◆ 「北東アジア情勢と在沖米軍基地」
~揺らぐ存在根拠/在沖米海兵隊/朝鮮半島の情勢に (教科書ネット)
北東アジアを取り巻く情勢が大きく動き出そうとしている。今年4月に韓国の文在寅大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が会談して「核なき朝鮮半島」を掲げた板門店宣言に署名した。
それに続いて、6月にはトランプ米大統領と金委員長が歴史上初の米朝首脳会談を果たし、朝鮮半島の非核化への取り組みなどを盛り込んだ共同声明を発表した。
北東アジアに新たな秩序が構築される可能性にもつながる。朝鮮半島情勢の動向次第では、これまで「潜在的紛争地」としてその存在理由が強調されてきた在沖米軍の在り方にも影響を与えるのは必至だ。さらには埋め立てて新たに造成されようとしている在沖米海兵隊の辺野古新基地の根拠も揺らいでいる。
翁長雄志沖縄県知事は7月27日の辺野古埋め立て承認撤回表明の記者会見で、冒頭次のように述べた。
「東アジアにおいては、南北首脳会談、あるいはまた米朝首脳会談の後も、今月上旬には米国務長官が訪朝し、24日にはトランプ大統領が北朝鮮のミサイル施設解体を歓迎するコメントを発するなど朝鮮半島の非核化と緊張緩和に向けた米朝の努力は続けられている。このような中、20年以上も前に決定された辺野古新基地建設を見直すこともなく強引に推し進めようとする政府の姿勢は、到底容認できるものではない。私としては平和を求める大きな流れからも取り残されているのではないかと危惧している」。
2018年3月13日、沖縄県が米首都ワシントンで催したシンポジウム「変わりゆく東アジアの安全保障体制と沖縄在日米軍の再考」で、普天間飛行場返還の日米合意締結時の国防長官だったウィリアム・ペリー氏は、北朝鮮の非核化が現実のものとなれば「普天間を置く根拠もなくなるだろう」と述べた。
韓国と北朝鮮、そして米国と中国が北東アジアの安全保障を巡り話し合いを始めたが、日本だけが取り残された格好になっている。このダイナミックな変化の可能性は、これまで固着化されてきた米軍のプレゼンス(存在)を先天的なものではなく、再考しうるものとして見直す好機にもつながる。
◆ 朝鮮半島と沖縄
在沖米海兵隊については、いまだ基地形成過程を巡る誤解やデマがネット社会にまん延している一方で、最近はその出自についての理解も広がってきている。
沖縄に駐留する米軍のうち、施設面積で約75%、兵員数で約60%を占める在沖米海兵隊は、太平洋戦争の沖縄戦終結から沖縄に駐留し続けてきたのではなく、もともとは本土にあった海兵隊基地が地元の反対を受け、当時日本ではなかった沖縄に移転されてき歴史がある。
米海兵隊は大きく3つの部隊に分かれ、沖縄に駐留するのは第3海兵遠征軍だ。その傘下の第3海兵遠征師団は沖縄戦の後いったんは米本国に戻った。
だが1950年6月の朝鮮戦争勃発を受けて再びアジアに投入され、53年7月に休戦協定が締結された後の同年8月に岐阜と山梨に展開した。
その後、地元の激しい反対運動に遭い、56年に日本ではない、米施政権下にあった沖縄に移転された。
沖縄のある米軍基地には、日本の日の丸と米国の星条旗に加えて、淡青色の背景に白地の地図が描かれた旗が掲げられている。
国連旗だ。この旗が掲げられているのは、沖縄では米空軍嘉手納基地と米海兵隊普天間飛行場、米海軍ホワイトビーチの3施設だ。
朝鮮戦争勃発に伴い国連安保理決議に基づき朝鮮国連軍が50年に創設され、東京に司令部が設置された。
53年の休戦協定成立後は司令部はソウルに移され、東京(米軍横田基地)には後方司令部が置かれている。
国連軍の地位協定に基づき前述の沖縄の3施設を含む日本国内の米軍基地のキャンプ座間と海軍横須賀基地、海軍佐世保基地、横田基地の計7施設を国連軍が使用できることになっている。
今年4月の板門店宣言で南北の両首脳は、休戦中の朝鮮戦争について「休戦協定締結から65年となる今年に終戦宣言をし、休戦協定を平和協定に転換し、恒久的な平和体制を構築するため、南北と米国の3者、または南北と米中の4者会談の開催を積極的に推進する」とうたった。
休戦協定が終戦協定となれば、国連軍の存在理由がなくなり、国連軍の使用が設定された沖縄の3施設を含む7施設の在り方も自ずと現状と同じままというわけにはいかない。
◆ 政府の脅威論設定
これまで日本政府はことあるごとに北朝鮮の存在を「脅威」と位置づけ、その「抑止力」として在日米軍、とりわけ在沖米海兵隊の意義を強調してきた。
さらにその抑止力が沖縄にあることの理由として「地理的優位性」も挙げてきた。
だが実はよく見てみると、微妙な言い回しに変化が起こっているのに気づく。
「防衛白書」の在沖米軍基地の駐留に関する記述について、2015年度までは「沖縄は、米本土やハワイ、グアムなどに比べて東アジアの各地域と近い位置にある。また、南西諸島のほぼ中央にあることや、わが国のシーレーンにも近いなど、安全保障上きわめて重要な位置にある」と記述してきた。
一方、2016年度の「防衛白書」からは「沖縄は、米本土やハワイ、グアムなどと比較して、わが国の平和と安全にも影響を及ぼし得る朝鮮半島や台湾海峡といった潜在的紛争地域に近い位置にあると同時に、これらの地域との間にいたずらに軍事的緊張を高めない程度の一定の距離を置いているという利点を有している」と記し、「近さ」と「一定の距離」と相反する記述を同居させている。
「近いが、近すぎない」という概念を用い、沖縄の「地理的優位性」を説明している。
だが「潜在的紛争地」である北朝鮮への近さでいえば九州の方が明らかに近い。実際米海兵隊の沖縄駐留の意義を強調する沖縄の「地理的優位性」に対して、「九州の方が軍事的に効率的だ」とする言説は沖縄には根強くある。
これらの「より近い」位置の九州を外すために「近すぎない」論理を持ち出してきたかのようにも見える。
沖縄の「近すぎない」位置については日本政府だけではなく、米政府の国務省関係者も主張してきたことだった。
海兵隊の移動手段となる強襲揚陸艦は長崎の米軍佐世保基地に所属しており、軍の一体運用からすると九州にあった方が効率的だと指摘すると、「近すぎ」論が浮上してくる。
米軍基地の配置を見直す2005年の米軍再編協議で日米両政府は、在沖米海兵隊は司令部要員のグアム移転について合意した。
しかし2012年の日米協議では、移転対象を「司令部」から「戦闘部隊」へと変更した。北朝鮮や中国からのミサイル射程距離に沖縄が入ってきたことなどが影響したとされる。米側の思考の柔軟性が見て取れる。
米軍事戦略に影響力を持つシンクタンクのランド研究所は2013年の報告書で、海兵隊の移動部隊の最小単位である沖縄の第31海兵遠征部隊(31MEU、約2千人)を除く大部分の部隊を米本土に移しても、「展開能力にはわずかな影響しか及ぼさない」と指摘している。
朝鮮半島情勢変化のダイナミズムは、従来の固定観念をも飛び越す思考の飛躍を生み出し得るものだ。
【参考文献】
・知事公室地域安全政策課「平成26年度共同研究『沖縄の海兵隊をめぐる米国の政治過程』」
・琉球新報
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 121号』(2018.8)
~揺らぐ存在根拠/在沖米海兵隊/朝鮮半島の情勢に (教科書ネット)
滝本 匠(たきもとたくみ・琉球新報東京報道部長)
北東アジアを取り巻く情勢が大きく動き出そうとしている。今年4月に韓国の文在寅大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が会談して「核なき朝鮮半島」を掲げた板門店宣言に署名した。
それに続いて、6月にはトランプ米大統領と金委員長が歴史上初の米朝首脳会談を果たし、朝鮮半島の非核化への取り組みなどを盛り込んだ共同声明を発表した。
北東アジアに新たな秩序が構築される可能性にもつながる。朝鮮半島情勢の動向次第では、これまで「潜在的紛争地」としてその存在理由が強調されてきた在沖米軍の在り方にも影響を与えるのは必至だ。さらには埋め立てて新たに造成されようとしている在沖米海兵隊の辺野古新基地の根拠も揺らいでいる。
翁長雄志沖縄県知事は7月27日の辺野古埋め立て承認撤回表明の記者会見で、冒頭次のように述べた。
「東アジアにおいては、南北首脳会談、あるいはまた米朝首脳会談の後も、今月上旬には米国務長官が訪朝し、24日にはトランプ大統領が北朝鮮のミサイル施設解体を歓迎するコメントを発するなど朝鮮半島の非核化と緊張緩和に向けた米朝の努力は続けられている。このような中、20年以上も前に決定された辺野古新基地建設を見直すこともなく強引に推し進めようとする政府の姿勢は、到底容認できるものではない。私としては平和を求める大きな流れからも取り残されているのではないかと危惧している」。
2018年3月13日、沖縄県が米首都ワシントンで催したシンポジウム「変わりゆく東アジアの安全保障体制と沖縄在日米軍の再考」で、普天間飛行場返還の日米合意締結時の国防長官だったウィリアム・ペリー氏は、北朝鮮の非核化が現実のものとなれば「普天間を置く根拠もなくなるだろう」と述べた。
韓国と北朝鮮、そして米国と中国が北東アジアの安全保障を巡り話し合いを始めたが、日本だけが取り残された格好になっている。このダイナミックな変化の可能性は、これまで固着化されてきた米軍のプレゼンス(存在)を先天的なものではなく、再考しうるものとして見直す好機にもつながる。
◆ 朝鮮半島と沖縄
在沖米海兵隊については、いまだ基地形成過程を巡る誤解やデマがネット社会にまん延している一方で、最近はその出自についての理解も広がってきている。
沖縄に駐留する米軍のうち、施設面積で約75%、兵員数で約60%を占める在沖米海兵隊は、太平洋戦争の沖縄戦終結から沖縄に駐留し続けてきたのではなく、もともとは本土にあった海兵隊基地が地元の反対を受け、当時日本ではなかった沖縄に移転されてき歴史がある。
米海兵隊は大きく3つの部隊に分かれ、沖縄に駐留するのは第3海兵遠征軍だ。その傘下の第3海兵遠征師団は沖縄戦の後いったんは米本国に戻った。
だが1950年6月の朝鮮戦争勃発を受けて再びアジアに投入され、53年7月に休戦協定が締結された後の同年8月に岐阜と山梨に展開した。
その後、地元の激しい反対運動に遭い、56年に日本ではない、米施政権下にあった沖縄に移転された。
沖縄のある米軍基地には、日本の日の丸と米国の星条旗に加えて、淡青色の背景に白地の地図が描かれた旗が掲げられている。
国連旗だ。この旗が掲げられているのは、沖縄では米空軍嘉手納基地と米海兵隊普天間飛行場、米海軍ホワイトビーチの3施設だ。
朝鮮戦争勃発に伴い国連安保理決議に基づき朝鮮国連軍が50年に創設され、東京に司令部が設置された。
53年の休戦協定成立後は司令部はソウルに移され、東京(米軍横田基地)には後方司令部が置かれている。
国連軍の地位協定に基づき前述の沖縄の3施設を含む日本国内の米軍基地のキャンプ座間と海軍横須賀基地、海軍佐世保基地、横田基地の計7施設を国連軍が使用できることになっている。
今年4月の板門店宣言で南北の両首脳は、休戦中の朝鮮戦争について「休戦協定締結から65年となる今年に終戦宣言をし、休戦協定を平和協定に転換し、恒久的な平和体制を構築するため、南北と米国の3者、または南北と米中の4者会談の開催を積極的に推進する」とうたった。
休戦協定が終戦協定となれば、国連軍の存在理由がなくなり、国連軍の使用が設定された沖縄の3施設を含む7施設の在り方も自ずと現状と同じままというわけにはいかない。
◆ 政府の脅威論設定
これまで日本政府はことあるごとに北朝鮮の存在を「脅威」と位置づけ、その「抑止力」として在日米軍、とりわけ在沖米海兵隊の意義を強調してきた。
さらにその抑止力が沖縄にあることの理由として「地理的優位性」も挙げてきた。
だが実はよく見てみると、微妙な言い回しに変化が起こっているのに気づく。
「防衛白書」の在沖米軍基地の駐留に関する記述について、2015年度までは「沖縄は、米本土やハワイ、グアムなどに比べて東アジアの各地域と近い位置にある。また、南西諸島のほぼ中央にあることや、わが国のシーレーンにも近いなど、安全保障上きわめて重要な位置にある」と記述してきた。
一方、2016年度の「防衛白書」からは「沖縄は、米本土やハワイ、グアムなどと比較して、わが国の平和と安全にも影響を及ぼし得る朝鮮半島や台湾海峡といった潜在的紛争地域に近い位置にあると同時に、これらの地域との間にいたずらに軍事的緊張を高めない程度の一定の距離を置いているという利点を有している」と記し、「近さ」と「一定の距離」と相反する記述を同居させている。
「近いが、近すぎない」という概念を用い、沖縄の「地理的優位性」を説明している。
だが「潜在的紛争地」である北朝鮮への近さでいえば九州の方が明らかに近い。実際米海兵隊の沖縄駐留の意義を強調する沖縄の「地理的優位性」に対して、「九州の方が軍事的に効率的だ」とする言説は沖縄には根強くある。
これらの「より近い」位置の九州を外すために「近すぎない」論理を持ち出してきたかのようにも見える。
沖縄の「近すぎない」位置については日本政府だけではなく、米政府の国務省関係者も主張してきたことだった。
海兵隊の移動手段となる強襲揚陸艦は長崎の米軍佐世保基地に所属しており、軍の一体運用からすると九州にあった方が効率的だと指摘すると、「近すぎ」論が浮上してくる。
米軍基地の配置を見直す2005年の米軍再編協議で日米両政府は、在沖米海兵隊は司令部要員のグアム移転について合意した。
しかし2012年の日米協議では、移転対象を「司令部」から「戦闘部隊」へと変更した。北朝鮮や中国からのミサイル射程距離に沖縄が入ってきたことなどが影響したとされる。米側の思考の柔軟性が見て取れる。
米軍事戦略に影響力を持つシンクタンクのランド研究所は2013年の報告書で、海兵隊の移動部隊の最小単位である沖縄の第31海兵遠征部隊(31MEU、約2千人)を除く大部分の部隊を米本土に移しても、「展開能力にはわずかな影響しか及ぼさない」と指摘している。
朝鮮半島情勢変化のダイナミズムは、従来の固定観念をも飛び越す思考の飛躍を生み出し得るものだ。
【参考文献】
・知事公室地域安全政策課「平成26年度共同研究『沖縄の海兵隊をめぐる米国の政治過程』」
・琉球新報
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 121号』(2018.8)
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