8月のお寺料理は、3日と16日の2回ある。
マミちゃんは日が経つにつれて気持ちが落ち着いたのか
とりあえず3日は行くと約束してくれた。
それでも色々言われるのが怖くなり、何を作っていいかわからないと言う。
献立のテコ入れを考えていた私は、そこですかさず提案。
「カレーにしよう。
マミちゃんはカレーだけ作って、持って来て。
あとは私が何か作って行くけん」
「え?カレーなら簡単だけど…カレーはだめなんじゃないの?」
怪訝そうなマミちゃん。
そうよ、お寺料理にカレーはNG。
シチュー、ハヤシライス、おでん、鍋物と共に
我々料理番が絶対に作ってはいけない五大禁止料理だ。
なぜなら料理番を呼ぶまでもない中途半端な会食の時
ユリちゃんか兄嫁さんが作るから。
これらは安くて簡単で副菜があまりいらず、かつ洗い物が少ない救済料理なのだ。
中でもカレーは、夏の登板回数が最多。
そのカレーを料理番が作ってしまったら
お寺はしばらくカレーを出せなくなるので困ると言われ
我々はバカ正直に、この禁止令を守っていた。
マミちゃんの疑問を気にせず、私は続ける。
「スープカレーじゃ言うて誤魔化すけん、適当に作ってよ」
「スープカレーなんか、作ったことないよ」
「サラサラしとりゃ、ええよ。
カレーはだめって言いながら、梶田さんのグリーンカレーはOKだったじゃん。
名前さえ違やあ許されるよ」
「サラサラのなら、作れる!」
イタズラを企てる子供のように、嬉しそうなマミちゃん。
そうよ、これはイタズラだもんね。
手の込んだ料理を作らせたいがために、簡単な料理を禁止された我々。
しかし6月のお祭で、昼に兄嫁さんが作ったカレーを初めて食べたところ
甘くてあんまり美味しくないことに驚いたものだ。
この水準であれば、マミちゃんの方が断然うまく作るに違いない。
しかもカレーは、家で煮込んで持ち込める。
副菜はサラダ程度でいいため、台所の気温上昇は避けられるではないか。
以上の理由から、私はユリちゃんから言い渡されていたカレー禁止令を
あえて破ることにしたのだった。
だからマミちゃんにも念を押す。
「家で作って、ジプロックで持って来るんよ。
寺で火ィ使うんは、温め直す時だけよ」
「寺で火ィ使うたら、暑いけんじゃろ?」
「ほうよ、冴えとるが。
まともに煮炊きしたら、死ぬよ」
「わかった!」
マミちゃんが元気になったので、次はユリちゃんとの交渉。
「8月3日にカレー、作ってもいいかね?」
「…カレー?」
電話の向こうのユリちゃんは案の定、怪訝な声色だ。
それを無視して続ける。
「マミちゃんが、スープカレーとか何とか言うとったわ」
作るとは言ってないもんね。
「スープカレー?!」
ユリちゃん、今度は明るい声に変わった。
「うん、うん、スープカレーならいいよ!楽しみ!」
「じゃろ?じゃあ3日にね」
交渉成立。
こうして8月3日がやってきた。
この日は、我々料理番を入れて11人だ。
マミちゃんが作って来たカレーは、潰したトマトをしこたま入れた
トマトカレーだった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/60/f4/0553ace0a7ced94f9bc5b6b23f0e49ac.jpg)
味は…トマト。
とにかくトマト。
卵、カボチャ、ナス、ピーマンのトッピングと
上にあしらった糸唐辛子がスープカレーそっくりだ。
カレーの中にはじゃがいもや人参がゴロゴロ入っているが
ユリちゃんたちは完全にトマト味のスープカレーだと思い込んで大喜びだ。
愉快、愉快。
兄嫁さんは、「これならトマトでも食べられる」と言った。
トマト嫌いを名乗るなら、潔くトマトの全てを否定してもらいたいものだ。
カレーには、バジルなど香草の類いもたっぷり入っているらしいが
兄嫁さんの娘ミクちゃんは大の香草嫌いというじゃないか。
が、ミクちゃんはカレーなら大丈夫だそうで
ユリちゃんは彼女の分を別に取り分けて、晩に食べさせたいと言う。
香草嫌いを名乗るなら、潔くカレーも嫌ってもらいたいものだ。
カレーの上にあるのは、やはりマミちゃん作のソウメン瓜のマヨネーズサラダ。
さっぱりして、美味しかった。
これもマミちゃん作、トマトとアボカドのサラダ。
右は兄嫁さん作、キュウリのキュウちゃん。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/55/fb/d864afb43a502207d0d892e818a9667b.jpg)
カレーといい、このサラダといい
マミちゃん、トマトの恨みはトマトで返すつもりらしい。
なんと頼もしい。
私が作って持ち込んだ肉じゃがと、イカの煮物。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/03/46/f6a217dd82504da7e8bc37776c9379ec.jpg)
近所で新じゃがをたくさんもらったのと
長男が山陰へ、イカ釣りに行ったので作ったまで。
枯れ木も山の賑わいというところだ。
それから例のごとく、次男の釣った鮎を庭で炭火焼きに。
これも台所の室温を上げないための苦肉の策。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/f7/b8c3efd6438c07ab6bc88fb35c2c40f6.jpg)
写真を撮り忘れたが、せっかく炭を使うんだからと
鮎を焼いた後で、安い冷凍のアメリカ牛も焼いた。
炭火で焼くと、ボロい肉でも美味しくなるのね。
そしてこの日、画期的なことが起こる。
鮎も肉も、例の芸術家の兄貴が全部焼いてくれたのだ。
火をおこす私の手際が悪いのを見かねて交代してくれたため
そのまま焼かせ…いや、焼いていただいた。
その間、私は木陰で涼む。
この手があったわい…うしし。
マミちゃんの方も打ち合わせ通り、カレーを温めるだけで
他は一切火を使わなかったので、台所は嘘のように涼しかった。
しかもマミちゃん、洗い物を減らすために紙の皿を用意している。
上出来、上出来…私は満足感に浸るのだった。
それでも洗い物は出る。
私がテイクアウトの弁当を詰めている間
食器を洗っていたマミちゃんを悲劇が襲った。
水道から、水と一緒にムカデがコンニチハ。
マミちゃんは、親指の付け根を刺されたのだ。
いつになく涼しい台所が気に入ったのか
ムカデのやつ、蛇口に入り込んで休憩していたらしい。
ムカデに刺されたら患部をすぐ
風呂よりちょっと熱い45〜6℃ぐらいの湯に浸けると
毒が中和されるそうなので、マミちゃんの手を引っ張って湯に浸ける。
「キャ〜!熱い!」
泣き叫ぶマミちゃん。
そうね、ちょっと熱過ぎたかも。
全身を蒸し焼きにされるような灼熱地獄を回避するために献立をカレーにし
洗っても洗っても終わらない洗い物地獄を回避するために紙皿を用い
これで地獄は回避できたと思っていたら、今度はムカデ。
く〜!
敵はムカデだけではなかった。
台所の隣は草むら、その先は墓地…ヤブ蚊のパラダイスだ。
ヤツらは出入りのたびに侵入する。
そして、あんまり暑い時はどこかに潜んで活動を控え
過ごしやすい気温になると血を求めて飛び回る。
涼しさを維持する台所で、ヤツらは活発そのものだ。
熱中症にならないための工夫を重ねたというのに
今度は虫に苦しめられるとは。
地獄には、二番底があるらしい。
《完》
マミちゃんは日が経つにつれて気持ちが落ち着いたのか
とりあえず3日は行くと約束してくれた。
それでも色々言われるのが怖くなり、何を作っていいかわからないと言う。
献立のテコ入れを考えていた私は、そこですかさず提案。
「カレーにしよう。
マミちゃんはカレーだけ作って、持って来て。
あとは私が何か作って行くけん」
「え?カレーなら簡単だけど…カレーはだめなんじゃないの?」
怪訝そうなマミちゃん。
そうよ、お寺料理にカレーはNG。
シチュー、ハヤシライス、おでん、鍋物と共に
我々料理番が絶対に作ってはいけない五大禁止料理だ。
なぜなら料理番を呼ぶまでもない中途半端な会食の時
ユリちゃんか兄嫁さんが作るから。
これらは安くて簡単で副菜があまりいらず、かつ洗い物が少ない救済料理なのだ。
中でもカレーは、夏の登板回数が最多。
そのカレーを料理番が作ってしまったら
お寺はしばらくカレーを出せなくなるので困ると言われ
我々はバカ正直に、この禁止令を守っていた。
マミちゃんの疑問を気にせず、私は続ける。
「スープカレーじゃ言うて誤魔化すけん、適当に作ってよ」
「スープカレーなんか、作ったことないよ」
「サラサラしとりゃ、ええよ。
カレーはだめって言いながら、梶田さんのグリーンカレーはOKだったじゃん。
名前さえ違やあ許されるよ」
「サラサラのなら、作れる!」
イタズラを企てる子供のように、嬉しそうなマミちゃん。
そうよ、これはイタズラだもんね。
手の込んだ料理を作らせたいがために、簡単な料理を禁止された我々。
しかし6月のお祭で、昼に兄嫁さんが作ったカレーを初めて食べたところ
甘くてあんまり美味しくないことに驚いたものだ。
この水準であれば、マミちゃんの方が断然うまく作るに違いない。
しかもカレーは、家で煮込んで持ち込める。
副菜はサラダ程度でいいため、台所の気温上昇は避けられるではないか。
以上の理由から、私はユリちゃんから言い渡されていたカレー禁止令を
あえて破ることにしたのだった。
だからマミちゃんにも念を押す。
「家で作って、ジプロックで持って来るんよ。
寺で火ィ使うんは、温め直す時だけよ」
「寺で火ィ使うたら、暑いけんじゃろ?」
「ほうよ、冴えとるが。
まともに煮炊きしたら、死ぬよ」
「わかった!」
マミちゃんが元気になったので、次はユリちゃんとの交渉。
「8月3日にカレー、作ってもいいかね?」
「…カレー?」
電話の向こうのユリちゃんは案の定、怪訝な声色だ。
それを無視して続ける。
「マミちゃんが、スープカレーとか何とか言うとったわ」
作るとは言ってないもんね。
「スープカレー?!」
ユリちゃん、今度は明るい声に変わった。
「うん、うん、スープカレーならいいよ!楽しみ!」
「じゃろ?じゃあ3日にね」
交渉成立。
こうして8月3日がやってきた。
この日は、我々料理番を入れて11人だ。
マミちゃんが作って来たカレーは、潰したトマトをしこたま入れた
トマトカレーだった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/60/f4/0553ace0a7ced94f9bc5b6b23f0e49ac.jpg)
味は…トマト。
とにかくトマト。
卵、カボチャ、ナス、ピーマンのトッピングと
上にあしらった糸唐辛子がスープカレーそっくりだ。
カレーの中にはじゃがいもや人参がゴロゴロ入っているが
ユリちゃんたちは完全にトマト味のスープカレーだと思い込んで大喜びだ。
愉快、愉快。
兄嫁さんは、「これならトマトでも食べられる」と言った。
トマト嫌いを名乗るなら、潔くトマトの全てを否定してもらいたいものだ。
カレーには、バジルなど香草の類いもたっぷり入っているらしいが
兄嫁さんの娘ミクちゃんは大の香草嫌いというじゃないか。
が、ミクちゃんはカレーなら大丈夫だそうで
ユリちゃんは彼女の分を別に取り分けて、晩に食べさせたいと言う。
香草嫌いを名乗るなら、潔くカレーも嫌ってもらいたいものだ。
カレーの上にあるのは、やはりマミちゃん作のソウメン瓜のマヨネーズサラダ。
さっぱりして、美味しかった。
これもマミちゃん作、トマトとアボカドのサラダ。
右は兄嫁さん作、キュウリのキュウちゃん。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/55/fb/d864afb43a502207d0d892e818a9667b.jpg)
カレーといい、このサラダといい
マミちゃん、トマトの恨みはトマトで返すつもりらしい。
なんと頼もしい。
私が作って持ち込んだ肉じゃがと、イカの煮物。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/03/46/f6a217dd82504da7e8bc37776c9379ec.jpg)
近所で新じゃがをたくさんもらったのと
長男が山陰へ、イカ釣りに行ったので作ったまで。
枯れ木も山の賑わいというところだ。
それから例のごとく、次男の釣った鮎を庭で炭火焼きに。
これも台所の室温を上げないための苦肉の策。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/f7/b8c3efd6438c07ab6bc88fb35c2c40f6.jpg)
写真を撮り忘れたが、せっかく炭を使うんだからと
鮎を焼いた後で、安い冷凍のアメリカ牛も焼いた。
炭火で焼くと、ボロい肉でも美味しくなるのね。
そしてこの日、画期的なことが起こる。
鮎も肉も、例の芸術家の兄貴が全部焼いてくれたのだ。
火をおこす私の手際が悪いのを見かねて交代してくれたため
そのまま焼かせ…いや、焼いていただいた。
その間、私は木陰で涼む。
この手があったわい…うしし。
マミちゃんの方も打ち合わせ通り、カレーを温めるだけで
他は一切火を使わなかったので、台所は嘘のように涼しかった。
しかもマミちゃん、洗い物を減らすために紙の皿を用意している。
上出来、上出来…私は満足感に浸るのだった。
それでも洗い物は出る。
私がテイクアウトの弁当を詰めている間
食器を洗っていたマミちゃんを悲劇が襲った。
水道から、水と一緒にムカデがコンニチハ。
マミちゃんは、親指の付け根を刺されたのだ。
いつになく涼しい台所が気に入ったのか
ムカデのやつ、蛇口に入り込んで休憩していたらしい。
ムカデに刺されたら患部をすぐ
風呂よりちょっと熱い45〜6℃ぐらいの湯に浸けると
毒が中和されるそうなので、マミちゃんの手を引っ張って湯に浸ける。
「キャ〜!熱い!」
泣き叫ぶマミちゃん。
そうね、ちょっと熱過ぎたかも。
全身を蒸し焼きにされるような灼熱地獄を回避するために献立をカレーにし
洗っても洗っても終わらない洗い物地獄を回避するために紙皿を用い
これで地獄は回避できたと思っていたら、今度はムカデ。
く〜!
敵はムカデだけではなかった。
台所の隣は草むら、その先は墓地…ヤブ蚊のパラダイスだ。
ヤツらは出入りのたびに侵入する。
そして、あんまり暑い時はどこかに潜んで活動を控え
過ごしやすい気温になると血を求めて飛び回る。
涼しさを維持する台所で、ヤツらは活発そのものだ。
熱中症にならないための工夫を重ねたというのに
今度は虫に苦しめられるとは。
地獄には、二番底があるらしい。
《完》