羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

瑞雲

2007年11月15日 09時19分20秒 | Weblog
 今日で11月も丁度半分まできた。
 注文した年賀葉書の印刷も出来上がってくる予定日。なぜか今年は早く頼みにいってしまった。早いと割引になるらしい。
 
 授業も後半戦に差し掛かる。一気に追い込んでいく感じだ。
 来年度の仕事も、企画が具体化してきている。
 
 なんといってもボジョレ・ヌーボー? は関係なく、「白川静・漢字暦」はすでに我が家に届けられている。奥さんと二人でにこやかに歓談されている写真が載っていた。お二人ともご長命だったと改めて思う。

 来年の掛け軸もとあるルートから手に入った。
 まさに2007年締めくくりと、2008年に向けての準備が始まりつつある実感だ。

 今朝は、一しきり片づけし、授業の準備を終えて、体操をしてから、「瑞雲」の軸をかけてしばし正座し一日の無事を祈る。
 障子を通して差し込む秋の光は、柔らかさのなかに透明な静謐さを漂わせていた。
 
 さて、今日も、出かけるとしよう。
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野生の力に脱帽!

2007年11月14日 18時55分20秒 | Weblog
 欅と柘植の盆栽に、鞍馬苔を一緒に植えてあった。
 初夏から夏にかけて、鉢からはみ出るほどに育って、緑が美しかった。
 今年の猛暑と雨が少なかったこと、9月に入ってからも気温が高かったなどの条件で、枯れた部分もありながらも、緑は失われずイキイキしていたのだった。

 先週末、水遣りの際によく見ると、ほんのわずか残して、鞍馬苔の姿が消えていた。
 よく見ると鉢のなかの土が耕されたように盛り上がっていたり、削られていたりしている。
 もっとよく見ると、猫の足跡が残っているではないか。
 
 そういえばときどき笹を食べている猫を見かけたことがあったのを思い出した。
「猫が食べたのに違いない。ピンときましたね!」

 最近では夕方から夜にかけて、猫がやって来るようになった。
 我が家の塀には、下の方に縦に穴が四箇所ほど開いている。猫がくぐるのに丁度いい高さと幅なのだ。
 連れ立ってやってくるのは、近所の飼い猫が初夏に産んだ子猫・野良猫の春生まれの子猫・同じく野良猫の夏生まれの子猫(これはまだ小さい)、総勢四匹の子猫。盆栽用に汲み置きしている水を飲みに来るのだ。もちろん親猫もお婆さん猫もやってきている。そのついでに遊んでいるのを見かけている。

 そのなかのどれかが食べたのだろう。
 知人にその話をするとこんな答えが返ってきた。
「猫は、胃のなかに溜まった毛玉を吐き出すために草を食べるんですよ」
 なるほど納得。
 その方の話によると、猫のために鉢植えで草を育ててそれをたべさせて毛玉をとらせている飼い主もいるらしい。で、その植物は、売っているらしい。

 実は、鞍馬苔は柔らかな青い葉が、地を這うように成長する。石の上まで登ってきたりもする。実は、苔と呼ばれているが「羊歯類」なのだそうだ。
 庭の飛び石の間に植え込むとめきめき成長して、緑を敷き詰めたようで、下草として日本では重宝がられていると言う。
 野口三千三先生がご存命中に、ご自宅の庭から分けてお持ちくださった。それを鉢に移して育てていたものだ。ただあまり強い植物ではなく、他の雑草や苔類にとって代わられることが多い。雨が多く気温は25度程度のときがベターで、ガンガンと日があたらないところがよさそうだ。
 だんだん少なくなって、のこすところわずかしかない。

 と言うわけで、困りながらも、野生の力に脱帽!
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果物の味? それとも……

2007年11月13日 20時31分02秒 | Weblog
 夕方、慶應大学院生の修士論文のお手伝いで、信濃町に出かけた。
 駅ビルが出来て、そこだけは大きく変わった。
 駅から右手に曲がったところに教会があったような記憶があるが、それを確かめることはせずに、ひたすら話を聞き、また、話をした。
 
 駅ビルには老舗のフルーツパーラーがあって、久しぶりにババロアのア・ラ・モードを味わった。ベリー系のババロアに生クリームにアイスクリーム、そして果物はバナナ・柿・紅グレープフルーツ・ブルーベリー・もう一種類あったが思い出せない。
 アイスクリームと生クリームは別として、果物はすっぱいものの順に食して、最後はいちばん甘そうな柿で締めくくった。

 久しぶりにババロアと果物のア・ラ・モードを楽しんだ。

 ところで論文に関する内容はここに書けないが、情報交換も含めてたっぷり3時間会話した。

 一つだけいえることは、「現代は身体の時代だ」と言う認識で一致したことだった。
 野口体操もさまざまな角度から、アプローチを受ける時代になった。
 う~ん、なかなかに感慨深い!
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防蟲香

2007年11月12日 16時14分09秒 | Weblog
 午後、所用で新宿に出かけた。
 帰りがけにデパートに入っている鳩居堂に寄って葉書を買った。
 そのとき、「防蟲香」なるものを見つけた。
 衣類用はかなり大きいが、これは幅・3センチ5ミリ、縦・7センチほどの小ぶりの紙袋に香が入っている。
 
 掛け軸や書籍函等に入れて虫害を防ぐものだ。
 キーボードの脇に置きながら、今、ブログを書いている。いい匂いが漂ってくる。

 古くなった本に虫食いの穴を見つけることがある。貴重な本は、こうして「防蟲香」を入れて防ぐというわけだ。
 
 梅雨時など締め切った部屋に本がたくさん置いてあると、古本屋の匂いがしてくる。
 
 そういえば東大の図書館に勤めていた知人からこんな話を聞いたことがある。
 ソ連やロシアの書籍は、紙とインクに独特の匂いが強くて、書庫に入ると眩暈がしたという。
 そうでなくても古くなった紙やインクの匂いは、量が多いとなかなか大変だ。
 そこにこうした「防蟲香」の匂いが重なり合ったら、きっとかなりクラクラするに違いない。
 しかし、和綴じ本などこのような香が染みこんでいたら、本をめくるもう一つの楽しみかもしれない。
 
 写真の袋は、ガラスの密封容器に入って、売り場のショーウィンドケースの上にちょこんと乗っていた。よく読むために、つい蓋を開けて手に取ってしまった。
「防蟲香」という文字につられて衝動買いとあいなりました。
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PARIS 2008 Calender

2007年11月11日 09時39分11秒 | Weblog
 カレンダーをいただく季節になった。
 もう、11月も半ばだものね。

 到着、一つ目は、フランスのカレンダーである。
 モノクロ写真がパリの名所を案内してくれる。
 表紙はエッフェル塔からはじまっている。

 11月はご覧のとおりワインの店である。バッカスがニンマリするぶどう酒の季節である。

 先日、NHKの現代ジャーナルで、フランスの葡萄栽培農家が廃業している話を見て聞いた。何でも新興国、たとえば南米のペルーなど、低料金でワインを輸出する国におされてフランスワインが売れなくなってしまったらしい。
 安いワインを提供する工夫として、コルク栓をやめてしまったとか、瓶ではなくペットボトルにするなどしてコストを下げたとか。
 水代わりに飲む人々に安くてもフランスワインに劣らないものを作り出しているそうだ。
 いちばんは人件費が安いというのが、理由にあげられていた。

 そのなかでもフランスで生き残っている葡萄農家は、地方独特の葡萄を栽培している農家だと言う。本来、フランスワインは各地方の「ご当地ワイン」として個性的な味を出している。その味や香りの違いは、つくられる葡萄の種類と土地によってはぐくまれてきたものだと言う。ところが安い新興国ワインにおされて生産量が減ってくると、当然葡萄農家もあおりをくうことになる。
 しかし、高級ワインは新興国ワインと競争するものではないことは言われるまでもなく想像がつく。こちらは安泰。こうした葡萄をつくる農家は生き残っていく。

 ところで、この写真で向かって右側はシャンパン25%オフと書かれているから、日常の食卓には、少しでもお安いにこしたことはないのは世界中共通らしい。懐具合を計算するのはパリジャンとて同じようだ。

 以前、知人がお礼に○万円するワインをいただいたとか。
「現金でもよかったのに~。飲んでみたけれど、テーブルワインとの違いが、それほどよくわからんのよ~」
「豚に真珠?」
 いやいやそんなことを言ってはいけません。
 もで、嗜好品はあまり他人様にプレゼントしない方がいいかもネ。

 というわけで、いただきもののカレンダー一つ目は、パリの旅土産からでした。
 
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河北栗子

2007年11月10日 07時59分00秒 | Weblog
 京都から甘栗が贈られてきた。
 何でも中国は河北省で産する河北栗子を輸入して、焼き上げたそうだ。
 リーフレットに書かれていたとおり、渋皮がツルリと剥ける。
 小粒だけれど味はいい。いやいや、小粒ゆえに味がいいと言いなおしたい。

 明治七年創業と言う林万昌堂の甘栗らしい。
 
 困ったことに、食べ始めると止められない。
 指と爪を黒くしながら、味わう秋もまた楽し!

 いかにも万葉人が栗子を慈しんでいる風情のリーフレットから写真を添付しました。
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粗忽ぶり

2007年11月09日 18時40分03秒 | Weblog
 今朝、郵便局に振込みいった。
 銀行でも郵便局でも、最近では機械で振り込むことが当たり前になった。
 五千円でおつりがくる代金だったので、もちろん機械で行った。

「二千円です」
 金額が足らないと蓋が開いた。
「五千円札を入れたのに、何で? そういえば丸まってしまっていたから、機械が読み取らないのかしら」

 そう思い込んだ私は、カウンターに行って、説明をした。
「では、こちらから送金しましょう」
 お札を出した。
「二千円です」
「エッ」
 よく見ると、紫式部源氏物語のお札だった。

 確か記憶に間違いがなければ、小渕首相の時代に二千円札が発行されたのではなかったか。今ではお目にかかることは滅多にない。
 だいたい流通しているのかしら? 
 すっかりその存在は私のなかから消えていたのだ。

 五千円札だと思い込んでいた自分の粗忽さに、恥ずかしい思いをした。
 先入観はいけません。
 
 それにしても、いつ、お財布に入り込んだのだろう?????????!!!
 おつりを確かめないで受け取った、あのときの買い物か、と数日前の行動を思い返した。
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年賀状印刷

2007年11月08日 08時45分20秒 | Weblog
 喪中の葉書をいただく時期になった。
 すでに年賀葉書の売り出しもはじまっているし、時の過ぎ行くままに過ごしていると、一年の計はなにも実現しないうちに、終わってしまいそうだ。と書いて、そもそも一年の計など立てなかったし、立てられないくらい明日のことはわからない。登り坂・下り坂、そして「まさか」の坂とはよく言ったものだ。
「まさかね、こんなご時世になるなんて……」

 まさかとはおもわない、むしろ時間の問題だとはおもっていたが、毎年、頼んでいた印刷所が、今年の春に店舗を縮小した。今では営業しているのかやめたのか、わからないくらいにひっそりとしながらも、やっているようだ。
 間口はそこそこの店舗だったが、四分の三を貸し店にした。貸した方は台湾風屋台料理みたいな食べもの屋になっている。

 近所ではこの印刷所が最後まで残っていた。パソコンでなんでも出来る時代に、町の印刷屋は商売が立ち行かなくなったのも頷ける。

 一年に一回、「元気で生きてます」というお知らせのような年賀状だが、やっぱり止められない。
 本当は、「一年、最初の贈り物」だそうだが、毎年、ぎりぎりになって慌てて書いている始末だ。ゆとりをもって書きたいと思いつつ、実現したためしはない。
 
 さて、今年は、どのようにしようかな。
 早くも11月8日、そろ中旬にさしかかる。
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「元」のつくところ

2007年11月07日 19時21分50秒 | Weblog
 人事でなく「言葉」は大事だ。
 唐突な言い方だが、先ほど小沢さんのお詫び会見で思った。
 誤解を受けるような半端な表現をしたことを反省しておられた。
 ただ、政治家は言葉で生きているわけだから、言い訳をすればいいというものではないとも思ってしまった。
 知れば知るほど、もっと本当のことを知りたくなるし……。

 それはそのまま自分に跳ね返ってきた。いつ・どこで、だれに、何を話すのか。
 あまり臆病になって、慎重になりすぎても、話に活気がでない。
 あ~、難しい。

 しかし、昔の政治家はプッツンしたとは、口が裂けても言わなかったような記憶があるけれど。
 とにかく口は災いの元! 
 気をつけなくては、と多くの日本人がおもったかしら?

 目元・鼻元・耳元・口元・喉元・手元・足元、からだに「元」のつくところは、くれぐれも気をつけなくちゃいけない、ですわね。
 他にも思いつくままに、国元・地元・親元・身元・家元・蔵元・網元・窯元・火元・火の元・枕元・版元・本家本元・大元・根元・湯元・山元・胴元・……、たくさんありそうだ。 
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憂国

2007年11月06日 18時39分41秒 | Weblog
 連日の政界ニュース報道に、腹立たしさを覚える。
 日本は大丈夫か?

 リーダーなき国の行く末が案じられる。
 何が憂国だ!

 私たちを馬鹿にしないでほしい。
 非常に腹立たしいことこの上ない。
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アレンジ

2007年11月05日 18時55分57秒 | Weblog
 昨晩、フィギュアスケートを見た。
 お目当ては浅田真央である。

 これからますます磨きがかかるのだと思うけれど、今までとは違った表現を身につけつつあるのがわかった。

 それはそれとして、音楽がよかった。
 ショパンの「幻想即興曲」は、ピアノだけだと硬すぎると思っていたら、途中からストリングスが入ってきた。
 そうでなくちゃ!
 非常に効果的に感情のふくらみが出るアレンジで、ほっとした。
 一つのテーマのなかに、もう一つのテーマを流し込む。そのもう一つのテーマをヴァイオリンやチェロが歌い上げていく。
 とくに最後のところではチェロが緩やかな第二テーマを美しく奏でて、印象的な終わりを演出していた。

 フィギュアスケートは、そういった意味からも総合芸術だと以前にも書いたことがあるが、それを今回も改めて感じた。
 モノトーンの衣装も清楚な美しさを出していたと思う。
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新しい生きもの誕生!

2007年11月04日 19時09分10秒 | Weblog
 先週は、木曜と土曜の授業とレッスンが抜けた。
 本日、日曜クラスの教室に立って、話し始めたとき、声が出なかった。
 動いてみても、動きが悪くなっている。
 野口先生がよくおっしゃってましたね。
「休みは嫌いだ」
 調子が崩れるのである。

 さて、久しぶりに新井英夫さんからいただいてあった「ポリ膜」を持っていった。
 全員がなかに入ってドームを作りました。
 ところがなかなか壊れません。
 少し空きができてそこから冷たい空気が入り始めたのですが、全体を崩すところまで行きません。
 最初に短気を起こしたのは、私です。
 外に出ました。それからぼちぼち他の方も出てきました。
 全員が出てしまうまでに、5分以上はかかったと思う。

 最後の方が出たあとのドームの写真が前のもの。
 こんなことは初めてだった。いつも自然に片方に崩れていくのに、今日は、なぜか新しい生き物が出現したようだった。

 こんなこともあるんですね。
 火曜日のクラスでも試してみようとおもっている。
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壊れなかったドーム

2007年11月04日 18時54分26秒 | Weblog
 本日4日の朝日カルチャー日曜クラスでの出来事。
 ポリ膜でドームが出来た後皆が出てしまった時の写真。
 次のブログを読んでください。
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月山

2007年11月03日 19時09分49秒 | Weblog
 非常に珍しいことに、本日、文化の日で朝日カルチャーの土曜日クラスは、お休みになった。
 時間ができたので、久しぶりに幸田弘子さんの朗読で、芭蕉の『DVDおくのほそ道』を聞いた。幸田さんの声は、古典を読むときにはトーンを低くとっているのかしら。
 落着いた朗読に、心身ともに鎮められる。朗読の神様に見初められて、天職なのだといつも思う。

 雲の峰いくつ崩れて月の山

 出羽三山をゆく芭蕉は、月山の情景をこのように読んだ。
 次に続くのが

 語られぬ湯殿にぬらす袂かな

 湯殿山神社の神秘を人に語ることは固く禁じられている。それだけにこの修験道の霊場にいる身には、非常な感興がもよされる。それは感激の涙で袂が濡れるほど。

 謎の多い芭蕉、もっと謎の多い曾良とのおくのほそ道の旅。
 出羽三山の神秘体験は、詳しく語られることはない。しかし、天台密教系の修験道では、どのような行がなされ、芭蕉たちに施されたのだろう。
 語られないと、余計に知りたくなるのが人の常というもの。
 羽黒山代五十代執行・別当である天宥(てんゆう)は、江戸寛永寺の天海の弟子となって、羽黒山を天台一色に改めたと、『奥の細道行脚ー曾良日記を読む』櫻井武次郎著 岩波書店 にある。

 先日、思いがけない体験をしてきただけに、ここの読みが変わったのだった。
「気」を自分の命に取り込む講座だったが、なぜか芭蕉のこの句に隠された修験道の密儀の気配が感じられる。

 もう、何度も書いているが、野口先生の墓所は上野寛永寺だ。
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バタバタの一日

2007年11月02日 18時26分48秒 | Weblog
 今日は、一日、こまごました雑事や個人的な用事をしていた。
 郵政公社が完全に民営化になって、郵貯銀行の新しい通帳に移し変える手続きが一ヶ月遅れで今日終わった。10月に行ったときには、狭い郵便局に人があふれていて、用事もそこそこに逃げてきた感じだった。

 今日は11月初旬の金曜日でも、結構空いていた。
 何かが変わるということは、事務的な煩雑さが増して、大変だ。

 知人に電話をしたり手紙を書いたり、何かと用事はあるものだ。

 せっかくのオフの日も、バタバタ出たり入ったり、家の片づけをしたり、コタツを用意したり、いろいろな冬支度に精を出した。
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