すばるに恋して∞に堕ちて

新たに。また1から始めてみようかと。

あの頃。

2012-03-17 21:08:06 | 日記
今日の仕分けは2時間SP。

なんだかんだと文句が出つつも、
やっぱり見てしまうのは、
そこにすばちゃんがいるから(笑)

本編2時間よりも、最後のDVD予告の15秒にヤラレましたo(〃'▽'〃)o

あのすばちゃん。
「あ」のすばちゃん。

あーーーーーん、かっこいい ポッ♪(っω\●)...。o○£оvё○o。.

フラゲ出来るのは月曜日。
げっつようびったらげっつようびっ。
たっのしみだったら、たっのしみだ♪

でもさ。
迷ったあげく、初回限定版しか予約しなかったんだよ。

ウチには、ブルレイが無いからさ。

でも、でも、でもね。

今日ね、やっと、夫がブルレイを買ってくれたんだよ 
ワーイ♪\(^ω^\)( /^ω^)/ワーイ♪
(もっとも配達設置は金曜日だけれどもさ)

ついでにいうと、15年働いてくれた洗濯機にも暇を出すことにした(笑)

娘3人の大量の布おむつを洗うのに、当時としては大容量だった洗濯機。
一日に満タンで4回5回と動いてたっけ。
二層式洗濯機を併用しても、午前中はずっと洗濯物と格闘してたような、あの頃。

洗濯物が少しずつ変わってきて。
ぐおんぐおんと一気に洗えるものばかりじゃなくなって。

娘3人の衣類の洗濯には気を使います(笑)

手洗いだとか、自宅クリーニングだとか、なんだとか。
自分でやれよ、って言いたくなるけど。

世話をやけるうちは、たぶん、幸せなんだろうな。

一人分減り、
二人分減り、

いつか大容量の洗濯機から、小さなサイズに替える日もくるんだろうか。

・・・なぁんて(笑)

まだ先の先、だね。


あらま。

2012-03-16 21:45:26 | ジャニーズ

いいんだ、いいんだ。

だって、膝、保たないもん。

いいんだ、いいんだ。

場違いだもん。

いいんだ、いいんだ。

次の日には姿が見えるから。




だけど、ちょっぴり会いたかったな。
また、あの爆発するような音とリズムと情熱の中に、身を置いてみたかったな。





くすん(;_q))クスン

落選メールなんて、
大・キ・ラ・イ!




そこそこ、そこ、そこ。

2012-03-15 21:56:00 | レンジャー

この時期。

気持ち良く晴れた、穏やかな春の初め。

お天気が良いと、何故か哀しくなります。

・・・・・・すばちゃんほどではないにしろ。
我が家の息子も、アレルギー持ちの花粉症。

お外に洗濯物を干せない日々が、ゴールデンウィークが終わるくらいまで続きます。

だから。
ずっと、欲しかったのにな。

お洗濯物を干せるサンルーム。

夫が庭にカーポートを作ると言い出した時。
それとなく、お願いをしてみたものの、
相手にもされなかったっけ。

娘たちが順番に免許を取って、車が必要になってきた今では、
あの時の夫の判断が正しかった、とは思うけど。

やっぱり、毎年、この時期になると。

すばちゃんが言うところの。

ダイソン、スーパー、フラワー、パウダー、バスター的なやつ。

我が家にも、欲しいわー。

但し、そこそこ・・・出せるかどーかは(笑)



グリーンレンジャーを読んで。

まっすぐな言葉が、心にずんって落ちて、不意に涙が零れおちました。

伝える、って大切。
伝わる、って大事。

人と人、
言葉と言葉。

優しくなりたい。


そして、ブルーレンジャーが、「いつ」ブレーカーを上げたのかが、
とても気になったことでした(笑)



ちっちゃくなったな。

2012-03-13 22:39:00 | 日記

いとこに子供が生まれて。
(先日の男前赤ちゃんね)

先日、山形から「おばあちゃん」でもある、母方の叔母が出てきました。

面倒見が良くて、優しくて、働き者の叔母は、
「山形」にお嫁に行ったので、
お正月に里帰りするのを、私は楽しみに待っていた記憶があります。

背が高かった・・・
そう、想っていたのですけれど。

いえ、実際、
数年前までは、私よりも高かったと思うのですけれど。

今日、頼まれて一緒に食材の買い出しに出かけた時に。

隣りに並んで、お肉やお魚を選んでいたら。
その姿が、なんだかとても、小さくなったような気がして。

少し、寂しくなりました。
歳を重ねたんだなぁ・・・って。

叔母の事を想うと、
私には甦って来る記憶があります。

まだ、3歳にも満たない頃の、
たぶん、今記憶している一番古い記憶。

二股に分かれた道、
どちらに行けば、行きたい場所に着けるか分からなくて、泣いてる私。

覗きこんだ、男の人の影。


共働きだった父と母。
まだ眠っている私をおいて、仕事に出て。
目が覚めた私は、自分で祖父母の家に行こうと外に出て。
踏切渡ったまでは良かったけれど、
その先の二股に分かれた道で、右と左が分からなくなって、泣きじゃくっているところを、
通りがかった人が、家へと連れ帰ってくれた。
(父母の同業者で、私を知っていてくれたらしい)

そんなことがあってから。

まだ山形にお嫁に行く前だった叔母が、
父母が仕事の時には、預かって面倒を見ていてくれた、という。

叱られたことも、怒られたこともたくさんあるけど。

それでも優しい叔母が、私は大好きです。