『夏の俺』
先月下旬、うちの愛犬13才のパピは災難に見舞われた。
大量のマダニに寄生されたのだ。
マダニとは草むらに潜んで動物の血を吸う、とっても悪い虫。
悪くすると寄生した動物だけでなく、人間の生命も危うくなってしまう。
もちろん、そうならないように
動物病院で処方された薬を月に一回与えて予防している。
しかし今回は、タイミングが悪かった。
先月から薬が変わったのだ。
今まではずっと、首の付け根にポトっと垂らす目薬みたいな格好の薬で
安全に過ごしていた。
しかし高齢になった彼の負担を考えてなのか、飲み薬になった。
飲ませて3週間ほど経った頃、彼の全身に大量のマダニが取り憑く羽目に。
身体が弱ると、こういう害虫に襲われやすくなると
愛犬家の知人から聞いたことがある。
その知人はご主人が入院した時、愛犬に大量のノミが発生したという。
「世話はいつもと変わらずやってたけど
忙しくて気持ちが主人の方にばっかり向いてしまってたと思う」
彼女はそう自省したものだ。
毎月の健康診断を欠かさず、食事に気を使い
その辺の誰よりも可愛がっていたというのに
それでもノミにやられると聞いて、私は震え上がった。
彼女の犬は、ペットサロンへ毎日通ってシャンプーを続け
じきに元通りになったが、それからすぐ亡くなってしまった。
弱っていたからノミにやられたのか、ノミにやられたから弱ったのか
その辺は定かでないが、そういうこともあるらしい。
ともあれ自分の身に何が起こったのかわからず
キョトンとしているパピを長男が風呂に入れ、動物病院に連行。
獣医師の話だと、この飲み薬は身体への負担は少ない分
20日を過ぎると効力が弱まるということだった。
飲ませてから3週間、ちょうど梅雨が明けて急に暑くなったので
こんなことになったらしい。
大丈夫と言われたので、家族一同ホッとした次第である。
以来、パピは長男から新しいニックネームを授けられた。
『ダニエル』。
話は変わって、同級生のマミちゃんは大学の夏休みに
数人の同級生と地元の観光施設でアルバイトをしていた。
先日、そのアルバイト仲間の一人で、今は茨城在住のS君が
「墓参りに帰省するから、皆で会おう」
と言い出したが、急なことで他の子は都合がつかなかったため
女子はマミちゃん一人、男子はそのS君だけになった。
二人ではナンだということで、S君は同級生で仲の良かった光彦を呼び
気の進まないマミちゃんと三人で居酒屋へ行ったという。
光彦のことは以前、記事にしたことがある。
小学校1年の時、私の社会の教科書を隠した根性腐れだ。
誰かがこっそり自分の持ち物を奪うなんて、6才の私は考えもしなかった。
何日も母と必死になって探し歩いたが見つからず
大事な教科書を無くすダメ子として
私は家でも学校でも肩身の狭い思いをしたものだ。
やがて捜索を諦めた母は、東京の出版社に連絡して教科書を取り寄せた。
それを学校へ持って行った日、無くなったはずの教科書が男子トイレから出てきた。
光彦が、おしっこまみれのそれを火バサミでつまみ上げて
教室へ持ち込んだのだ。
彼が盗難の犯人であり、第一発言者を装ったことは小さい私にもわかった。
その日の帰りの会で、新しい教科書でなく
おしっこで変色している前の物を使うよう仕向けたのも彼。
4年生で母が入院した時も、6年生で他界した時も
彼は私に近寄り、ささやいたものである。
「これで勉強どころじゃなくなったな」
男雛のように白く美しい顔で残酷をやってのける…
それが光彦だった。
成績優秀な彼は高校から進学校へ進み、有名大学を経てNTTに入社。
出世して、そこそこの地位まで行ったらしい。
同級生の中にいた、もう一人の悪魔…
女子に残酷な悪事をはたらくのがライフワークで
中3になる直前に転校して行ったUも
海上自衛隊で偉い人になったところを見ると
ああいった道徳心の無い人物の方が、出世するのかもしれない。
自分が頑張るだけでなく、ライバルを平気で引きずり落とせれば
昇進の効率が良いではないか。
いくら収入が良かろうと、地位名誉があろうと
あんな悪魔になるくらいなら、名も無く貧しく生きる方がずっと幸せである。
話は戻り、居酒屋でS君と光彦に会ったマミちゃんは
その席で光彦の告白を聞かされた。
数ヶ月前、離婚を言い出した奥さんに家を追い出され
賃貸のアパートで一人暮らしをしているというのだ。
今は退職金で買ったマンションを売却し、財産分与の話し合いをしているそう。
「先日、妻の父が亡くなりました。
同窓会から香典は出ないのでしょうか?
僕にも娘婿という立場があるので、善処していただければ幸いです」
彼がこのようなメールを同窓会に送りつけ
図々しく香典をねだったのは10年近く年前だったか。
同窓会からの香典は親と子供、つまり一親等までで
義理親や兄弟には出ないと決めてある。
このような前例は無かったため
男子たちの心は彼の願いを叶える方向へ向きかけていたが
会計係として通帳を握っていた私は、即座に却下したものだ。
規約を曲げてまで香典をせしめようとする光彦に安定の汚さを感じながら
一方でメールの文面から、妻の実家に媚びようと必死な様子も見受けられ
何やら解せないものを感じた、当時の私だった。
さらにその数年後、同窓会で還暦旅行で城崎温泉へ行った際…
そうよ、真冬にカニのメッカへ行きながら
宿の夕食にカニが無かった、あの間抜け旅行よ…
これに参加した彼は、どこへ行っても妻への土産を求めて走り回っていた。
事前にリサーチし過ぎると、それが見つかるまで探し回ってしまう…
土産あるあるだ。
狭い土産物屋の通路で我々女子とすれ違う時
彼は「どけ!」と小さくつぶやいて、我々を乱暴にかき分けた。
見下している者にだけ見せる横柄は、子供時代から変わっていなかった。
最後に立ち寄った出石(いずし)では
洗顔する時に使うと肌がツルツルになるという
繭(まゆ)でできた玉まで買い込んで、バスの出発時間ギリギリになった。
「繭のシルクは肌にいいと聞いたから、妻に買って帰ろうと思って…」
そう言い訳しながらバスに乗り込んだ彼を見て
他の女子たちは「奥さん思いなのね」と感心していたが
私はピンときた。
「こいつ、浮気したんじゃわ〜」
その根拠は香典のおねだりや土産の調達もだが
ヤツは昔から、筋金入りの伊達こきだ。
久しぶりに会った旅行でも、派手なベストに粋なジャケットを着込み
渋いチェックのパンツ。
足元は、真新しいアイボリーのスウェード…高そうな靴だ。
白っぽいスウェードの靴はカッコいいけど、すぐ汚れてしまうので
かなりのおしゃれさんでなければ買えない。
整った顔立ちにスラリとしたプロポーション、芸能人みたいなファッションは
ビール腹を突き出して地味なダウンを羽織る他の同級生男子の中で
目立ちまくっていた。
ファッション関係以外の職業に就きながら、この伊達こきぶりとなると
非常にこまめなのは一目瞭然。
見た目が良くてこまめな男が妻に気を使うとなれば
浮気しかないではないか。
香典の前から、ヤツの結婚生活は黄信号だったのかもしれない。
子供が巣立ち、退職金を手にしたタイミングで
妻から離婚を切り出されたのは彼だけではない。
もう一人の悪魔、Uもだ。
性格の悪い男は、最後にこうなるのか。
それとも退職金が太いから、妻は積年の恨みを晴らすべく
思い切った行動に出られるのか。
退職金の無い我が家では確認のしようも無いが
マミちゃんからの報告をきいて、多少胸がすいたのは確かである。
先月下旬、うちの愛犬13才のパピは災難に見舞われた。
大量のマダニに寄生されたのだ。
マダニとは草むらに潜んで動物の血を吸う、とっても悪い虫。
悪くすると寄生した動物だけでなく、人間の生命も危うくなってしまう。
もちろん、そうならないように
動物病院で処方された薬を月に一回与えて予防している。
しかし今回は、タイミングが悪かった。
先月から薬が変わったのだ。
今まではずっと、首の付け根にポトっと垂らす目薬みたいな格好の薬で
安全に過ごしていた。
しかし高齢になった彼の負担を考えてなのか、飲み薬になった。
飲ませて3週間ほど経った頃、彼の全身に大量のマダニが取り憑く羽目に。
身体が弱ると、こういう害虫に襲われやすくなると
愛犬家の知人から聞いたことがある。
その知人はご主人が入院した時、愛犬に大量のノミが発生したという。
「世話はいつもと変わらずやってたけど
忙しくて気持ちが主人の方にばっかり向いてしまってたと思う」
彼女はそう自省したものだ。
毎月の健康診断を欠かさず、食事に気を使い
その辺の誰よりも可愛がっていたというのに
それでもノミにやられると聞いて、私は震え上がった。
彼女の犬は、ペットサロンへ毎日通ってシャンプーを続け
じきに元通りになったが、それからすぐ亡くなってしまった。
弱っていたからノミにやられたのか、ノミにやられたから弱ったのか
その辺は定かでないが、そういうこともあるらしい。
ともあれ自分の身に何が起こったのかわからず
キョトンとしているパピを長男が風呂に入れ、動物病院に連行。
獣医師の話だと、この飲み薬は身体への負担は少ない分
20日を過ぎると効力が弱まるということだった。
飲ませてから3週間、ちょうど梅雨が明けて急に暑くなったので
こんなことになったらしい。
大丈夫と言われたので、家族一同ホッとした次第である。
以来、パピは長男から新しいニックネームを授けられた。
『ダニエル』。
話は変わって、同級生のマミちゃんは大学の夏休みに
数人の同級生と地元の観光施設でアルバイトをしていた。
先日、そのアルバイト仲間の一人で、今は茨城在住のS君が
「墓参りに帰省するから、皆で会おう」
と言い出したが、急なことで他の子は都合がつかなかったため
女子はマミちゃん一人、男子はそのS君だけになった。
二人ではナンだということで、S君は同級生で仲の良かった光彦を呼び
気の進まないマミちゃんと三人で居酒屋へ行ったという。
光彦のことは以前、記事にしたことがある。
小学校1年の時、私の社会の教科書を隠した根性腐れだ。
誰かがこっそり自分の持ち物を奪うなんて、6才の私は考えもしなかった。
何日も母と必死になって探し歩いたが見つからず
大事な教科書を無くすダメ子として
私は家でも学校でも肩身の狭い思いをしたものだ。
やがて捜索を諦めた母は、東京の出版社に連絡して教科書を取り寄せた。
それを学校へ持って行った日、無くなったはずの教科書が男子トイレから出てきた。
光彦が、おしっこまみれのそれを火バサミでつまみ上げて
教室へ持ち込んだのだ。
彼が盗難の犯人であり、第一発言者を装ったことは小さい私にもわかった。
その日の帰りの会で、新しい教科書でなく
おしっこで変色している前の物を使うよう仕向けたのも彼。
4年生で母が入院した時も、6年生で他界した時も
彼は私に近寄り、ささやいたものである。
「これで勉強どころじゃなくなったな」
男雛のように白く美しい顔で残酷をやってのける…
それが光彦だった。
成績優秀な彼は高校から進学校へ進み、有名大学を経てNTTに入社。
出世して、そこそこの地位まで行ったらしい。
同級生の中にいた、もう一人の悪魔…
女子に残酷な悪事をはたらくのがライフワークで
中3になる直前に転校して行ったUも
海上自衛隊で偉い人になったところを見ると
ああいった道徳心の無い人物の方が、出世するのかもしれない。
自分が頑張るだけでなく、ライバルを平気で引きずり落とせれば
昇進の効率が良いではないか。
いくら収入が良かろうと、地位名誉があろうと
あんな悪魔になるくらいなら、名も無く貧しく生きる方がずっと幸せである。
話は戻り、居酒屋でS君と光彦に会ったマミちゃんは
その席で光彦の告白を聞かされた。
数ヶ月前、離婚を言い出した奥さんに家を追い出され
賃貸のアパートで一人暮らしをしているというのだ。
今は退職金で買ったマンションを売却し、財産分与の話し合いをしているそう。
「先日、妻の父が亡くなりました。
同窓会から香典は出ないのでしょうか?
僕にも娘婿という立場があるので、善処していただければ幸いです」
彼がこのようなメールを同窓会に送りつけ
図々しく香典をねだったのは10年近く年前だったか。
同窓会からの香典は親と子供、つまり一親等までで
義理親や兄弟には出ないと決めてある。
このような前例は無かったため
男子たちの心は彼の願いを叶える方向へ向きかけていたが
会計係として通帳を握っていた私は、即座に却下したものだ。
規約を曲げてまで香典をせしめようとする光彦に安定の汚さを感じながら
一方でメールの文面から、妻の実家に媚びようと必死な様子も見受けられ
何やら解せないものを感じた、当時の私だった。
さらにその数年後、同窓会で還暦旅行で城崎温泉へ行った際…
そうよ、真冬にカニのメッカへ行きながら
宿の夕食にカニが無かった、あの間抜け旅行よ…
これに参加した彼は、どこへ行っても妻への土産を求めて走り回っていた。
事前にリサーチし過ぎると、それが見つかるまで探し回ってしまう…
土産あるあるだ。
狭い土産物屋の通路で我々女子とすれ違う時
彼は「どけ!」と小さくつぶやいて、我々を乱暴にかき分けた。
見下している者にだけ見せる横柄は、子供時代から変わっていなかった。
最後に立ち寄った出石(いずし)では
洗顔する時に使うと肌がツルツルになるという
繭(まゆ)でできた玉まで買い込んで、バスの出発時間ギリギリになった。
「繭のシルクは肌にいいと聞いたから、妻に買って帰ろうと思って…」
そう言い訳しながらバスに乗り込んだ彼を見て
他の女子たちは「奥さん思いなのね」と感心していたが
私はピンときた。
「こいつ、浮気したんじゃわ〜」
その根拠は香典のおねだりや土産の調達もだが
ヤツは昔から、筋金入りの伊達こきだ。
久しぶりに会った旅行でも、派手なベストに粋なジャケットを着込み
渋いチェックのパンツ。
足元は、真新しいアイボリーのスウェード…高そうな靴だ。
白っぽいスウェードの靴はカッコいいけど、すぐ汚れてしまうので
かなりのおしゃれさんでなければ買えない。
整った顔立ちにスラリとしたプロポーション、芸能人みたいなファッションは
ビール腹を突き出して地味なダウンを羽織る他の同級生男子の中で
目立ちまくっていた。
ファッション関係以外の職業に就きながら、この伊達こきぶりとなると
非常にこまめなのは一目瞭然。
見た目が良くてこまめな男が妻に気を使うとなれば
浮気しかないではないか。
香典の前から、ヤツの結婚生活は黄信号だったのかもしれない。
子供が巣立ち、退職金を手にしたタイミングで
妻から離婚を切り出されたのは彼だけではない。
もう一人の悪魔、Uもだ。
性格の悪い男は、最後にこうなるのか。
それとも退職金が太いから、妻は積年の恨みを晴らすべく
思い切った行動に出られるのか。
退職金の無い我が家では確認のしようも無いが
マミちゃんからの報告をきいて、多少胸がすいたのは確かである。