2008年が始まったばかりだと思っていたら、もう1月も終わりだ。
2月などはあっという間に走り去り、3月もあわただしく過ぎるだろう。
こんな調子だと、来年の3月など、すぐにやって来る…。
そのとき、いま勤めている事業所を定年で退職になる。
2009年3月末で定年退職…。
あ~あ。退職したら、どうするの…?
それが、僕の重要な将来問題としてこの身に迫りつつある。
まあ、たいした将来でもないけれど…。
同世代の仲間と、最近はそういう会話を交わすことが多い。
「ここ、辞めたら、どないすんねん…?」という感じ。
「さぁな。まだ考えてへんけどな。そうも言うてられへんしなぁ…」
だいたい、こんなことで会話は途切れて、終わる。
しかし、退職まであと1年余り。もう、カウントダウンである。
悠長には構えていられない。
かねてから僕が持っていた退職後の夢も、最近では少し狂いかけている。
耳鳴りに悩まされ、集中力が出なくなってから、長年思い描いていた自分なりの夢の実現にむけて努力する意欲が、ちょっとへたり気味なのだ。読書も「耳鳴り」とか家庭の医学に関する本以外はまともに読めない(あるいは関心が持てない)ような状態だから、「勉強しよう」という気力も湧かない。その日その日を過ごせたらいい、という感じの毎日だ。いつまでこんなことが続くのかわからないが、「夢」へのモチベーションは、耳鳴り発症前に比べればガタ落ちである。あ~ぁ…。
じゃぁ…仕事を辞めたら、いったい自分は何をすればいいのか?
やりたいことはさまざまに浮かぶのだが、なんだか、とりとめがない。
頭の中で整理ができないうえ、体に自信ないことが不安を増大させる。
そんな中で、先日、ふと考えたことがある。
これまで思ってもみなかった選択肢…今の事業所に残る、という発想を視野の中に入れてみたのである。
わが事業所には「職員再任用制度」というのがある。
これは、年金制度と密接に関係した制度である。
僕たちの年金は、2つの部分に分かれている。
60歳で定年退職すると、年金の「比例報酬部分」というのがまず支給される。そして、昭和24年生まれの僕の場合は、64歳から年金の「基礎部分」の支給が開始され、そこで初めて「年金の満額支給」を受ける、という仕組みになっている。
そうした社会背景の中で、この60歳から64歳までの間、つまり年金がまだ満額支給されない期間中、今の事業所で「再任用」と呼ばれる嘱託職員のような形で再雇用される制度が、何年か前にできたのである。
タクシー運転手のデ・ニーロ君の話では、年金の満額受給前、つまり「谷間」の数年間だけ、タクシー運転手をして収入を補っている人たちが圧倒的に多いという。だから、今、そういう世代が、年金の「谷間」の期間だけ仕事をしたい、という希望がとても増えてきているのである。
それならば、慣れない仕事に就くより、自分の働いてきた職場で再雇用されるほうが、何かと都合がいいような気がする。
しかし、当初、ウチの事業所ではこの再任用に応募する職員は少なかった。
それもそうだろうなぁ…と思われる理由はあった。
60歳の高齢で、それなりの肩書きもあった管理職なんかが、いきなりヒラ職員の扱いになるのだから、心理的抵抗が強い。それに、まわりの職員だって困るはずだ。この間までは「○○部長」というエラい地位にあって、直接口も利いてもらえなかったような人が自分の職場へ再任用でやってきたら、若い職員も、その人を○○さ~ん、と呼んで、単純作業を頼んだりもしなければならない。そういうのって、なかなかやりにくいことだ。
そんな、周囲の微妙な雰囲気を感じ取りながら、つい昨日まで部長や課長をしていた人が、顔見知りの多い中で、いっさいのプライドを捨てて諸々の仕事に打ち込めるのかどうか…
そんな点が壁になって、この制度が十分活用されてこなかった。
退職者たちは、再任用なんてカッコ悪い、という雰囲気だったのだ。
だから当初は、再任用システムは、有名無実になっていた。
しかし、時代は変わり、再任用に対する見方も変わってきた。
どんどん、退職後の再任用に応じる人が出てきたのである。
部長級や次長級で退職する人も、再任用を申し込むようになった。
そうなると、「あの人に続け!」とばかりに、一気に増えてくる。
先日も同年齢の友人のエノさんという男性と、その話をした。
エノさんは、これまで、
「若い職員やこれまで部下だった職員の下で働くというのは、どうもねぇ…。ワシにはできそうにもありまへんなぁ」
ずっとそう言っていたのに、先日は全く違うことを言った。
「ワシにはまだ高校一年の娘がおりまんねん。退職したら、生活がでけへんようになりますしなぁ…」
そう言って、自分は再任用を申し込もうと思う、と言ったのだ。
エノさんだけはそれはないだろう、と思っていたから、僕は驚いた。
すでに、それだけ再任用を申し込む人が増えてきているのだ。
エノさんにつられたわけではないのだが…
僕も、これについて考えてみようかという気になり始めている。
ためしに家族に話してみると、もちろん賛成であった。
家でゴロゴロしているより、そりゃぁ、働くに越したことはない…
そして、ウイークデーにも1日休みがあって、週休3日制だから、自由な時間も今より増える。やりたいことがあれば、けっこうその範囲内でできそうだ。役職が外れた分、責任が軽くなり、それだけ気も楽だ。不必要なプライドを捨てて、それはそれ…と割り切ることさえできたら、再任用を受けるのも悪くない。
ふ~む。
再任用なぁ~
ちょっと、抵抗はあるけれど…。
考えてみる余地は、十分にありそうだ。
が、今年3月退職者からは、一年契約ですが、そのまま働ける事になりました。(65歳まで)
賃金は少々くらいカットされるかも・・・???
夫はこれといった趣味も持たないですし、何かやりたい事もないようですし・・・。
旅行もあまり好きではないし・・・パチンコと飲酒だけの人です。
この2年のうちに、何かしら見つけて欲しいのですが。
本人が嫌ではなかったなら、後7年は働き口はあるのですから・・・。
どこかに、当りの宝くじ落ちていませんか~~~のんさ~~~~ん?(300円ではなくせめて30,000,000円くらいのが)
「元気か?」とゆうので私の耳鳴りの事を話すと、
「僕も、9月から耳が聞こえにくくなって耳鳴りがして、3ヶ月くらいしてから病院行ったら、手遅れで治らん」と言われたとのこと!(><)
あゆと同じで片耳はほとんど聞こえないらしいです。
いつも元気バリバリの方ですが、少し痩せてたので心配です。年齢的に上のポストにおられますが、定年後は独立してぼちぼちやるような事をおっしゃってました。
定年となると第二の人生設計を色々する時ですもんね、私も今年はやりたい仕事や計画があったのに耳鳴りのせいでテンション大きくダウンです(^^;)
悔しいなぁ!
うちは自営なので、父は70近くですが現役バリバリで働いています(糖尿やら持病はありますが)
のんさんはまだまだ、お若い(私なんてもっとか^^;)早く、耳鳴りを克服したいですね。
焦らずに。。(^^)
40年前後という長い期間、働き続けた男が抱いてきた夢は、退職後の「自由」を存分に味わいたい…ということです。
退職したら…
朝の眠い目をこすりながら、ネクタイを締めなくても良い。
通勤の煩わしさからも解放される。
職場の人間関係に、ストレスを溜めることもない。
毎日が日曜日。好きなことをして暮らして行ける…。
それを楽しみに、我慢を重ね、年齢も重ね、シワも重ねてきたのです。
しかし、実際に退職した人たちに聞くと、
「うれしいのはまぁ半年だけだ。それを過ぎると、毎日何をしていいかわからん」
そういう声が、案外と多いのです。
ご主人様は、旅行に関心がなく、パチンコとお酒が楽しみということですが…
その趣味であれば、むしろ勤めながら楽しむという形が好ましいですよね。
朝からパチンコ、昼からお酒…という生活では「不良」になっちゃいます。
…ってことで、65歳まで働ける制度ができたことは、ご主人様にとってはまことにタイムリーであり、奥様にとりましても実に幸運であったとお慶び申し上げます。
あと7年、おいしいお酒を飲むためには…
パチンコに楽しく通い続けるためには…
健康的で規則的な生活を送るためには…
やっぱり、働くのが一番です。
65歳まで、なんて言わず、もっともっと働いてもらってください(笑)。
よ~くわかります。本当にそのとおりですもんね。
悔しい限りです。くっそ~~~ぉ!
…と怒るのは、焦りと同じで、あまり好ましくありませんが…。
今日、通勤の途中、はずみでデモ機が耳から落ちました。
すぐ気がついてよかったのですが、わからんまま失ってしまったらえらいことでした。
あれを、もし失ってしまったら、どれだけ弁償しなくちゃならないのでしょうね。新しいのを買うのと同じくらいの値段…?
そう思ったら、不用意に落としたり、外してどこかに忘れたりは絶対にしないようにしなけりゃね。
でも、あれって小さいから、外したらすぐ忘れてしまいそうで心配です。まして、今年の4月からは販売していないということですから。
お父様はお元気そうで何よりです。
僕にもその活力を、少しでも恵んで欲しいです。
お父様のバリバリの活力の源泉は、たぶん…お母様のあのバイタリティによるところが大きいのでしょうね。
お母様には内緒ですよ、この話(笑)。