殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

組長・10

2011年01月09日 12時20分19秒 | 組長
隣組の組長の任期を終えて、この3月末で、はや1年になる。

次の役員の人達も、つつがなく仕事をこなしている。

とても平和な日々だ。

この最終平和が、どのようしてもたらされたかを書き留めておこうと思う。


あれは、長引く残暑に草木も人も、じっと耐えていた頃の夕暮れであった。

けたたましいサイレンを鳴らして、パトカーが2台、近くへ停まった。

物見高い私のことである。

ちょうど、両親の家に行こうと外へ出た時だったので

走って見に行ったのは言うまでもない。


そこで私の目に飛び込んだのは…

日本刀を持った、見知らぬ男であった。

40代半ば、がっしりした体つきのおっさんだ。


刀は抜いてない。

最初は木刀と思ったのだが、先が細くなっておらず

手元に黒っぽいツバもついていて、白木のサヤに収まっていた。

真剣ではなく、みやげ物に毛が生えた程度のしろものだと察する。


そして、そのそばにいるのは…Sじじい。

休めの姿勢で平静を装い、しきりに日本刀男を説得しているが

その足元は裸足であった。

男に追いかけられ、裸足で外へ逃げて来たのだ。


そこへ警官が数人、忍び寄る。

サスマタも持ってる。

サスマタは、悪い人を壁際に追い込んで、ウエストあたりを押さえつけ

身動きできなくする器具だ。

持ち方は、虫取りの網を持つ感じ。

初めてちゃんと見た。

感動。


何年か前、組員が覚醒剤で暴れ出した場面に出くわしたことがあった。

その時、警官が持っていたのは警棒であった。

いまどきの警棒は、コンパクトになっていて

必要時には、シャーッと3倍ぐらいに伸びる。

それを目撃した時以来の感動である。


日本刀男は、すでにおとなしくなっており

サスマタを使用されることなく、パトカーで連行されてしまった。

ちょっと残念。

使うところを見てみたかった。

男も男だ。

せっかく刀を持っているのに、バッサリやらないなんて。


どうしてこんなことになっちゃったのか…

物見高い私としては、ぜひとも知りたいところよ。


「許せん、謝れ!って叫んでたわよ…」

「Sじじいのほうは、泣きそうな顔して

 そんなつもりで言ったんじゃない~!とか言ってたよ…」

いくつかの証言を総合すると、酒の上での口喧嘩が元らしい。

怒った男は、後日あらためて日本刀を持参の上

Sじじいの家を訪問したのだった。


Sじじい、以前はよく、暴力を振るう息子から逃れるために

外をウロウロしていた。

その息子もいつの間にかいなくなり、自宅で酒盛りをするようになったのだ。

今や近所の者は、誰も寄りつかないので

その男とつるむようになったと思われる。


酒が好きで、子供の頃はパシリだったであろうその男…

いかにもSじじいと同類の雰囲気である。

口喧嘩はいつも、双方の食い違いから始まるけど

本格的な喧嘩に発展してしまうのは、どっちも似たようなもんだからだ。


夜になって、こっそり交番へ見に行った。

事件から3時間も経つのに、本署へ行かずにしぼられている。

刀がチャチなもんで、銃刀法違反にならなかったのか

説諭の上、釈放の路線らしい。


奧さんらしき女性が、きょとんとした表情で横に座っているのが

交番の窓から見える。

まるまると太って、赤いリボンのカチューシャをしている。

男よりかなり年下だが、娘には見えない。

嫁の来手が無くて、ずいぶん年を取ってから

ちょいと浮世離れした若いのをもらう。

Sじじいのところと同じケースだ。

どこまでも、似た者同士であった。


あれから数ヶ月、Sじじいの姿を見かけることもまれになった。

醜いものを目にしなくてすむのは、快適である。


この一件は「…らしい」の憶測が多いので、書かずに葬るつもりであった。

しかし、この正月。

日付が変わって、新年を迎えた12時過ぎのことである。

よせばいいのに、ふらりと近くのコンビニへ出かけた夫。

じっとしていられないタイプなのだ。


帰って来て、残念そうに言う。

「年が明けて、最初にSじじいに会ってしまった…」

入り口でバッタリ出くわし、無言ですれ違ったそうだ。

「考えることが同じだったのが、なさけない」

夫は、とても悔しそうであった。

向こうもそう思っているかもしれない。

そこが面白かったので、書いた。
コメント (28)
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