殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

手土産オンチ

2017年09月07日 15時35分38秒 | みりこんぐらし
37才の堀井君は、息子の友達。

仕事を通じて親しくなった。


高知県出身だが、仕事上、県北の山奥に住んでいて

月に何度か、息子たちと釣りに出かける。

帰りが遅くなるとうちへ泊まるが

礼儀正しいイケメンで、そのわりに癒し系。

泊まっても全然苦にならない。


彼が食事をした後、箸袋にきちんと揃えて収められた割り箸を

息子たちに見せて指導。

「よそでご飯を食べた後、箸袋に入れるのは誰でもやる。

でも、これをごらん。

新しい割り箸みたいに、きちんと揃えて入れてある。

あんたたちも見習いなさい」


風呂で使うバスタオルもちゃんと持って来て、持って帰る。

「ここまでする子はあんまりいない。

あんたたちも見習いなさい」

男の子は母親からこんなことを言われると反発するものだが

堀井君に関しては素直に聞く。

躾に便利な堀井君である。


そんな彼は独身。

結婚に憧れているという。

無理もない。

転勤で知らない土地へ配属され、そこが寂しい山奥村とくれば

嫁さんの一人や二人は欲しかろう。


以前は彼女がいたけど、突然振られたそうだ。

理由はわからないと本人は言う。

高身長、高学歴、勤務先は大手で地位もそこそこ

明るく優しく顔もいいのに、もったいないことだ。


そんなある日、堀井君が手土産を持って来た。

「いつもご馳走になって、すみません。

ほんの気持ちですが‥」

看護師だというお母さんの教育が行き届いている。


「あっら〜!気を使わないで〜!」

と言いながら、喜んで包みを開ける私。

中には黄金色のフタも神々しい瓶詰めが一つ。

ニンニクの唐辛子和えだ。

辛い。


「手作りの弁当に飢えているから作ってあげて」

息子から言われ、何回か作ってやると

「ほんのお礼です」

と、また何か持って来た。

青唐辛子の佃煮、ひと瓶。

辛い。


その次は赤唐辛子の味噌漬け、ひと瓶。

辛い。


辛いものが好きなのかと問えば、そういうわけではでないと言う。

山奥村の道の駅には、こんなのしか売ってないそうだ。

そりゃわかるよ‥寒い土地だし、あんまり特産物が無い地域だもんね。

でもね、食べられんのよ‥辛すぎて。

「堀井君、ほんと、気を使わないで!お気持ちだけで充分!」

私は心から言うのだった。


なんか、結婚しそびれた理由がわかったような気がする。

プレゼントのセンスがイマイチだったのではないのか。

彼女の誕生日には、何をあげていたんだろう。

やっぱり道の駅製?


そして先月の下旬。

彼は遅い夏休みを取って故郷の高知県へ帰省した。

「本場のカツオのたたきを買ったから、楽しみにして!」

こちらへ戻る日、息子に連絡がある。

初めてマトモなお土産と遭遇できる喜びを胸に

我々一家は彼の訪れを待った。


我々はてっきり、高知からの帰りに寄ると思っていたが

ゆっくり休みたいので、まっすぐ帰るという話だった。

次の日も、まる一日ゆっくりしたいということで、訪れはなかった。

ここでふと、脳裏に暗雲が。

「生ものなのに、大丈夫?」


うちの子もそうだけど、独身が長い男って自分本意なところがあるものよ。

それはかまわないけど、生ものの土産はできるだけ早く届けるのが鉄則。

だから多くの人は、危険を伴う生ものを土産にしない。

でも‥私は思い直す。

「本場生まれなんだから、管理方法はわかってるはず」

自分にそう言い聞かせ、暗雲を打ち消すのだった。


その翌日、堀井君は立派なカツオのたたきを

2本たずさえてやって来た。

この日はうちへ泊まり、明朝早くから息子と釣りに出かけるのだ。

「さあ!晩ごはんにしましょう!」

私は準備していたカイワレや玉ねぎスライスをいそいそと出す。


と‥堀井君、真顔でおっしゃる。

「待ってください!

お口に合うかどうかわからないので、感想を聞く勇気がありません!

明日、僕が帰ってから食べてください!」


そうよ、彼は繊細なの。

故郷から持ち帰った名物が、もしもお気に召さなかったら‥

と心配しているのだ。

その気持ちを汲んで、私はたたきを冷蔵庫に収めた。


翌日の夕食で、我ら一家はいよいよカツオのたたきを食す。

おおっ!さすが本場もん!切る時の感触からして違う!

スッ、スッと小気味好く包丁が入る!

この時点で、絶対においしいのがわかる!


そして食べた。

う‥うまい!

お口に合うどころじゃない!

「全然違う!」

「目ぇつぶって食べたら肉じゃ!」

我ら一家は堀井君初の快挙を寿ぎつつ、むさぼり食うのであった。



‥異変は午前3時に起こった。

胃がムカムカして目覚める。

吐きそう。

長男も起きて言った。

「気分が悪い‥たたきだと思う‥」

一番多く食べた彼と私は、あたったのだった。

幸いにも吐いたり下げたりは無かったが

微熱と手足の軽い痺れは、いやしい母子を2日間に渡って悩ませた。


病床でよくよく思い出してみれば、説明書では冷凍だったはず。

食べ方よりも、解凍の手順を長々と書いてあった。

しかし私が受け取ったのは解凍済みの柔らかい物だった。

どうも、ここに問題があったらしい。


1日目、堀井君は現地で冷凍のたたきを買い求め、赴任先へ戻る。

2日目、自宅の冷蔵庫で自然解凍された。

3日目、うちへ持ち込まれたが、堀井君の繊細により見送る。

4日目、食べた。

そりゃあたるわ。
コメント (8)
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