だれでも、ふたりの主人に兼ね仕えることはできない。
一方を憎んで他方を愛し、あるいは一方に親しんで
他方をうとんじるからである。
(マタイによる福音書第6章24節 )
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だれでも善と悪しき者に兼ね仕えることはできない。
だれでも善にこそ仕えようとするのが、ごく自然なことである。
ある反キリスト教の団体が、「キリスト教徒の女性って、夫(や恋人)と主イエス・キリストと二人の男性に兼ね仕えなければいけないではないですか?」と言っているのだとある信頼できる方から聞いた。
キリスト教に反対するのは人それぞれ自由である。
人間としてこれはその人の生の根源に関わる最も大切なことである。
あなたがもし女性なら主はあなたの恋人や夫を創造してくださった御方であることを、創造主であることを、絶対に忘れてはならない。
わたしが女性としてしかも結婚している者として、最も主張したいのはこのことである。
「創造主は創造主であって、あなたの夫や恋人ではない」。
主イエス・キリストはほむべかな。アーメン。
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