ちなみに、ニョホホさんは甘いものが大好きですが、下りのデザートはお口に合わないらしく、一時捜索隊を出されました。無事期間の後記念撮影。
この後の乙女湖への下りでMax. 72kmを記録。ペダルを踏まずに惰性で。
おそるべし86kg、ペダルをとめても前の人にぐんぐん追いついてしまい、ブレーキの酷使が心配になってきました。(この後現実となる)
30kmダウンヒルを終え、麓の交差点で車列が途切れるのを待っていると、パンクの神が我が後輪に降臨しました。「パヒューン」
我がイソヤ手伝いエースのタグくんによると
体重が重い>ブレーキ熱によるリムへの攻撃がきつくなる>熱によりチューブが膨張する>プラスチックのリムテープが圧力に屈し、リム穴にクレーターができる>スポークが進出して、チューブに「☆型」の穴をあけ、パンク
ということで、最近多発していた☆型パンクの謎が解明しました。リムテープを布製に換えれば耐久性があがるとのこと。そういえば、もうワンセットのホイールは半年以上パンクなしなのに、こっちのはホイールは一ヶ月に一回はパンクするのがおかしいとは思っていました。
塩山に生還し、ぬるぬる粘り気がある塩山温泉で息を吹き返し、駅前でご当地名物ほうとう+馬刺し+ビールで小宴会をして、家路につきました。
下記50kmオーバーでダウンヒル中の皆様の雄姿をThank you noteに代えさせて頂きます。
◇◇◇メンバー紹介◇◇◇
KIDさん
今回の山岳王、Shigemixさんと、ご近所のS岡さん
南アルプスのピエポリことカズノさんと、マドン乗りマントさん
この画像は貴重です。ダウンヒル中の幹事ニョホホさん。(腰の引け具合と表情が雄弁)
将来のエース たぐ君でした。
スタートと同時に斜度7~8%のロングストレートが聳え立ちます。写真をとりつつ、15分に一回くらいは休憩して、アベ10kmでまったりと~まったりね~なんてブリーフィングしたのは数分前。しかし私はクライマーという人種を良く理解していなかったようです。
Shigemix & KIDの二人がドビューンとアタック!既にバトルが始まり、あっという間に芥子粒のように小さくなっていきました。 おぉぉぉ熱いぜ!と追いかけますがすぐ最大心拍に達してしまい、ペタリとサドルに座ってしまいました。
(逃げが決まり、集団はサイクリング気分で先頭を泳がせています。)というわけではなく、グルペットが形成されました。 この後4km地点の神社で一度合流。当初の「休憩しつつ」プランは瓦解し、自分のペースで乗ることになりました。結局先頭の二人はこのあと26km以上ノンストップで登ったらしいです。ありえね。
編集部注:先頭集団のアタック合戦の実況中継はこちら。読むだけでアドレナリンが出てきます。
この4人+私の5人集団もこの後寸断され、3人の追走集団と私とS岡さんの70kg 80kgコンビのグルペットに分かれます。頑張ってペースを上げようにもペースが上がる前に心拍が最大心拍の185を越えてしまうので、諦めて刻むことに。苦しい区間でしたがS岡さんと二人で励ましながら進み続けます。二人で登ると心強いんだな。 途中湧き水スポットや要所要所で休憩しつつ、前を目指します。 残り12kmくらいになると5km位の緩斜面区間があり、ここでだいぶ足は回復します。ですが、この頂上まで7kmを切ると再び勾配がきつくなり、もう体が言う事を聞いてくれません。 踏めていた足が売り切れる>引き足をつかってごまかす>足が攣りそうになる>ペースを落す>攣りそうな足をマッサージするため、休憩が増える>遅くなる また、上半身も登り始めほどがっしり体幹を支えてくれないため、ダンシングがふにょふにゃになってしまいます。
これは撮影用なので空元気だしてます。もう残り5kmからは重量級コンビS岡さんと共謀して、1km毎に休憩し、風景を撮りながら行くことにしました。
S岡さん、膝痛いのに顔は笑ってます。マゾお父さんです。
頂上まで3kmを過ぎると山肌の樹木が高山性のものに肌合いを変えてきます。もうこの時点で2000mは悠に越えています。
残り1km!!!この木製ガードレールが見えればゴールは近い!そしてゴール!頂上では先にゴールした皆さんが待っていてくれました。先頭のShigemixは2時間を切りそうなタイムだったそうです。途中でもう一人のヒルクライマーとランデブーし、残り3kmからアタックを仕掛けて勝ったとかなんとか、そんな熱いバトルが繰り広げられていたとは…おいらのタイムは2時間30分でした。
頂上の気温は18度。サムイサムイ。小屋にてご飯タイムです。
あったか~いカレーを8人の男たちがカレーをジュースの如く飲み干しました。
自転車競技では、体重が1kg減ると10kmの登りで20病の差がつくらしいです。つまり、大弛にあてはめると、1kg=1分。トップタイムと私の差が30分。体重差も30kg。
愛車が今9kgくらいで、こいつをフルカーボンフルデュラエースにかえて7kgにしても、この峠では2分しか短縮できないということか・・・。7kgの車体には50ウンマンかかりますが、体重を2kg減らすのにはウンマン円は必要ありません。ウンマン我慢が必要なだけ。ウェイトコントロールの大切さを痛感しました。体重落して再挑戦じゃ!!
朝6時前に、東神奈川駅に集合です。
一番前のスペースに進駐し、自転車5台!!をくくりつけます。
この後は八王子経由で中央線を塩山に向かいます。車中は大人の遠足状態。車窓に広がるはブドウ畑や、桃の果樹園、気分高揚。
塩山の駅にて分解作業。このあと信玄公の菩提寺でもある恵林寺を経由して、牧丘道の駅にてマントさんとShigemixさんと合流。軽く自己紹介タイム。みな体重と最小ギアを申告してスタートします。Shigemixさんはロッククライミングもやる人だそうで、体重が54kg ??? (編集部注:57kgの間違いでした。)一見しただけで重力に逆らうのがすごく得意そうな体つきです。私の今朝の体重が86kgですから、重量差は私の自転車3.5台分くらい。
牧丘のコンビニで補給をして、ガイド役の私を先頭にスタート!
友達のニョホホさまや、今回知り合いになりましたShigemixさま、マントさま、朝練メンバーKIDさん、S岡さん、タグ君らと日本国内でも3本の指に入る超級峠、大弛峠2360mを登ってきました。詳細は後日アップしますが、こんな企画たてるんじゃなかったよ…と思うくらい厳しい登りが容赦なく3時間続きました。だが終わってみるとみんなニコニコの笑顔笑顔、盛りだくさんの大いなるマゾ企画は無事終了したのでありました。
で、調べてみるとわかります。大弛峠のスバラシサ。なんてステキ!3大ツールの名だたる峠と比べても、遜色ないエグさ。
距離、標高、獲得標高ではガリビエに次ぎます。
本人はあけて月曜日有給をとってこんな時間にこんなことしてますけど、他の皆さんは仕事になっているのかね・・・
港では、いきなり水揚げ作業に遭遇。この時期だから、カラフトマスでしょうか…?
というわけで、網走刑務所に収監されました。北海道の道路は、多くは囚人によって切り開かれたものだったのですね。資料も詳しく、大変ためになる収容所見学でありました。
上の脱獄囚は、10本の釘を打ち付けられたのぞき窓用の鉄格子を根気良く揺すり続けてある夜外し、写真のように天井まで登って、天井のガラス窓を「頭突き」で破って脱出したそうです。駅まで逃げたのは良かったのですが、逃げる汽車に乗り遅れてあえなく御用となったとか。吉村昭が「破獄」という小説を書いているらしいので、読んでみようかな?
てなわけで、網走駅前に10時にいた私ですが、夕方の4時には横浜の自宅についていました。なんとも早いですね、飛行機は。
楽しかった北海道旅行ですが、走行距離は400㌔程度。大阪まで2日間で550㌔を走った5月の企画と比べると、ラクチンでした。次行くときには是非晴れ渡った知床と、今回いけなかった天塩平野の一本道を走ってみたいですね。いいですよ、北海道。わざわざモンタナに行く必要はないです。
お店の中には、花咲ガニやら、つぶ貝やら、巨大ほっけやら、唸るように陳列されています。花咲ガニ3杯で1000円!!!即決!他にもホッケとつぶ貝を宅急便で後日横浜に送りました。
ぎっしり肉が詰まっていました。
唯一の心配事、サイドウォールパンクの再発ですが、一晩たってもうすぐ中からチューブが産まれそうです。ままよパンクするまで乗ってしまえと居直りました(スペアタイヤ持ってきていたので)。
バスで知床の玄関口、羅臼の街まで移動し、まずは巨大ホッケ定食で腹ごしらえ。今回の旅行では極力コンビニのカロリーメイトやらパンに頼らず、がっつり定食で栄養補給することにしました。さて、ここから知床峠越え。750m位なので、単位でいうと1ヤビツです。ま、ゆるゆる登るべ。(註:1ヤビツとは…神奈川のチャリダーがよく使用する、峠のきつさの単位。他にも1旧道、1国際村などがある。他に個人的に1通勤という単位もある。「ニャロメの一通勤:35㌔」)
知床峠ヒルクライムの始まり始まり~♪
いきなり無料の出湯、「熊の湯」発見。きゅきゅーっと左折します。で、掘っ立て小屋を過ぎると、裸族の人々が多数目に飛び込んできました。源泉かけ流しで、50度くらいのアッチッチで豪快な風呂でした。
熊出るな~と思いながらえっちらえっちら登っていきます。
もし熊が出たらスプリントかけて逃げるしかありませんが、ちぎれたときにもう一匹出たらどうしよう、とかあほなことを考えてました。
下のほうの天気は良かったのですが、上に行くとガスってきて、しまいには本降りに。折角の大北海道世界遺産、360度の大パノラマの期待も…
360度視界ゼロ!リベンジ決定!この後は濡れ鼠ヤケクソ高速ダウンヒル大会でした。(ちなみに下りは少し晴れ、だだっ広い直線を60kmで下っていきます。今までで最高に気分のいい下りでした。)
オホーツク側の街、ウトロからは海岸沿いの気持ちよい道が知床斜里まで続きます。
北海道ではこのようにしてスピード違反を取り締まるのかしら?姑息な場所に隠れおって!
だんだん牧草地帯も飽きてきた…
途中絶景なはずな海岸沿いを走りますが、いよいよ本降りに。
網走には5時くらいに到着。網走駅の裏の民宿に宿をとり、宿のおっちゃんに教えてもらったおされなレストランで無事の帰還を祝います。
ロングの後はダブル夕食は必須だな。スープカレーとボンゴレ。これでは満足できず、この後ラーメン屋にも突撃。
ちなみに北方領土は視界が悪く一瞬しか見れませんでしたよ。
二日目の朝。意外にも曇り。
いきなり電車でワープします。(まだ自転車には乗りません)
いきなりの、豚丼です。(まだ自転車には乗りません)
もう米粒飛ばして一気に貪ります。
途中にはいい感じの無人駅が。(ここで降りて自転車には乗りません)
あっという間に、釧路駅。(まだ出発はしません。釧路といえば、お魚ですね。漁港を目指します)
むぅ!大儀であった!ウニ・イクラ・イカ三色丼。
サイドは当然秋刀魚の炭火焼でゴンス。くっくっく。(まだ自転車には乗りません)
しっかり腹の準備もできたので、そろそろ走りだすとしますか!
スタートと同時に坂です。
そして、山頂にトップでゴ~~~~~~ル!!!
というのは脚色で、実は釧路湿原走行中に前方に北海道一周中大学生チャリダーを鹵獲し、彼とゆっくり話しながら走っていました。彼はスタートして5日くらい、たっぷり一ヶ月をかけて回るそうです。ということは、今も北海道のどこかを回り続けているのでしょう(紋別~稚内あたりかな?)
釧路湿原の雄大な風景の中、快調にペダルが回ります。天気もぼちぼち、車もまばら。口笛を吹きつつ35㌔走行をしていると、ついつい前方不注意になってしまいます。
すわ!
「ガリガリクーン」とタイヤが路面のクラックにすっぽりはまりました。
「やっちまったよ~」とうなだれること数秒…
「プシュウー」と嫌味にもタイミングをずらしてパンクしました。はあ。
まず、北海道でパンクしたら、落ち着いて深呼吸して、周りを360度ぐるっと見回して、熊がでないか、確認します。
熊は出ないようなので、タイヤを確認すると、やはり、サイドウォールが破れ、そこから派手にパンクしていました。こういうときは応急処置として裏からガムテープを張って、修復します。これでスペアチューブがなくなってしまいました。これから常に再パンクの恐怖と共に旅を続けることになります。パンク自体はさっさと直して再スタートです。
標茶(しべちゃ)の近郊でつがいの丹頂鶴を発見しました!
標茶から次の街の虹別まで20キロ近く、コンビニも自動販売機もない牧場地帯を走り抜けます。北海道の旅はいつ補給ポイントがなくなるか知れたものではないので、ツーリングマップルには非常に助けられました。夜中標津郊外に差し掛かったころはとっぷりと日も暮れ、宿を探しますが大口の土木工事が入っているらしく宿という宿がすべて満室、7件目でやっと今晩の寝床を確保しました。
こうして二日目は暮れます。
釧路~中標津は
およそ100㌔でした。
旭川には巡業が来ていました。朝昇龍ののぼりがもの悲しく。旭川から富良野方面にいく途中に、作家の三浦綾子記念館がありました。
「氷点」のモデルになった見本林です。中学二年生の時に私が文学の世界に足を踏み入れたきっかけとなった小説の舞台ですから、感慨深いです。以下氷点の冒頭より
風は全くない。東の空に入道雲が、高く陽に輝いて、
「ルリ子ちゃーん。ルリ子ちゃぁぁ~ん。」クリート音だけが虚しく河原に響くのであった…
旭川ではがっつり味噌ラーメン食べて、汗たっぷりかいてから富良野を目指します。道には「花人街道」という名前がついていて、富良野線沿いを下っていきます。幹線道路なので自然にペースもあがり、糖分がほしくなってきました。
美瑛の手前、見事な麦畑。この近郊は、本当にRolling landscape. 小さな丘が、幾重にも幾重にも波を打ち、丘の一つ一つが陸の波の波頭になっている。
前方の天気が怪しくなってきました。ま、丘を越えて上富良野くらいまではもつでしょ、なんてなめていたら…この写真の向こうの丘を下っている途中に…
空がひっくり返りました。
この後、空から犬やら猫やらヤカンやらが降ってきました。雷が周囲の畑にぐワンがっシャンと落下し、もう全身ぬれねずみのほうほうのていで近くの農家の軒先に避難。もうサイテーです。ひとつ良かったのは出発前に新調したバックパックにレインカバーがついていて、これが役にたったことかな。
夕立は15分くらいでカラッとあがり、再スタート。路面はそこらで洪水状態。昔二年間学生していたころのアリゾナ州ツーソンの雨季もそういえばこんな感じだったな…
自転車は泥だらけになってしまいましたが、気温が下がってコンディションは良好です。この後は富良野目指して高速巡航です。美瑛・富良野コースは選んで大正解でした。
一日目の後半、旭川~富良野は58キロでした。
富良野は北海道の「へそ」といふことで、へそチップスをぼりぼりぼりぼり、汗と雨でちょっと臭い自分自身に辟易しながら、根室本線は帯広を目指します。
というわけで、朝には想像できない、帯広という目的地でした。
一日目はこれにて了(續く)
飛行機代は妻のマイレージからの捻出です。初の北海道、楽しみ楽しみ、ですがあまり天気予報が芳しくありません。だが、本土の35℃以上よりはましでしょ、ということで飛行機でさっさと女満別入りです。
飛行機の輪行で気をつけたのは、
①リアディレイラを外す(外して紐止めする)
②プチプチ君で保護する
これくらいでした。①はやや難渋しましたので、練習しておいた方がよかとです。
到着が夜だったので、網走市内にて一泊。朝3時にぐわばぁ!と起床します。実はこの期に及んで北海道のどこに行くのか、さっぱり決めていません。一応稚内目標なのですが、翌日の天気予報は100%。ま、北上して西に折れて名寄か旭川を目ざすべ、と甘いルート設定で出発します。と、すぐにサイクリングど~ろの標識が。利用しない手はないですね、オホーツクサイクリングロードを溯上します。
結局本物には会えず。朝のサイクリングロードを走っていると、全身に蜘蛛の巣がひっついてきました。自転車を降りるたびに阿波踊りを踊らないと蜘蛛の巣をほどけません。
そして、前方にSLを発見!卵原内(ウバラナイ)という所です。行くすがら段々わかってきたのですが、この道は廃線跡なんですね。1987年迄湧網線というのが通っていたらしいです。鉄の機関車と、鉄の自転車の組み合わせ。
しばらく、こんな感じの道をひゃーほぉぉぉぉーうぅと走り続けます。
本当にサイコーな30㌔でした。結局誰ともすれ違わず。
サイクリングロードが途切れて、朝日を右頬に浴びながらサロマ湖畔を進みます。
なんかこのあたりは空気が昆布くさかったす。
途中の牧場でポニー君としばし会話。しかし彼らは人間より革サドルに夢中になって興味を示しておりました。
このあと暫くすると前方に○○水産の工場が見えます。おそらく帆立をムキムキ加工しているんだろうな~と考えていると前方にヤングなギャルが!おぉ久しぶりの歩行者、しかも若い子!・・・しかし日本語ではないですね。どうやら中国語のようでした。こんなところに迄出稼ぎに来ていらっしゃるのか・・・
上湧別の町で、紋別~名寄ルートを断念し、近くにある遠軽の駅を目指し内陸に入ります。段々気温も、傾斜度も、正面からの風速も加わってきます。とにかく道がまっすぐで広すぎる!だんだんヒマになってきました。
遠軽の手前でまたも気持ちいい川沿いのサイクリングロード発見。ゆらゆら走って…
遠軽駅!ここから旭川までワープします。
元マニアなのでこのような入線風景で一気に血液中の鉄分が上がります。
結局朝4時に出発して12時まで走り、距離は120㌔位。ま、とりあえずビールの人になってこれからの予定を考えます。天気予報は相変わらず道北は悪く、道東はややマシ。雨の一日を旭山動物園遊覧にあてるオプションも考えましたが、男一人で動物園、しかもクリート音コツコツで歩けないだろ、ということでルートを南、そして東にとることに決定!とりあえず旭川までうとうと寝ます。
かうして一日目の前半は終はったのである。(續く)
北海道に行ってきます。
あ、自走じゃないです。今飛行機に梱包すべく汗流してます。
網走を基点に、稚内まで回ってきます。
4日で網走まで帰還できるか、心配だが。
予定走行距離:700㌔
Adios amigos♪
旅行前に安全を確認したところ、ホイールにクラックが入っていることが判明。というわけで車に自転車を乗せてお店に向かいました。久しぶりに車に乗ったところ、運転がオカシクなっていました。おかしくなっていたのは車ではなくオイラの運転です。
例えば、空手バカの典型的症状として
① 初対面の人の拳だこをみてしまう。
② 周りの人に上段をいれるイメージで歩いてしまう。
③ 交差点が青になると発力を使ってしまう。
④ 壁があると正拳をいれてしまう。
⑤ エレベータの上下ボタンを指ではなく膝で押してしまう。
など異状の現出がありますが、
さて自転車バカがたまさかに車を運転するとどうなるのか…今日よくわかりました。
① ブレーキをかける前に、後ろに手信号を出してしまいそうになる。
② ウインカーより先に、指を出してしまいそうになる。
③ クリートをペダルから外してから、ペダルを踏んでしまう。
④ 坂に入ると突然スピードが自転車スピードに落ちる。
⑤ 激坂を偵察してしまう。
⑥ 前の車にドラフティングしたがる。
⑦ 坂に入るとなぜか脳内アタックが始まり、心拍があがる。
⑧ 自転車で出せない速度域までは、加速しない。
⑨ やたらと巡航速度が自転車に近くなる。(35~45km)
⑩ 走っているローディを発見すると、速度を落して牽いてやりたくなる。
⑪ たまに赤信号をそろ~り渡りそうになる。
というわけで、今日も気づけば「バックミラーに後続がつまっている!」という瞬間が多かったっす。
昨日より夏休みに入候。うむ。
土曜払暁、五時半。前夜のお酒がたたりまたも魚河岸にいける時間に起床。
しかし、漁師とハイカーとローディの朝は早い。起きているであろう人にゲリラメール。
ニャロメ 「今日どこか走りに行きます?」
三分後… ピロピロピローン
ニョホホ 「箱根行きますよ。ご一緒します?」
というわけで照りつける太陽と向かい風のもと、箱根までいってきましたよ。
往路はとにかく顔に向かい風が吹きつけてきます。二人で交代しながらお互いの風除けになって進みますが、平塚あたりの海岸で、「心拍:185、ケイデンス:95、速度…25㌔」
を記録したときには萎えました。
拙者の知らない道(=道交法遵守の道)は基本ニョホホさんの先導、平坦は拙者がDHポジションで牽いて、坂道ではニョホホさんに交代と同時にちぎられて平坦で追いつくというへんてこなローテーションで箱根までやってきました。炎天下ですので、ペースもあがりません。交差点の日向が憎いっす。
下のセブンイレブンをスタート。
と同時にニョホホさんがシッティングでアタック!あっというまに後塵すら浴びれない差をつけられます。これが彼の後姿をみた最後でありました(チ~ン)。
(ニョホホさんの小さな後姿が写っています)
「体重ふえたしな~」
「今日は熱中症になるかもだな~」
「TTバイクだし、インナー39だし。ケイデンス45じゃ話にならんな~」
と言い訳ばかりタラタラいいながら頂上の茶屋を目指します。久しぶりに重いギアで踏み込んだので膝が痛くなること必定。
下りでは50kmオーバーでパンク!(コーナーが迫っていたら受身が必要だったな。一瞬脳裏で受身をイメージしました)そろそろと減速して、様子を見ると、リムがアッチッチです。ブレーキの熱により空気圧が上がりすぎてパンクしたのか?
修理して走り出すこと1km、今度はアルミバイクの乗り心地が突然クロモリの乗り心地に、またもスローパンクです。トホホ。
帰りの小田原の自転車屋で残りの空気を入れ直したら、自転車屋の爺が
「ナンじゃこの前下がりのサドルは!?」
と客に無断で突然トントンカンカン、サドルをいじり始めました。一堂あんぐり。
そしてサドルを前下がりから水平にするのならまだしも、前上がりのサドルにする始末。翁のおかげで金ボールをしたたか打ちつける所じゃったよ。