これまでにも春宵十話の引用は何度かしている。しかし書評というものをしたことがない。情緒ということに関して小林秀雄もおそらくは理解できなかった岡潔の精神活動論的歴史観は学績の誰にも継承されず古い本となっているだけだ。
吉川英治と一緒に文化勲章を授与された岡潔(1901年(明治34年)4月19日 - 1978年(昭和53年)3月1日)は、天皇陛下、もちろん裕仁、に数学研究は生命を燃やして行っている。という話をしたことが、ひどく初対面の吉川英次の心に残ったらしく、三回ばかりしか会っていない間柄ながら、岡潔にも強く感じるところがあったようだ。
『吉川英治さんの小説は昔から愛読していたが、直接知りあったのは一九六〇年秋、一緒に文化勲章を受けたときで、それから式になり、陛下におじぎをして池田さんに勲章をもらい、帰って来てこんどは荒木さんから勲章を首にかけてもらった。それがすんで別室で陛下と一緒にお昼ごはんをいただいた。皇太子殿下と三笠宮さまも一緒で、お料理はなかなかおいしかった。
食事のあと、また別の部屋でコーヒーをいただきながら陛下からご下問があったのだが、私はあがっていたとみえて、陛下が何とおっしゃたか全く覚えていない。
ただ、ご質問の語尾の「・・・の」というところが耳に残っただけだった。したがってどうお答えしたかも覚えてないのだが、あとで荒木さんに教えてもらったところでは、私は「数学は生命の燃焼によって作るのです」といったという。そのころ私は学問のオリジナリティーを強調していた時期だったので、その考えをそのまま陛下に申し上げたらしい。それが大変吉川さんの気に入ったらしく、あとで、自分の作中の人物も、ひっきょう生命の燃焼を描こうとしているのだといわれた。これでますます吉川さんの知遇を得ることになったわけである』
裕仁の発する質問時の尻上がりな「・・・の」は昭和生まれなら記憶にあるだろう。
両者の風貌を見比べても理解できるが、いずれも古武士のような面構えである。岡潔はまた吉川英治について、肯定的明るさが言語にあると言っている。これも大事なところで、論理に鋭敏な人間は区別と否定を言語の骨組みにする傾向がある。小林秀雄の作品(本人はともかく)がその例になるだろう。しかし一般に人はそのような阿修羅の如き人間とは付き合いたくないものだ。あくまでも共感的光明を言語に発してる筆致こそ岡潔が読者として惹きつけられた吉川英治の魅力なのだろう。
岡潔は、光が粒子と波動の両方の性質を持っているという物理学の常識を援用して、「俳句は粒子型 短歌は波動型」と言っている。古い日本人に見られる粒子型の輻射するような説得力は、情緒の根底の性質の良さ、古代性質のため直に伝わるものと言っている。なぜか岡潔は吉川英治の人格に、いきなりわかる粒子型の説得力と理性優先で徐々にしかわからない波動型の説得力の両面を見いだしている。言い換えれば、岡潔は三回ほどの邂逅にすぎなかったためか遠慮しているが、肝胆相照らすというすぐに理解し合える情緒からくる共通項をみつけたらしい。岡潔は日本人のインタンジブルな精神的遺構に埋もれていることを主として春宵十話の通底で語っているのだ。
そして、敗戦を通じて古い日本人の情緒の根底が荒んで汚れていることが春宵十話の反面教師的テーマとなるのだが、高度成長まっただ中の1962年の段階でそれが理解できていた人はほとんどいなかった。こうした人物評に東京オリンピックに向けで狂騒に追われる日本に呆れていた岡潔にとって、國の再生は情緒の再生であり、花一つ植えることから女子教育をやり直そうとしていた心境が滲み出ている。
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