精神面では人生を充分に謳歌し、質素さと豊かさ、
貧しさと幸せを同時に味わいながら生きていたんだね
江戸っ子特有の美意識や気質、気風に「宵越しの銭はもたない」&「粋」がある
要は、江戸っ子にありがちな「やせ我慢の哲学」というものだ
が、その根底には他人を思いやる心、お互いがお互いを助け合う心が流れている
内面的な洗練さを磨きあげようという自意識があったから
だから、人々は人との出会い、縁、えにし、一期一会を尊び、世間様を大事に
共存共栄の人生を過ごしてきた・・・
人々の喜びの多くは、「人との係わり合いの中から見出される」
そう言っても過言ではない。また、人と係りあう場面などいくらでもあった
趣味の和歌、俳諧、狂歌、川柳、そして、三味線音楽の義太夫、清元にかっぽれ!
観る、聴く楽しみとしての芝居、歌舞伎、寄席、落語に講釈など
参加する喜びとしての祭礼。春であろうと夏であろうと「祭りは正月!!」
町を離れた連中もこのときばかりはみんな帰ってくる!
競い合う楽しみとしての囲碁、将棋にかるた
集う楽しみとしての髪床、銭湯、路地の夕涼み、井戸端会議、などである
やせ我慢をしつつも、「粋」な振る舞いに徹底する。これこそ究極の美意識!
みっともない、野暮な振る舞いをしないよう、常に緊張感をもっている
緊張感をもつ・・ということは、言い換えれば、目配り、気配りができるということ
これを他人に悟られるようじゃ野暮!まだまだ修行がたりないということだね
誰も見ていないけれど、何事も手を抜かない
なんってたって、「お天道様が見ている」から
ガキのころから言われた「お天道様はお見通しだよ」って、
誰も見てねーじゃねーか!わかりゃーしないよ・・・
と言ってみたところでそんなものは通用しない!!
実はこの「お天道様」は「太陽」ではなくて自分の心にある「良心」そのもの
こうした「良心」に従って生きている人ってーのが本当の「粋」っていうんだ
野暮なやつってーのは、「だってしょうがないじゃい」って言い訳ばかりする
連中も、心のどこかでは「いけないこと」だと判っているくせに・・ねっ!
色川の大将が遺してくれたもの
「お天道様の下を堂々と歩く」、そして「まっつぐ(真っ直ぐ)」
歳はとってもまだまだ若輩、オイラにとって“少しばかり荷が重い”く~っ!!