先日、義母ヨシコはいつになく自転車に乗り
義父アツシの病院へ見舞いに行った。
ちなみに自転車は、長男が買い与えたものである。
「自転車さえあったら、おじいちゃんの見舞いに行けるのに」
この春、ヨシコは孫…つまり私の長男に話した。
前のボロボロ自転車は、一昨年、私が捨てたのだった。
しかしヨシコの意図は、自転車ではなかった。
おじいちゃんの見舞いをパパの送迎に頼るのは気兼ねだけど
自転車が無いんだもの、仕方ないじゃない…
捨てておきながら、毎日行ったらダメって言われる…
要するに「あんたのママは残酷だ」というボヤキに過ぎなかった。
だが老婆特有の思わせぶりや遠回しは、青年に通用しなかった。
青年は老婆が自転車を所望していると感じ
また、自転車を与えれば父親が解放されると信じた。
青年は即刻、老婆を自転車屋へ連行した。
電動アシストの自転車は、ペダルは軽いが車体が重いため
後期高齢者には向かないそうで
ブリジストンの「カルク」という名のママチャリが与えられた。
こうして「カルク」はうちにやって来たが
ヨシコ、当然ながら乗る気配無し。
「自分で見舞いに行くと言うから買ってやったのに、どういうことだ。
早くカルクに乗りなさい、乗ってじいちゃんの所へ行きなさい、さあ、さあ」
度重なる長男からのプレッシャーに、「今は暑い」で逃げていたヨシコ。
ついに涼しくなって言い訳ができなくなり
一度だけ、シブシブ自転車でアツシの病院へ出かけたのだった。
その帰り道、知り合いの畑に寄ったのがいけなかった。
そこへこんにゃく屋のオヤジが来合わせていたのだ。
60半ばのこの人と初対面だったヨシコは
誰にでもするように、自分の病気の話をしたらしい。
不幸は翌日から始まる。
そのおじさんが、こんにゃくを土産にうちへ来るようになったのだ。
ヨシコが惚れられたのではない。
本業の方がいまひとつなので、副業として
バカ高い健康器具の訪問販売を始めた彼は
病気自慢のヨシコをターゲットに定めたのであった。
3日をあげずに訪れ、来たら長い。
門越しの会話で、少なくとも1時間は粘る。
4~5回も続くと、話し好きのヨシコも苦痛になってきたようだ。
おじさんが帰ると、疲れて寝込むようになった。
ある休日の朝、チャイムが鳴った。
私が出たら、彼だった。
こんにゃくを2つ3つもらった手前、しかたなく付き合ってやる。
どうして長いか、よ~くわかった。
話す分量はたいしたことない。
「ほんで…」「へでから…」の接続詞が多過ぎる上に
接続詞の後は急に話が飛ぶ。
健康器具の素晴らしさを熱く訴えていたかと思うと突然、別の話になる。
あさっての方へ飛んだ話を元へ戻すのに、また時間がかかる。
会話に集中力が無いのだ。
総合すると、その健康器具のおかげで元気になったので
人にも勧めたくなったと言いたいらしい。
車で1時間以上かかる配達先に、以前は休憩を取りながら通ったそうだが
この健康器具のおかげで、今は休憩無しで行けると得意そう。
「んまあっ!すごい!」
私はつい叫んでしまう。
「そうでしょ?すごいでしょう」
「ええ!単価の低い商品をそんな遠方まで配達したら
商売というより奉仕ですね!」
「え…」
そこでまた、何の脈絡も無い方向へ話が飛ぶ。
この男、人の言ったことをキャッチできなくなったら
話をそらす癖があるらしい。
そんな幼い話術で、よくも高額商品を売りつけようとするものだ。
この調子でしょっちゅう来られたら、たまったもんじゃない。
彼の訪問を終わらせるために、買ってしまう人もいるのではなかろうか。
そもそも何十万もする物を売りつけようというのに
くたびれたTシャツで来ることから間違っている。
商品の価格に見合った服装をするのは、営業の基本だ。
薄利多売のこんにゃくとは、売り方が違うのだ。
「だから、お母さんに元気になってもらいたいんだよね」
やっと本線に戻れて満足げな彼。
私はTシャツからのぞく、白髪の胸毛を剃り落としてもらいたいんだよね。
「長生きしてもらいたいでしょう?親だからね」
「もう充分長生きしてますから、けっこうですよ」
「親だよ?同じ長生きなら、健康にしてあげたらいいじゃないの」
お!珍しく会話が続くじゃないか。
私の親不孝発言に食いついたらしい。
「お気持ちはありがたいですが、このままでいいです」
「健康になって欲しいと思うでしょ、普通、そうでしょ」
普通じゃないヤツに限って、人に普通を求めたがる。
「いや、全然」
「親の健康を願うのは子の努めじゃないか!
あんたみたいにひどい嫁さん、見たことないわ!」
フフフと笑う私。
「おじさんが来て、長いこと外に立たせるから
このところ調子が悪いんですよ。
義母の健康を願ってくださるなら、そっとしてやってくださいな」
「ワシが悪い言うんか?!」
「うん」
「なんちゅう嫁じゃ!ヨシコさんもかわいそうに!」
怒り狂うおじさんであった。
「おじさん、後期高齢者はクレジット通らないよ」
「え…」
「うちのばあちゃん、キャッシュも無いよ」
「え…」
急にテンションの下がるおじさん。
「あの…じゃあお母さんに買ってあげる気も…無い…よね?」
「見たことないくらい、ひどい嫁だからね。
お疲れ様でした、バイバイ」
「バイバイ」
おじさんは帰り、それっきり来なくなった。
うちには、来るたびに渡されたこんにゃくが貯まっている。
寒くなってきたので、近いうちにおでんでも作ろうと思う。