火起こしも継ぎ足しもだいぶ慣れて来た。
なら炭が火付きが良く、火持ちも良いお陰だけれど、備長炭に比べると火力が弱いのか火鉢の上の鉄瓶では湯が沸くのか沸かないのか煮え切らない感じ。で、ここに備長炭を1本加えると無事に湯が沸いてくれる。
湯が沸くと、蒸気で鉄瓶のフタが持ち上げられたり、落とされたりして「ちんちん…」と音を奏でたりするもんだと思っていたのだが、鉄瓶が小さいせいか、そんな悠長な状況にはならず…
「ごぼっ…ごぼおぉぉ…」
「しゅーー…ぶしゅぅーー!」
なのが現実。時たま、沸きだす途中でかすかに…ちんちん…と聞こえるコトがあるくらいで、よほど静かじゃないと聞こえてこない。
五徳を入れて、鉄瓶を載せると灰やら炭などはまるで見えなくなってしまうワケで、灰をいじる楽しみがそがれてしまうが、沸いたお湯でお茶やコーヒーを入れて味わう楽しみが増えた。数年使い込まれた鉄瓶なので、これで湯を沸かすと味が変わって来て、普通にステンレスのやかんで沸かすよりも「マイルド」な湯が出来る。これがなかなか美味しくて、お湯だけ飲んだりもしている。お湯なんか美味しいと思ったのは生まれて40年で初めてだったなぁ。「おいしい水」とかをこれで沸かしたらどーなるんだろうか…。
暖房の代わり…とはなかなかいかないので、今日の様な雪の降るような寒さだと他の暖房器具をメインに使った方が遥かに「楽」。だけれども、炭を選んで火起こしして…とやっているうちに体もポカポカしてくるし、火鉢に炭を移してしまえば遠赤外線浴びまくりで、かじかんだ手指にあっという間に血が通う。
今年の冬は十分に間に合う量の炭を確保してあるが、来シーズンは「くぬぎ炭」に変えようと考えている。今使っている「なら炭」は少々デカイんで、細かくするとしてもデカイまま。これはちょっと伝えるのが難しいが、ケーキの直径がデカイので、当然半径もデカく、そうした方向にしかキレイに割れてくれないものなのだ。どうしても小さくしようとすると「粉砕」する他になくなってしまい、興がそがれてしまう。
元々、直径の小さい樹木を炭にしてあればそうした無粋なコトも無いらしいので。
昔は「燃料店」と看板を出しているお店が幾らでもあったんだけれど、こうしたトコロだと苦も無く頼んだり買えたりしたもんだが、今じゃお店自体が探さないと無いし、あったとしても炭の扱いなんかずいぶんと昔にやめていたりするし、廃れちゃった証しか残っていなかったりする。まぁ、自分だってまさか今頃「火鉢」にハマるとは10年前には考えられなかったワケだし、なんだかフィルムがこの世から消えて無くなりそうなポラロイドにハマるのに似ていなくも無いんだけれど、日本の炭焼き技術ってのもなかなかなもんだし、実に「惜しい…」。
さて、ぬくぬく…を楽しむとするかな…。