たんぽぽ舎です。【TMM:No4232】【TMM:No4233】
◆ スリランカ人の死が潰した入管法改悪法案
人権侵害の外国人管理政策
◎ 共同通信ジャカルタ支局長だった私は1992年4月、インドネシア入国管理局から記者ビザを奪われ、「4日以内に出国せよ」と通告された。
その経緯は拙著「出国命令―インドネシア取材1200日」(日本評論社、1993年、「日本大使館の犯罪」と改題し講談社文庫)に書いているが、国外退去を経験して、入管は国家権力そのものだと知った。
入管の決定には不服申し立てができず、国家の側は理由を説明する必要もないのだ。
あれから約30年、日本の入管当局がスリランカから来日していた女性を「不法残留者」として拘束し、適切な医療を施さず、死に至らしめる事件があった。入管による事実上の監禁・過失致死事件だ。
◆ “姉は犯罪者ではない”
◎ 被害者は、名古屋出入国在留管理局(佐野豪俊局長)の収容施設で3月6日に亡くなったウィシュマ・サンダマリさん(享年33)だ。
2017年6月、日本の子どもに英語を教えたいと「留学」の在留資格で入国。日本語学校の学費を払えなくなり、在留資格を失った。
昨年8月19日、元交際相手の男性の暴力から逃れるため、静岡県内の交番に相談したところ、「不法残留」で逮捕。翌20日、入管に収容された。
ウィシュマさんの従妹で、日本に住むマンジリさんが、外国人労働者や難民を支える「START(スタート)」顧問の松井保憲氏に支援を求め、松井氏が昨年12月以降、面会を重ね、「仮放免」の申請を手伝った。「START」顧問の指宿昭一弁護士らも支援に加わった。
今年1月15日以降、吐き気や手足のしびれを訴えた。
2月、車いすや介助が必要になった。
松井氏らが、入院させるか仮放免を許可するよう何度も求めたが、入管は応じなかった。
◎ 3月6日午後2時ごろ、入国警備官の呼び掛けに反応がなく、緊急搬送先の病院で死亡が確認された。体重は収容から半年で約20キロも減っていた。
彼女の死亡は、外国人の収容と送還ルールを見直す入管難民法改正案(5月18日、事実上の廃案)の国会審議と重なり、新聞、テレビで報道された。
妹のワヨミさんとポールニマさんが5月1日、成田空港に到着。
16日に初めてウィシュマさんの遺体と対面し、翌17日に名古屋入管を訪れて局長と面会、姉が亡くなった居室を確認した。
死亡した経緯の説明や、施設内の監視カメラの映像開示を求めたが、入管側から納得できる回答はなかった。
2人は20日、参院法務委員会を傍聴し、カメラ映像の開示を巡るやりとりを見守った。立憲民主党の真山勇一氏が「映像公開を」と迫ったが、上川法相は「女性の名誉、尊厳や保安上の観点から開示は相当ではない」と拒んだ。
◎ 4月28日の衆院法務委員会に政府側参考人として呼ばれた入管庁の松本裕次長は、「入管収容施設の一般的な性格として、被収容者には重大な犯罪を犯した者とかテロリスト等も含まれ得る。従って、監視カメラの撮影範囲や解析度の状況などの具体的な状況は高いレベルの保秘の対象で、ビデオの内容を外部に開示はしていない」と答えた。
しかし、かつて刑務所で死亡した外国人のカメラ映像が開示された前例はある。
ワヨミさんと指宿弁護士は6月15日のTBSラジオ「荻上チキ・Session」に出演した。ワヨミさんは「上川法相と会ったが、彼女は嘘つきだ。泣いたのも、だますための演技だ。会ったことは無駄なことだった。姉の死は法務省の施設の中で起きた。謝罪する気持ちがあるか聞いたら、『調査中で何も言えない、何かあれば関係機関が対応する』と答えた」と述べた。
「日本政府に何をしてほしいか」という荻上氏の問いに、ワヨミさんはこう答えた。
「まず、求めているのは真実、それに誠実な行動、映像の開示だ。姉は犯罪者ではない。政府機関は自分たちの過ちをちゃんと認めてほしい。それを認めるのか全世界が見ている。それが日本の信用にもつながる」
◆ 多文化共生の政策を
◎ 1997年以降、入管施設で収容中の死は41件にも上る。また、入管が昨年、難民と認定したのは47人で難民認定率は1%(米国29.6%、ドイツ25.9%)以下だ。
外国人の人権問題に取り組む指宿弁護士は、ウィシュマさんが3月6日に死亡した直後、NHKの報道で彼女の死亡を知った。
外国人管理政策の改善のためにいま、何が最も必要か指宿氏に聞いた。
「外国人を敵視し、管理・抑圧の対象としている入管政策の根本を改め、多文化共生の政策を取ること。長期収容を止め、家族が分離しないで暮らせるようにするなどの人道上の配慮をして在留特別許可を出すこと。国際基準で難民認定を行うこと。そのためには、法務省・入管から独立した機関による難民認定を行うことだ」
指宿氏は日本メディアについて、「調査報道したメディアを評価するが、この問題を5月18日頃までほとんど報道しなかった一部の新聞の姿勢には疑問を感じる。また、入管法改悪問題について、入管庁からのリーク情報を無批判に掲載するメディアの姿勢にも疑問を感じる」と指摘した。
◎ 国連人権理事会の3人の特別報告者と恣意的拘禁作業部会は連名で入管法改正案の問題点を指摘した。
4月9日には、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が、「迫害から逃れてきた難民を誤って送還しかねない」と全面的な見直しを求める異例の見解を発表した。
英エセックス大学人権センターフェローの藤田早苗氏は入管のビデオ非開示について、「このビデオの件に限らず、こういう不透明さと、責任者が責任を問われない体質を許してきた根本的な原因を少しでも改善すべくメディアももっとできることはないのかと思う」と述べた。
「国連からこれまでもさんざん勧告を受けてきているのだから、それらを取り入れて改善すべきだ。また、メディアは政府の国連書簡への筋違いな反論をそのまま垂れ流すのをやめるべきだ。『不法』滞在という表現は『気の毒だけど、結局彼女は不法で罪を犯していた』というイメージを与えていたようだ。この表現は今後やめるべきだ」
◎ ノンフィクションライターの安田浩一氏は「戦前の入管は内務省の管轄で実務の担い手は特高警察だった。戦後の一時期も旧特高出身者に引き継がれ、朝鮮人などの監視を主業務としたという。入管の隠蔽体質や強権的な姿勢は、こうした出自が影響している」(5月10日東京新聞夕刊)という。
安田氏は私の取材に、「遺族が映像を求めることが、なぜ、『保秘』の対象となるのか。映像開示を求めること自体が、まるで『テロ』への加担に当たるかのような姿勢、対応こそが、まさに入管の人権感覚なのだろう」と述べた。
「必要なのは本当の意味での『外国人政策』を獲得することだ。誰もが人権を尊重され、人間として、地域の一員として認められ、尊重される社会。そのための法整備、そして教育、啓蒙を進めるべきだ。政府が外国人を犯罪者予備軍のように考えている限り、社会の意識変革は進まない」
政府は7月に最終報告書を出す予定だ。
指宿氏は「国がこの事件で、責任を否定することはあり得ない、あってはならない。責任を認めて、改革に動き出すことが入管庁に求められている」と強調する。
遺族の2人は、「ちゃんとした答えが出るまで帰国できない。 お母さんに説明できない」として、日本に今も留まっている。
(朝鮮新報2021.6.12〈時事エッセー・沈黙の声 12〉より転載)
◆ スリランカ人の死が潰した入管法改悪法案
人権侵害の外国人管理政策
浅野健一(アカデミックジャーナリスト)
◎ 共同通信ジャカルタ支局長だった私は1992年4月、インドネシア入国管理局から記者ビザを奪われ、「4日以内に出国せよ」と通告された。
その経緯は拙著「出国命令―インドネシア取材1200日」(日本評論社、1993年、「日本大使館の犯罪」と改題し講談社文庫)に書いているが、国外退去を経験して、入管は国家権力そのものだと知った。
入管の決定には不服申し立てができず、国家の側は理由を説明する必要もないのだ。
あれから約30年、日本の入管当局がスリランカから来日していた女性を「不法残留者」として拘束し、適切な医療を施さず、死に至らしめる事件があった。入管による事実上の監禁・過失致死事件だ。
◆ “姉は犯罪者ではない”
◎ 被害者は、名古屋出入国在留管理局(佐野豪俊局長)の収容施設で3月6日に亡くなったウィシュマ・サンダマリさん(享年33)だ。
2017年6月、日本の子どもに英語を教えたいと「留学」の在留資格で入国。日本語学校の学費を払えなくなり、在留資格を失った。
昨年8月19日、元交際相手の男性の暴力から逃れるため、静岡県内の交番に相談したところ、「不法残留」で逮捕。翌20日、入管に収容された。
ウィシュマさんの従妹で、日本に住むマンジリさんが、外国人労働者や難民を支える「START(スタート)」顧問の松井保憲氏に支援を求め、松井氏が昨年12月以降、面会を重ね、「仮放免」の申請を手伝った。「START」顧問の指宿昭一弁護士らも支援に加わった。
今年1月15日以降、吐き気や手足のしびれを訴えた。
2月、車いすや介助が必要になった。
松井氏らが、入院させるか仮放免を許可するよう何度も求めたが、入管は応じなかった。
◎ 3月6日午後2時ごろ、入国警備官の呼び掛けに反応がなく、緊急搬送先の病院で死亡が確認された。体重は収容から半年で約20キロも減っていた。
彼女の死亡は、外国人の収容と送還ルールを見直す入管難民法改正案(5月18日、事実上の廃案)の国会審議と重なり、新聞、テレビで報道された。
妹のワヨミさんとポールニマさんが5月1日、成田空港に到着。
16日に初めてウィシュマさんの遺体と対面し、翌17日に名古屋入管を訪れて局長と面会、姉が亡くなった居室を確認した。
死亡した経緯の説明や、施設内の監視カメラの映像開示を求めたが、入管側から納得できる回答はなかった。
2人は20日、参院法務委員会を傍聴し、カメラ映像の開示を巡るやりとりを見守った。立憲民主党の真山勇一氏が「映像公開を」と迫ったが、上川法相は「女性の名誉、尊厳や保安上の観点から開示は相当ではない」と拒んだ。
◎ 4月28日の衆院法務委員会に政府側参考人として呼ばれた入管庁の松本裕次長は、「入管収容施設の一般的な性格として、被収容者には重大な犯罪を犯した者とかテロリスト等も含まれ得る。従って、監視カメラの撮影範囲や解析度の状況などの具体的な状況は高いレベルの保秘の対象で、ビデオの内容を外部に開示はしていない」と答えた。
しかし、かつて刑務所で死亡した外国人のカメラ映像が開示された前例はある。
ワヨミさんと指宿弁護士は6月15日のTBSラジオ「荻上チキ・Session」に出演した。ワヨミさんは「上川法相と会ったが、彼女は嘘つきだ。泣いたのも、だますための演技だ。会ったことは無駄なことだった。姉の死は法務省の施設の中で起きた。謝罪する気持ちがあるか聞いたら、『調査中で何も言えない、何かあれば関係機関が対応する』と答えた」と述べた。
「日本政府に何をしてほしいか」という荻上氏の問いに、ワヨミさんはこう答えた。
「まず、求めているのは真実、それに誠実な行動、映像の開示だ。姉は犯罪者ではない。政府機関は自分たちの過ちをちゃんと認めてほしい。それを認めるのか全世界が見ている。それが日本の信用にもつながる」
◆ 多文化共生の政策を
◎ 1997年以降、入管施設で収容中の死は41件にも上る。また、入管が昨年、難民と認定したのは47人で難民認定率は1%(米国29.6%、ドイツ25.9%)以下だ。
外国人の人権問題に取り組む指宿弁護士は、ウィシュマさんが3月6日に死亡した直後、NHKの報道で彼女の死亡を知った。
外国人管理政策の改善のためにいま、何が最も必要か指宿氏に聞いた。
「外国人を敵視し、管理・抑圧の対象としている入管政策の根本を改め、多文化共生の政策を取ること。長期収容を止め、家族が分離しないで暮らせるようにするなどの人道上の配慮をして在留特別許可を出すこと。国際基準で難民認定を行うこと。そのためには、法務省・入管から独立した機関による難民認定を行うことだ」
指宿氏は日本メディアについて、「調査報道したメディアを評価するが、この問題を5月18日頃までほとんど報道しなかった一部の新聞の姿勢には疑問を感じる。また、入管法改悪問題について、入管庁からのリーク情報を無批判に掲載するメディアの姿勢にも疑問を感じる」と指摘した。
◎ 国連人権理事会の3人の特別報告者と恣意的拘禁作業部会は連名で入管法改正案の問題点を指摘した。
4月9日には、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が、「迫害から逃れてきた難民を誤って送還しかねない」と全面的な見直しを求める異例の見解を発表した。
英エセックス大学人権センターフェローの藤田早苗氏は入管のビデオ非開示について、「このビデオの件に限らず、こういう不透明さと、責任者が責任を問われない体質を許してきた根本的な原因を少しでも改善すべくメディアももっとできることはないのかと思う」と述べた。
「国連からこれまでもさんざん勧告を受けてきているのだから、それらを取り入れて改善すべきだ。また、メディアは政府の国連書簡への筋違いな反論をそのまま垂れ流すのをやめるべきだ。『不法』滞在という表現は『気の毒だけど、結局彼女は不法で罪を犯していた』というイメージを与えていたようだ。この表現は今後やめるべきだ」
◎ ノンフィクションライターの安田浩一氏は「戦前の入管は内務省の管轄で実務の担い手は特高警察だった。戦後の一時期も旧特高出身者に引き継がれ、朝鮮人などの監視を主業務としたという。入管の隠蔽体質や強権的な姿勢は、こうした出自が影響している」(5月10日東京新聞夕刊)という。
安田氏は私の取材に、「遺族が映像を求めることが、なぜ、『保秘』の対象となるのか。映像開示を求めること自体が、まるで『テロ』への加担に当たるかのような姿勢、対応こそが、まさに入管の人権感覚なのだろう」と述べた。
「必要なのは本当の意味での『外国人政策』を獲得することだ。誰もが人権を尊重され、人間として、地域の一員として認められ、尊重される社会。そのための法整備、そして教育、啓蒙を進めるべきだ。政府が外国人を犯罪者予備軍のように考えている限り、社会の意識変革は進まない」
政府は7月に最終報告書を出す予定だ。
指宿氏は「国がこの事件で、責任を否定することはあり得ない、あってはならない。責任を認めて、改革に動き出すことが入管庁に求められている」と強調する。
遺族の2人は、「ちゃんとした答えが出るまで帰国できない。 お母さんに説明できない」として、日本に今も留まっている。
(朝鮮新報2021.6.12〈時事エッセー・沈黙の声 12〉より転載)
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