
〔レイバーネット日本『週刊 本の発見・第320回』〕
☆ 『ヒロポンと特攻 太平洋戦争の日本軍』(相可文代著、論創社、2200円)
~ だまされないために/評者:志水博子
ロシアのウクライナ侵略から始まった戦争の終わりがいまだ見えないまま、今度は連日のように、ガザで殺される子どもの姿が報道されている。
“戦争で儲ける奴らがいる限り戦争はなくならない”とは、ジャーナリスト西谷文和さんの言葉だが、人々が殺し殺されていく背景には間違いなくそんな奴らがいるのだろう。では、そんな奴らにだまされないために私たちにできることは何か、それを本書は考えさせてくれる。
著者である相可文代(おおかふみよ)さんは、元中学校の社会科教員、そしてそれゆえでもあろうが、長年教科書問題に取り組み、その運動を牽引されて来た方だ。私も何度もお話を聴いたことがある。
その相可さんが、『「ヒロポン」と「特攻」 女学生が包んだ「覚醒剤入りチョコレート」梅田和子さんの戦争体験からの考察』を自費出版されたのは2021年5月のことだった。
大阪で教育や反差別、平和の市民運動に携わる者たちの間で評判になり、私も、「菊の紋章が刻印されたヒロポン入りのチョコレート」と題してこのコーナーで紹介した。
その後、「共同通信」(電子版)が詳細に報じたこともあり、ますます注目されることとなった。本書は、その自費出版を基にしつつ、新たな取材や論考を通して、太平洋戦争における日本軍と特攻の実相をさらに重層的かつ鮮明に描いている。
特に7章「生きていてはならなかった特攻兵」、8章「特攻を命じた上官と特攻を拒否した指揮官」は圧巻であった。
綿密な取材と先行史料を通して実在した人物を浮かび上がらせ客観的に捉える。それだけでも十分面白いのだが、真骨頂は著者のそれぞれの人物像に対する容赦なき批判である。容赦なき批判と書いたが、それは、あの悲惨な戦争をなぜ止められなかったのか、なぜ受け入れ、加担してしまったのか、その問いからくるものであることが痛切に伝わって来る。
そのことが最もよくわかるのが12章「戦争責任について考える」だ。まず、天皇の戦争責任について述べる。
実は、天皇の戦争責任については6章「軍医・蒲原宏が見た特攻兵と特攻基地」にも書かれている。出撃前の特攻兵に知らなかったとはいえヒロポン注射をした蒲原宏を取り上げた章である。蒲原は戦後医学界で活躍すると同時に俳人としての顔も持っていた。
2022年8月15日に出した句集『愚戦の傷痕』から、昭和天皇が亡くなった翌年の1990年の夏に、蒲原が詠んだ4つの句を紹介している。添え書きとともにそのまま引用する。
8月15日 敗戦忌
昭和時代に戦争の連続、日本史上の歴代の天皇で昭和天皇ほど国民を多く死なせた天皇は存在しない。公称戦没者310万人余とあるが、実数は全アジアで1500万人余と推定されている。まさに愚帝であった。
輔弼の愚臣を退け遅くとも1945年7月26日のポツダム宣言を受諾すべきであった。唯一の善行は敗戦の詔書を出して戦争をやめた事である。
天皇に 責任はあり 敗戦忌
裕仁は 萬世の愚帝 敗戦忌
我もまた 責任のあり 敗戦忌
南溟に 眠る学友 敗戦忌
そして、著者はこう記す、「私はこれらの句に衝撃を受けた。蒲原は昭和天皇を『愚帝』と呼び、天皇には戦争『責任』があると言い切っている」と。
だが、それだけではない。こうも記す、「また蒲原は、昭和天皇に向けた厳しいまなざしを自らにも向け、自分にも戦争『責任』があると言い切っている。何らかの形で戦争を担った者が、このように主体的に反省する姿勢こそが真の反省であり、これからの戦争を阻止する力につながるだのと思う」と。
12章に戻る。著者の姿勢は同じだ。天皇の戦争責任、指導者たちの戦争責任に続き、民衆の戦争責任について、映画監督伊丹万作の文章を引用する。
・・多くの人が、戦争でだまされたというが、いくらだますものがいてもだれ一人だまされるものがなかったとしたら今度のような戦争は起こらない。あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになってしまっていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。
現在の日本に必要なことは、まず国民全体がだまされるような脆弱な自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自分を改造する努力を始めることだ・・。
そして、著者は「私はこの伊丹の文章に強く共感する」と述べる。
天皇や指導者たちの戦争責任を問うだけでは戦争は防げない。民衆自身がだまされることなく主体的な態度を取らない限り、二度と戦争をしない社会を作ることはできないという。私も強く同意する。
続く13章「日本はなぜ無謀な戦争・愚かな作戦に突き進んだのか」は別の意味で驚かされた。
私自身の勉強不足もあろうが、近代史において点でしかなかった「知識」が、読み進めるにあたって見事に繋がっていくのだ。これほどまでに簡潔にわかりやすく紐解かれた歴史は初めてだ。
しかし、逆にいえば、それだけ「歴史」をわかっている著者だからこそ再び日本が戦争を始めることを懸念しているともいえる。梅田和子さんの戦争体験の聞き書きから始まり、「ヒロポンと特攻」についてここまで調べて書いたことについて、著者はこう述べている、「近代国家となった日本の戦争では、兵士の命が一貫して粗末にされたが、その行きついた先が特攻であり、兵士に覚醒剤を与えることだった」と。
覚醒剤を兵士に与えていたのは日本軍だけではない。ナチス・ドイツも英国空軍も同じであった。そして麻薬も含めた米軍の薬物使用は、ベトナム戦争でもアフガン戦争でも変わらなかった。
それだけではない。現在も自衛隊法115条の3第1項で、今も自衛隊は「麻薬、覚醒剤原料を所持できる」とされているという。
二度とだまされないためには私たち民衆がかしこくなるしかないのだ。本書はそれに気づかせてくれる。
PS 著者相可文代さんは、現在、ヒロポンと特攻についてドキュメンタリー映画を制作中である。こちらも公開が待ち遠しい。
※ 参考
・これだけあった〝特攻隊員に覚醒剤〟外道の証拠 「チョコ包むの見た」証言から元教員が追跡
・【特攻と覚醒剤】特攻隊の『覚醒剤チョコ』最後の食事だったのか...記録には残されず「食べた瞬間にカーッときました」食料工場の女性や軍医の証言
『レイバーネット日本』(2023/10/26)
http://www.labornetjp.org/news/2023/hon320
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます