神よ、あなたのもろもろのみ思いは、
なんとわたしに尊いことでしょう。
その全体はなんと広大なことでしょう。
(詩篇第139編 17節 )
☆★☆★ ☆★☆★ ☆★☆★ ☆★☆★
なんという深い感謝の詩だろう。
主なる神の自分という人間に対する「み思い」つまり「心遣い」は尊くて全宇宙と同じく広大なものだという信仰告白になっている。
主にとってフツーのクリスチャンのわたしはひとつの全宇宙なのだ。
主はいつもいつも休む暇などなくどのようにしたらわたしが「真の人間」となれるのかを考えておられるのだ。
わたしという人間に「あいつには今度こんなことをやらせてみよう」とか「あの本を読ませよう」などとまるで「恋人」のことを想っているかのごとくなのだ。
わたしのすべてを主はご存じである。
わたしのすべては主の御手のうちである。
しかし「わたしは主のロボットではない」。
主はロボットには絶対になってほしくないのだ。
だからわたしはどのような状況下におかれようと「自由意思」を持って行動する。
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主はいつもいつも休む暇などなくどのようにしたらわたしが「真の人間」となれるのかを考えておられるのだ。
わたしという人間に「あいつには今度こんなことをやらせてみよう」とか「あの本を読ませよう」などとまるで「恋人」のことを想っているかのごとくなのだ。
わたしのすべてを主はご存じである。
わたしのすべては主の御手のうちである。
しかし「わたしは主のロボットではない」。
主はロボットには絶対になってほしくないのだ。
だからわたしはどのような状況下におかれようと「自由意思」を持って行動する。
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