殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
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ヤエさんの幸せ計画・その4

2014年10月03日 21時01分20秒 | みりこんぐらし
とりあえず報われたらしきヤエさんから

呪いの処理をたずねられた私である。

「おばあちゃんにそんな力があると思ってるの?」

「そうは思わないけど、ずっと気になっていることがあって…」

ヤエさんは声をひそめて話す。


おばあちゃんの実家はすでに絶えており

実家の位牌はお寺に預けて永代供養をしてもらっていた。

が、信者仲間との口論で興奮したおばあちゃんは

位牌をその場で風呂敷に包み、根こそぎ家に持ち帰った。

「こっちの先祖の位牌と一緒くたにして、仏壇に並べているの。

その人達に、束になって見張られているような気がするのよ。

私を呪うおばあちゃんに、力を貸していると思えてならないの」

風呂で突然死した姑の母親の一件が

ヤエさんの心に影を落としているのだろう。


「少子化だもん、実家の位牌付きで結婚する人は

増えてると思うよ。

いちいち気にしてたら身がもたないよ」

うちの義母ヨシコは、半世紀以上前にそれをやってのけた先駆者だ。

義父アツシは次男なので、自分の家の位牌は無い。

祖母の死によって実家の絶えたヨシコが

実家の位牌だけを家で祀っている。

新興宗教をかじっているため、先祖供養だの因縁だのと

よく口にするが、そのわりには祖父母や両親の命日すら知らない。

このテキトー感、面白いので嫌いじゃない。

よその家のことなので、あれこれ言うつもりもない。

ヨシコ亡き後は、永代供養という便利なシステムがある。


「気になるんなら、またお寺へ返せばいいじゃん」

「おばあちゃんがきかないわよ」

「認知症なんだから大丈夫よ」

「そういうことには敏感なのよ」

「いずれわからなくなるわよ、待ってりゃいいのよ」


「その“いずれ”が待てないのよ」

ヤエさんは思い余ったように絞り出す。

「おばあちゃんの怨念に負けそうなの。

私は孫の成長が見たいし、みりこんさん達ともっと遊びたい。

もう少し長生きがしたいのよ」


だからね…ヤエさんはいたずらっぽく言った。

「おばあちゃんの部屋の前の廊下に、父の形見を飾っているの。

私の父が使っていた、お神楽(かぐら)のお面よ。

おばあちゃんから守ってもらおうと思って」

ヤエさんのお父さんは、地元では有名な神楽の舞手だったという。

家へ行った時、何で廊下に鬼の面があるのかと不思議に思っていた。

怨念ストッパーのつもりだったのか、と納得。


「よしなよ…お父さんがかわいそうだよ」

「やっぱり?

私もねえ、いつかははずさなきゃと思ってはいるの。

ちょっとした抵抗のつもりなんだけど

こんなことで解決しないのはわかってるのよ。

でもなかなか思い切れなくて」


舞手の命であるお面を部屋の真ん前に飾られたら

おばあちゃんもお父さんも、いい気分ではないだろう。

おばあちゃんは実家の位牌でヤエさんを狙撃

ヤエさんはお父さんの鬼面爆弾で応戦

実家と実家の対戦じゃ~!ボォ~(これはホラ貝の笛よ)!

そんな図を想像してしまい、つい笑いを漏らす私であった。


「誰にとっても、施設に入れるのが一番いいと思うよ」

私は前々から何度も言っていたことをまた言う。

おばあちゃんとヤエさんを引き離した方がいい。

このまま泥仕合を続けても、お互いがかわいそうである。


それには先立つものがいる。

おばあちゃんは厚生年金なので、そのお金で施設に入れても

お釣りが来るはずだが、肝心の通帳は小姑が握っている。

年金が小姑一家の生活に流用されているのは

急に派手になった服装や外食の頻度から明らかであった。


これを取り上げるのは至難の技だ。

こういうことをする人は、通帳を奪われて食い詰めることよりも

第三者に印字を見られて横領が露見することの方をひどく恐れる。

だから通帳の譲渡を申し出ても「お母さんがかわいそう」と

泣いたりわめいたりして、証拠を死守するのだった。


切迫詰まれば、自腹でどうにかする覚悟はあるとヤエさんは言う。

実際、年寄りまみれに捧げた半生に遺産のご褒美は無かったが

金運は備わるようだ。

それがしっかり者のヤエさんに鷹揚と優雅を与え、華を添えていた。


しかし腹が立つとか憎たらしいの段階を超えると

離れるよりも、自分の目で相手の死を見届けたい願望が強まるらしい。

「おばあちゃんの最期を見届けた時、呪いが消えると思うの」

小姑よりも強く、おばあちゃんの施設行きを拒んでいるのは

ヤエさん自身だった。


私は言った。

「眠れる森のヤエさんか!」

《続く》
コメント (5)
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