ポエムな言の葉パラダイス

少女ジーザスが詩を書いています。少女ジーザスが本を読んでいます。
みなさんに是非伝えたい言葉があります。

言の葉(I・ジョン・ヘッセリンク):ともに祈る主。主イエス・キリストの御名によって。アーメン。

2021年05月07日 00時06分40秒 | 少女ジーザスの言の葉ランド
   神は人間の精神に、精神を高く挙げるので
   なければ正当な祈りはできないという思いを
   生まれながらに入れたもうた。

      (「祈りについて」カルヴァン著
           I・ジョン・ヘッセリンク編、解説
                       新教出版社)

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 おなたは「お祈り」というと何かとても堅苦しいことのように思っているかもしれない。
 しかしお祈りとは神とのおしゃべりだと、フツーのクリスチャンのわたしは考えている。
 上記のヘッセリンク氏の言葉の「精神を高く挙げる」とは神の御前にありのままの自分自身の思い、願いを申し上げることだ。気楽に自由に神とおしゃべりすることだ。
 お祈りとはけっして難しくも堅苦しくもない。
 少なくともフツーのクリスチャンのわたしたちにとってはそうである。
 ひとつだけ言わずもがなを言えば、いわゆる「口から出まかせ」の祈りはあり得ない。
 主イエス・キリストはあなたやわたしたちを丸ごとすべて知りたもう。そしてうまくお祈りできないわたしたちと一緒にお祈りをしてくださっているのである。
 お祈りはどのようなものでも、主イエス・キリストからわたしたちに与えられたものなのである。

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     ↓:祈り。
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