殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

手抜き料理・地獄編・2

2021年08月10日 09時51分10秒 | 手抜き料理
8月のお寺料理は、3日と16日の2回ある。

マミちゃんは日が経つにつれて気持ちが落ち着いたのか

とりあえず3日は行くと約束してくれた。

それでも色々言われるのが怖くなり、何を作っていいかわからないと言う。


献立のテコ入れを考えていた私は、そこですかさず提案。

「カレーにしよう。

マミちゃんはカレーだけ作って、持って来て。

あとは私が何か作って行くけん」

「え?カレーなら簡単だけど…カレーはだめなんじゃないの?」

怪訝そうなマミちゃん。


そうよ、お寺料理にカレーはNG。

シチュー、ハヤシライス、おでん、鍋物と共に

我々料理番が絶対に作ってはいけない五大禁止料理だ。

なぜなら料理番を呼ぶまでもない中途半端な会食の時

ユリちゃんか兄嫁さんが作るから。

これらは安くて簡単で副菜があまりいらず、かつ洗い物が少ない救済料理なのだ。


中でもカレーは、夏の登板回数が最多。

そのカレーを料理番が作ってしまったら

お寺はしばらくカレーを出せなくなるので困ると言われ

我々はバカ正直に、この禁止令を守っていた。


マミちゃんの疑問を気にせず、私は続ける。

「スープカレーじゃ言うて誤魔化すけん、適当に作ってよ」

「スープカレーなんか、作ったことないよ」

「サラサラしとりゃ、ええよ。

カレーはだめって言いながら、梶田さんのグリーンカレーはOKだったじゃん。

名前さえ違やあ許されるよ」

「サラサラのなら、作れる!」

イタズラを企てる子供のように、嬉しそうなマミちゃん。


そうよ、これはイタズラだもんね。

手の込んだ料理を作らせたいがために、簡単な料理を禁止された我々。

しかし6月のお祭で、昼に兄嫁さんが作ったカレーを初めて食べたところ

甘くてあんまり美味しくないことに驚いたものだ。

この水準であれば、マミちゃんの方が断然うまく作るに違いない。


しかもカレーは、家で煮込んで持ち込める。

副菜はサラダ程度でいいため、台所の気温上昇は避けられるではないか。

以上の理由から、私はユリちゃんから言い渡されていたカレー禁止令を

あえて破ることにしたのだった。


だからマミちゃんにも念を押す。

「家で作って、ジプロックで持って来るんよ。

寺で火ィ使うんは、温め直す時だけよ」

「寺で火ィ使うたら、暑いけんじゃろ?」

「ほうよ、冴えとるが。

まともに煮炊きしたら、死ぬよ」

「わかった!」


マミちゃんが元気になったので、次はユリちゃんとの交渉。

「8月3日にカレー、作ってもいいかね?」

「…カレー?」

電話の向こうのユリちゃんは案の定、怪訝な声色だ。


それを無視して続ける。

「マミちゃんが、スープカレーとか何とか言うとったわ」

作るとは言ってないもんね。

「スープカレー?!」

ユリちゃん、今度は明るい声に変わった。

「うん、うん、スープカレーならいいよ!楽しみ!」

「じゃろ?じゃあ3日にね」

交渉成立。



こうして8月3日がやってきた。

この日は、我々料理番を入れて11人だ。

マミちゃんが作って来たカレーは、潰したトマトをしこたま入れた

トマトカレーだった。


味は…トマト。

とにかくトマト。

卵、カボチャ、ナス、ピーマンのトッピングと

上にあしらった糸唐辛子がスープカレーそっくりだ。

カレーの中にはじゃがいもや人参がゴロゴロ入っているが

ユリちゃんたちは完全にトマト味のスープカレーだと思い込んで大喜びだ。

愉快、愉快。


兄嫁さんは、「これならトマトでも食べられる」と言った。

トマト嫌いを名乗るなら、潔くトマトの全てを否定してもらいたいものだ。


カレーには、バジルなど香草の類いもたっぷり入っているらしいが

兄嫁さんの娘ミクちゃんは大の香草嫌いというじゃないか。

が、ミクちゃんはカレーなら大丈夫だそうで

ユリちゃんは彼女の分を別に取り分けて、晩に食べさせたいと言う。

香草嫌いを名乗るなら、潔くカレーも嫌ってもらいたいものだ。


カレーの上にあるのは、やはりマミちゃん作のソウメン瓜のマヨネーズサラダ。

さっぱりして、美味しかった。



これもマミちゃん作、トマトとアボカドのサラダ。

右は兄嫁さん作、キュウリのキュウちゃん。

カレーといい、このサラダといい

マミちゃん、トマトの恨みはトマトで返すつもりらしい。

なんと頼もしい。



私が作って持ち込んだ肉じゃがと、イカの煮物。


近所で新じゃがをたくさんもらったのと

長男が山陰へ、イカ釣りに行ったので作ったまで。

枯れ木も山の賑わいというところだ。



それから例のごとく、次男の釣った鮎を庭で炭火焼きに。

これも台所の室温を上げないための苦肉の策。


写真を撮り忘れたが、せっかく炭を使うんだからと

鮎を焼いた後で、安い冷凍のアメリカ牛も焼いた。

炭火で焼くと、ボロい肉でも美味しくなるのね。


そしてこの日、画期的なことが起こる。

鮎も肉も、例の芸術家の兄貴が全部焼いてくれたのだ。

火をおこす私の手際が悪いのを見かねて交代してくれたため

そのまま焼かせ…いや、焼いていただいた。

その間、私は木陰で涼む。

この手があったわい…うしし。



マミちゃんの方も打ち合わせ通り、カレーを温めるだけで

他は一切火を使わなかったので、台所は嘘のように涼しかった。

しかもマミちゃん、洗い物を減らすために紙の皿を用意している。

上出来、上出来…私は満足感に浸るのだった。


それでも洗い物は出る。

私がテイクアウトの弁当を詰めている間

食器を洗っていたマミちゃんを悲劇が襲った。

水道から、水と一緒にムカデがコンニチハ。

マミちゃんは、親指の付け根を刺されたのだ。

いつになく涼しい台所が気に入ったのか

ムカデのやつ、蛇口に入り込んで休憩していたらしい。


ムカデに刺されたら患部をすぐ

風呂よりちょっと熱い45〜6℃ぐらいの湯に浸けると

毒が中和されるそうなので、マミちゃんの手を引っ張って湯に浸ける。

「キャ〜!熱い!」

泣き叫ぶマミちゃん。

そうね、ちょっと熱過ぎたかも。


全身を蒸し焼きにされるような灼熱地獄を回避するために献立をカレーにし

洗っても洗っても終わらない洗い物地獄を回避するために紙皿を用い

これで地獄は回避できたと思っていたら、今度はムカデ。

く〜!


敵はムカデだけではなかった。

台所の隣は草むら、その先は墓地…ヤブ蚊のパラダイスだ。

ヤツらは出入りのたびに侵入する。

そして、あんまり暑い時はどこかに潜んで活動を控え

過ごしやすい気温になると血を求めて飛び回る。

涼しさを維持する台所で、ヤツらは活発そのものだ。

熱中症にならないための工夫を重ねたというのに

今度は虫に苦しめられるとは。

地獄には、二番底があるらしい。

《完》
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手抜き料理・地獄編・1

2021年08月10日 09時48分17秒 | 手抜き料理
今月3日は同級生ユリちゃんの実家のお寺で、また料理を作った。

去年の同じ日にもやった。

その時は一人だったので忙しかったこともあり

暑さで熱中症になりかけて、脳裏に死という文字が浮かんだものだ。


先月の始めにもマミちゃんと2人でやったが、暑くてやっぱり死ぬかと思った。

夏にエアコンと換気扇の無いお寺の台所で料理をするのは

まこと骨の折れるお役目である。

そんなに辛いなら、やめればいいようなものだが

そこに山があるから登るという登山と同じ。

そこに寺があるから作るのさ。


ともあれ先月のお寺料理以来、体調が優れず食欲が落ちた。

今は亡き義父アツシから「横着モンの大飯食らい」

とののしられていた、あの栄光はいずこ。

まだまだ暑くなるというのに

そして8月には2回もお寺料理があるというのに

これでは体力が低下するばかりじゃないの。

同じ失敗を繰り返さないよう、私は準備を整えることに決めた。


そうは言ってもグータラな私のことだ。

運動なんかで体力作りに励むことなど考えもせず

まず着手するのは食欲不振問題。


そこで食の進む食べ物を思案していたところ

テレビでたまたま奈良漬の製作過程を見た。

ものすごく手間がかかるみたい。

あんなに手間がかかっているのなら、久しぶりに食べてみようと思い

スーパーで奈良漬を買った。

で、食べたら美味しくて、食欲が出たではないか。

途端にハマり、毎日ふた切れか三切れ食べ続けている。


私の準備は奈良漬だけでなく、着る物にも及ぶ。

料理番とはいえ、一応は人前に出るし会食もするんだから…

今まではそう思い、少しばかりのおしゃれをしていた。

しかし生命の危機を前にして、そんなことはもうやっとられん。


私は隣の市にあるスポーツ店へと走り

“冷感マイナス3℃”と銘打った、スポーツ用のTシャツを購入。

試しに家で着てみたら、確かにひんやりと涼しい。

クーラーの効いた部屋でじっとしてると、寒いくらいだ。

3日はこれを着ようと決める。


奈良漬で食欲を取り戻し、服の準備ができたら

次はマミちゃんに着手。

彼女の料理上手は、共にお寺料理をするようになって初めて知った。

ユリちゃんや兄嫁さんの好む洋風料理を得意とするが、和食もかなりの腕前。

食べ歩きが趣味というだけあって

献立の組み合わせや季節感、彩りや華やぎの面において

ちゃんとツボを押さえている。

マミちゃんさえいれば私は楽ができるという、頼れる存在なのだ。


ただし彼女は大人数の料理に慣れていないため、やたら火を使う。

誰でもそうだが、「おいしい!」と言われたら張り切るものよ。

あれもこれもと献立を欲張り、コンロをフルに使うので

室温は順調に上がり続ける。


私が憂慮するのは、体感する暑さだけではない。

近年、夏の気温は上昇の一途。

調理環境の整わない台所で料理を作るというだけでなく

時間を経て残り物を持ち帰る、お寺全体の悪癖を崩せないとなると

食中毒の危険性が高まる。

そのためお寺では、食品の温度管理にかなりの神経を使う。


環境が整ってない台所というのは

持ち込んだ食材や仕上がった料理を保管する冷蔵庫のことも指す。

お寺の台所にある家庭用の冷蔵庫は

麦茶と氷と貰い物のジュースなどで常に満タン。

さらにそこへ、兄嫁さんが会食のデザート用に作ったケーキやゼリーが鎮座。

それらを脇によけたり、差し支えない物を外に出したりしても

料理を置けるスペースは先着一品か二品だ。

あてにならない冷蔵庫を見限り、まず室温を上げないために

マミちゃんのコントロールは最も重要な準備である。


しかし前回、このシリーズでお話ししたように

あまりの暑さと、作り手への配慮の無さにゲンナリした彼女は

それ以来、すっかりやる気を無くしていた。

コントロールなんて、えらそうなことを言っている場合ではないのだ。

マミちゃんは、やめ時を模索する一方

自分が抜けることでユリちゃんが受けるであろうショックを案じて

揺れていた。


私にはその気持ち、よくわかる。

というのも、うちの子供たちが通った幼稚園は

ユリ寺と同じ宗派のお寺が経営する所だったからだ。


私がPTAの会長をしたことは、以前お話しした。

幼稚園で大きな行事があり、役員が後片付けを終えた夕方は

園長先生を始めとする全職員と全役員が広間に集まって

お茶会をするのが恒例。

そのお茶会が始まる前に、会長は必ず言われるのだ。

「あの、お茶会に甘いものが無いんですが…」

それを伝えるのは新卒の先生と決まっていて、セリフも毎回同じ。


初めて言われた時は、意味がわからなかった。

「は?甘いもの?」

私は思わず聞き返したものだ。

けれども新米先生は、同じ言葉を繰り返すばかり。

甘いものというのはショートケーキのことで

幼稚園は町のケーキ屋でケーキを買って来いと要求しているらしい…

それが幼稚園の習わしらしい…

それを理解するまで、少々時間がかかった。


田舎であり、夕方のことなので

40個近いケーキが集まるかどうかを心配しながらケーキ屋へ走る。

二軒のハシゴで間に合い、ホッとした。


「皆さん、今日はお疲れ様でした。

ささやかですが、どうぞお召し上がりください」

ケーキは、さも幼稚園から振る舞われた物のように配られた。

しかしそんなことより、どうして前日までに言ってくれないのだ…

日が暮れる頃になって言われても、数が揃わなかったらどうするつもりだ…

若かった私は密かに腹を立てたものだ。


が、今ならわかる。

早めに伝えた場合、「なぜ会長がケーキを買わなければならないのだ」

という疑問が生まれ、ケーキの必要性を問われて厄介なことになるからである。

考える暇を与えないため、ギリギリになって突然言うのだ。


言いにくいことを新米先生に言わせるのは、先生の修行。

ケーキ代を払うのは、会長の修行。

どちらも、ああ…ありがたやと思えなければ

修行が足りないという自己責任になる。

そして、この試練を乗り越えたあかつきには

さらなる修行のチャンスをいただけるのである。


一事が万事こんな調子だったが、思えばこれがお寺の技術なのだ。

特にこの宗派は、この技術を駆使する傾向が強い。

私は幼稚園で何度も砂を噛んだため

ユリ寺でのあれこれは、まだ可愛いものに思えるが

初めてのマミちゃんには刺激が強すぎたかもしれない。

無償の一生懸命が否定されたような気持ちにさいなまれ

脱力するのは無理もなかった。


しかし、そもそも暑さや他人の偏食なんかに振り回され

仲良しだったマミちゃんとユリちゃんが気まずくなるなんて

口惜しいではないか。

この状況を打破しつつ、暑さから身を守るためには

今までと同じようにしていたのではダメだ。

献立もマミちゃんの自主性に任せていたが、それが失敗したとなると

お寺料理を根本から見直す必要があると感じた。

《続く》
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