憲法変えるぞー。
という話しのたびに思うことがあるのです。
ひとつには、「それをお前らがいうな」ということ。
規制を受ける人間が、その規制を勝手にいじるという図式がおかしい。
もうひとつが、「改憲派も護憲派も、やり方がおかしい」ということ。
改憲派は、たとえば自衛権の話しにしても、「周辺国との緊張が高まっているから」などというが、そういうあおり合戦みたいなのに参加している段階で、すでに「だから自衛が必要でしょ?」という結論に持っていくための国内向けの作戦を展開しているとしか思えない。
その一方で、護憲派は自衛権について書けば「戦争反対!」「9条守れ」というのだが、これはこれで、お花畑といわれても仕方がないと思う。戦争というのは、経験者ではないから勉強するしかないのだが、火ぶたを切るずっと前から始まっているものだ。もし戦争への流れを止めたかったら、たとえば靖国を人間の鎖で囲んで議員を入れないとかして、「さあどうだ、やることはやってるのだから反日教育やめろ」というとか、説得力のある形で活動しないと。
松浦は、正しい方法を正しく運用して得た結論であれば、護憲だろうと改憲だろうとそれが正義だと思うのです。
という話しのたびに思うことがあるのです。
ひとつには、「それをお前らがいうな」ということ。
規制を受ける人間が、その規制を勝手にいじるという図式がおかしい。
もうひとつが、「改憲派も護憲派も、やり方がおかしい」ということ。
改憲派は、たとえば自衛権の話しにしても、「周辺国との緊張が高まっているから」などというが、そういうあおり合戦みたいなのに参加している段階で、すでに「だから自衛が必要でしょ?」という結論に持っていくための国内向けの作戦を展開しているとしか思えない。
その一方で、護憲派は自衛権について書けば「戦争反対!」「9条守れ」というのだが、これはこれで、お花畑といわれても仕方がないと思う。戦争というのは、経験者ではないから勉強するしかないのだが、火ぶたを切るずっと前から始まっているものだ。もし戦争への流れを止めたかったら、たとえば靖国を人間の鎖で囲んで議員を入れないとかして、「さあどうだ、やることはやってるのだから反日教育やめろ」というとか、説得力のある形で活動しないと。
松浦は、正しい方法を正しく運用して得た結論であれば、護憲だろうと改憲だろうとそれが正義だと思うのです。