殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

ウグイス日記・誠意の巻

2014年12月09日 10時40分03秒 | 選挙うぐいす日記
翌朝…つまり選挙戦6日目。

小柄なママが、いちだんと小さく見える。

なんだかナミ様も、本来の年相応になってきた。

6日目ともなれば疲れが出るだろうが

それにしても昨日より20才ぐらい進化している。


浦島太郎状態になった理由を私はたずねなかった。

たずねるまでもない。

昨夜、謝罪に行って話がややこしくなったのだ。

保険を使わないからだ。


保険を掛けているのに使わない…

心がけの良くない者にとって

それはおいしい可能性を含んだエサだ。

点数の問題や、警察沙汰にしたくない秘密など

保険を使えない事情があると思われてしまう。


ママとナミ様は、相手がそう考えているとはつゆ知らず

頭を下げればどうにかなると思い込んでいる。

しかし下げれば下げれるほど、相手は

「保険を使いたくない、よっぽどの理由があるに違いない」

と思い込んで、事態はますます悪化する。

でも母娘が選んだ道…わたしゃ知らんもんね。


7日目の最終日もそのまま終わり、投票日になった。

夜には皆が選挙事務所に集まって、投票結果を待つ。

早めに行ってナミ様母娘の隣に陣取るが

この2人、さらに外見的老化が進んでいる。

声をひそめて話しているのを聞くと

明日、とある離島へ出かける必要にかられたらしく

車でフェリーに乗るか、向こうでタクシーを拾うかを

決めかねている様子だ。


事故が2人の手に負えなくなっているのは、もはや明らかだった。

その関係で、どうしても島へ渡らなければならない事情ができたのだ。

おそらく、とんでもないことになっている。


「悩みがあるんでしょ?言ってごらん」

今ならまだ間に合う。

私は再び首を突っ込むことに決めた。


「いやいや、もうね、迷惑はかけられないから…」

2人は懸命に手を振り、話すことを固辞する。

「候補にも皆さんにも迷惑だから

何としても、これは私達だけで解決しようと決めたの。

そのうち、きっと何とかなると思う」

言いながら、ママもナミ様も涙を浮かべている。

「いいから言いなさい!」


ようやく聞き出した話はこうである。

5日目の夜、事故の相手から指定された午後10時に

ママとナミ様は謝罪に赴いた。

家で待っていたのは、例の母親とハタチの息子

それにもう一人、母親の彼氏という若い男だった。


彼氏は、おとなしかった。

母親にガミガミ怒鳴られはしたが、一番恐ろしかったのは

ヤンキーでも何でもない、ごく普通に見えた息子だったそうだ。

不細工なおかんに若い男ができて入り浸りれば

年頃の息子が屈折するのは当たり前で

しつけがされておらず、元々の性格も悪いとなれば

歩く凶器に等しかろう。


「土下座しろ!」

息子はまず、玄関で2人に要求した。

言うことを聞いてしまうからいけないのだが

母娘は言われるままに土下座をした。


ママの頭の下げ方が足りないと、ヒステリックに叫ぶ息子。

「床に頭をつけろ!早く!」

「ごめんね、おばちゃんは頚椎にボルトが3本入ってるから

これ以上は首が曲がらないのよ」

しかし息子はきかない。

「それじゃ謝ったことにならない!もっと下げろ!」


ママは、冷ややかに見下ろしている母親に頼んだ。

「あなたも看護師なら、病人のことがわかるでしょう?

これ以上は無理だと、息子さんに教えてあげてください」

母親は、うちの義父アツシが入院する病院へ勤めているそうだ。

「私も仕事柄、それくらいのことはわかりますよ。

でもきちんと謝罪ができないんじゃあ

別の謝り方を考えてもらうしかないですね」

白衣の天使の優しいお言葉であった。


こうして母娘は2時間、冷たい玄関に膝まづき

母親と息子の罵声を浴びた。

「明日、同じ時間にまた来い!」

その頃には、ママは脚が立たなくなっていて

母親の彼氏に抱えられて立ち上がり、やっと帰ることができた。


言われた通り翌日の金曜日の夜も行くと

今度は土下座プラス誠意がテーマになった。

息子は離島にある国立の高等専門学校へ通っている。

5年通って、来春卒業だという。

「5年間、無遅刻無欠席だったのに

この事故が原因で初めて遅刻した!就職に不利だ!

どうしてくれるんだ!」


そこでママは言った。

「学校に頼んで、遅刻を取り消してもらえたらいいのにね…」

人はこういう時、つい妙なことを口走ってしまうものだ。


「思うだけじゃダメだ!行ってから言え!」

息子はますますヒートアップした。

「月曜日に学校へ行って頼んで来い!それから結果を報告に来い!」

「もし…無理だったら…」

「誠意を見せるしかないだろう!」

「どんな…」

「それはお前らが考えることだろうが!」

息子は壁を蹴ったり、物を投げたりした。

「うちの子の将来を潰したんですからね!

謝ったぐらいじゃ済まないですよ!」

こうしてまた母子の罵声を浴び、2時間後に解放された。



「だから明日、島の学校へ行ってみようと思って。

でも初めて行くから、タクシーを拾った方がいいかしら」

この母娘にとって現在最大の悩みは

ユスられている現実ではなく、車かタクシーかの問題だった。


日頃は女の園で静かに暮らす人達である。

土下座したり怒鳴られたりして正常な判断力を失い

現実から目をそむけてしまうのは、無理もないことであった。

コメント (17)
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