―「昨日の記事(205)」の「続き」を書きます。―
従って、
(03)(07)により、
(08)
「P→ Q」 は、「Pであるとも、Qであるとも、言ってゐない」が、
「~(P→~Q)」は、「Pであって、 Qであると、 言ってゐる」し、
「~(Q→~P)」は、「Qであって、 Pであると、 言ってゐる」。
従って、
(08)により、
(09)
(ⅰ)~(P→~Q)
(ⅱ) P& Q
に於いて、例へば、
P=「明日は雨である。」
Q=「釣りに行く。」
であるとすると、
(ⅰ)「明日が雨ならば、釣りには行かない。」といふことはない。
(ⅱ)「明日は雨であり、釣りに行く。」
に於いて、
(ⅰ)=(ⅱ) である。
然るに、
(10)
(ⅰ)「明日が雨ならば、釣りには行かない。」といふことはない。
(ⅱ)「明日は雨であり、釣りに行く。」
に於いて、
(ⅰ)=(ⅱ) である。
といふのは、「常識的には、ヲカシイ。」
然るに、
(11)
(ⅰ)
1 (1)~( P→~Q) A
1 (2)~(~P∨~Q) 1含意の定義
2 (3) ~P A
2 (4) ~P∨~Q 3∨I
12 (5)~(~P∨~Q)&
(~P∨~Q) 24&I
1 (6) ~~P 25RAA
1 (7) P 6DN
8(8) ~Q A
8(9) ~P∨~Q 8∨I
1 8(ア)~(~P∨~Q)&
(~P∨~Q) 29&I
1 (イ) ~~Q 8アDN
1 (ウ) Q 1DN
1 (エ) P&Q 7ウ&I
(ⅱ)
1 (1) P& Q A
2 (2) P→~Q A
1 (3) P 1&E
12 (4) ~Q 23MPP
1 (5) Q 1&E
12 (6) ~Q&Q 45&I
1 (7)~( P→~Q) 16RAA
従って、
(05)(11)により、
(12)
(ⅰ)~(P→~Q)
(ⅱ) P& Q
に於いて、たしかに、
(ⅰ)=(ⅱ) である。
然るに、
(13)
(ⅰ)~(P→~Q) が、「真」であるならば、
(ⅱ) (P→~Q) が、「偽」でなければならない。
然るに、
(14)
(ⅱ) (P→~Q) が、「偽」であるならば、
(ⅲ) (真 真) でなければ、ならない。
従って、
(13)(14)により、
(15)
(ⅰ)~(P→~Q) が、「真」であるならば、
(ⅲ) (真 真) でなければ、ならない。
従って、
(13)(14)(15)により、
(16)
その「意味」でも、
(ⅰ)~(P→~Q)
(ⅱ) P& Q
に於いて、たしかに、
(ⅰ)=(ⅱ) である。
従って、
(10)(16)により、
(17)
「常識的には、ヲカシイ。」としても、「命題論理」としては、
(ⅰ)「明日が雨ならば、釣りには行かない。」といふことはない。
(ⅱ)「明日は雨であり、釣りに行く。」
に於いて、
(ⅰ)=(ⅱ) である。と、せざるを得ない。
然るに、
(18)
(ⅰ)「明日が雨ならば、釣りには行かない。」といふことはない。
といふ「日本語」は、普通は、
(ⅰ)「たとへ、明日が雨であっても、釣りに行く。」
といふ「意味」である。
然るに、
(19)
(ⅰ)「たとへ、明日が雨であっても、釣りに行く。」
(ⅱ)「明日は雨であり、釣りに行く。」
に於いても、
(ⅰ)=(ⅱ) ではない。
従って、
(17)(18)(19)により、
(20)
その「意味」では、「日本語」は、「非論理学的な言語」なのかも知れない。
然るに、
(21)
「英語」であっても、
(ⅰ)If it rains tomorrow, I will not go fishing.
(ⅱ)It will surely rain tomorrow. I will go fishing.
に於いて、
(ⅰ)=(ⅱ) ではない。
従って、
(20)(21)により、
(22)
(ⅰ)~(P→~Q)
(ⅱ) P& Q
に於いて、
(ⅰ)=(ⅱ) である。
といふことが、「常識的には、ヲカシイ。」
といふことは、「英語」であっても、「同様」であるに、違ひない。