◆ 高校新科目「公共」教科書の“自衛隊・安保記述”
政府広報誌のような内容の出版社も (紙の爆弾)
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2022年度使用開始の実教出版の2種の公共教科書
文部科学省が「大綱的基準として法的拘束力あり」と主張する、学習指導要領(以下、指導要領)が、二〇一八年三月改訂で新設した高校(低学年)の新必修科目「公共」。
今年三月、同省の検定に合格し、来年四月から使用開始の教科書は、八社十二種ある(高校は、出版社によっては同一科目で難易度が異なる二種の教科書を発行することがある)。
本誌一八年十月号で述べた通り、指導要領は「公共」の内容の一つを「我が国の安全保障と防衛」と規定。以下、紙幅の関係で二社四種の教科書の自衛隊・日米安保体制に絞り分析する。
結論からいえば、政府見解等と両論併記しつつ平和憲法を守り活かす記述の教科書がある反面、自主規制したため政府広報誌のような出版社もある。
◆ 両論併記の実教出版
実教出版は『詳述公共』と『公共』の二種の教科書を発行している。
いずれも「第1章 日本国憲法の基本的性格」の最初の方で、「大日本帝国憲法との比較」を含め、「恒久平和主義」、第九条の「戦争放棄、戦力不保持、交戦権の否認」を記載。
その上で、自衛隊・日米安保について、『詳述公共』は「平和主義とわが国の安全」という単元に計八頁、『公共』は「平和主義とわが国の安全」「こんにちの防衛問題」という二単元で計六頁を充てている。両者とも記述の流れはほぼ同じなので、以下、『詳述公共』の概要を紹介する。
1「自衛隊戦地派遣」を正確に記述
まず「日本はアジア太平洋戦争(太平洋戦争)で、アジアの人々にきわめて大きな犠牲を強いた。日本国民も、原子爆弾を投下されるなど、大変悲惨な体験をした。過去の戦争への厳しい反省のうえに立って」と、日本国憲法の「徹底した平和主義採用」に至る歴史的事実を明記。
この後、自衛隊について「数次にわたる防衛力整備計画を経て、こんにちでは、世界有数の規模に増強されている」と説明、「自衛隊の創設は、憲法違反ではないかという激しい論議を巻き起こした」との違憲論と、政府の「自衛のための必要最小限度の実力」であって、九条の禁じる「戦力」ではないという合憲論とを、併記している。
さらに「防衛関係費の推移」「GNPに占める割合」のグラフを表示。
なお『公共』の方は、一八年度の「各国の国防支出」で、日本が世界七位に膨らんだグラフも載せている。
「日米安保体制」の項では”思いやり予算”に触れ、「非核3原則」の説明では「米軍による核兵器の持ち込み疑惑」について、外務省が一〇年「広義の密約」があったことを認めたと明記。
こういう記述をきっかけに、「政府はウソをついたり暴走したりするから立憲主義が大切だ」と気付く生徒が多く出てくれれば、と筆者は期待する。
「自衛隊の海外派遣と安保体制の変容」の項では、一九九九年の周辺事態法で「自衛隊が米軍の後方支援をする」等の「防衛協力の拡大」を、「憲法違反であるとの批判もあった」と明記。
一五年の安保法(戦争法)の重要影響事態法への改定で、「後方支援として新たに武器・弾薬の提供や兵士輸送が可能になった。そのため、海外で米軍支援をおこなう自衛隊が、戦闘にまきこまれる危険性がさらに高まったとの批判もある」と記述している。
続く「戦地への自衛隊派遣」の項では、〇一年のテロ対策特別措置法で「米艦への海上給油のための自衛艦インド洋出動」、〇三年のイラク復興支援特別措置法により「主要な戦闘終結後も武力衝突が続くイラクへの自衛隊派遣」をしたが、「自衛隊の活動範囲を非戦闘地域に限定」していた、と記載。
一方、「恒久法として制定した一五年の国際平和支援法」は、「戦闘地域であっても『現に戦闘がおこなわれている現場』でなければ自衛隊の活動を認めたため、戦況の変化により、現場の判断で武器使用をおこなう危険性が高まったとの批判もある」と記述。
自衛隊イラク派兵については、違憲訴訟の○八年名古屋高裁判決の要点を掲載。「有事法制の整備」では、「自衛隊の活動を円滑化し、国民の協力を確保するためのもの」という政府見解と、「広く人権が制約される危険がある」という反対意見を併記している。
「戦後の安全保障政策の転換」の項では、集団的自衛権行使への政府見解の変化に触れる。そして、「集団的自衛権行使を限定的に容認する閣議決定」の「自衛権行使の三要件」の内容に言及。
続けて、「集団的自衛権の行使や米軍などに対する後方支援の拡大などを盛りこんだ『安全保障関連法』の制定」によって、「存立危機事態の際、首相は自衛隊に海外での武力行使をするための出動(防衛出動)を命ずることが可能になった。こんにち、憲法の平和主義は大きな転換点に立たされている」と解説している。
最後は「TRY!」と題し、「国や生活の安全を確保する安全保障には、軍事力以外にどのような政策があるか、調べてみよう。平和で安全な世界を実現するために何ができるか、考えてみよう」と問い、締め括っている。
2 二頁かけ沖縄の基地問題を考察
「seminar」のコーナーは、沖縄の基地問題を多面的・多角的に考える内容になっている(『公共』の方も同)。
まず年表で、四五年四月の米軍の沖縄本島上陸以降、九五年の県民総決起集会等を写真とともに説明、九六年の「日米地位協定見直し・基地整理縮小の、全国初の県民投票」で「賛成が89%(有権者の過半数)」、一九年の「県民投票で投票者の72%が新基地に反対」等も記載。
次に「沖縄と本土の米軍基地面積の割合」で、「72年の日本復帰後も基地は減らず、むしろ日本本土の基地返還が進んだため、沖縄の基地の比重は高いまま」というグラフも載せ、不平等に気付ける工夫がある。
◆ 第一学習社は軍拡の既成事実を無批判に山盛り
第一学習社は『高等学校公共』と『高等学校新公共』の二種を発行。この二種の教科書の最大の欠陥は、自衛隊違憲論を一切記述していないことだ。
教科書に自衛隊合憲の政府見解等と併記していても、「違憲」の二字があるだけで非難する、安倍前首相らへの忖度付度ではないか、とさえ思われる。
『高等学校公共』はまず、「3国際連合の役割と課題」の項で、一四年の国連南スーダンPKO活動で「排水工事にあたる自衛隊」の写真を載せ、「PKOは『闘わない軍隊』として活動している」と説明している。
しかし自衛隊PKO派兵等は、九〇年代のカンボジアとルワンダ難民救援名目(PKOとは別枠だが)のザイール(現コンゴ民主共和国)への派兵、二〇〇〇年代のイラク(特措法の枠)や一二年一月~一七年五月の南スーダン派兵等で、武器使用寸前まで至っていた(「戦闘発生」との記述があった『日報』の隠蔽問題も発覚)。”闘わない軍隊”はウソだ。
この後、「主題6 日本の安全保障と防衛」の「1 平和主義と安全保障」の項の計八頁で、自衛隊・日米安保を扱っている。以下、具体的に見ていく。
第一学習社は自衛隊創設に伴う「憲法第9条に関する政府見解の変化」を、「解釈改憲と批判されることもある」(太字は原文と同)と記述するが、この直後、政府の自衛隊合憲論の内容に三行強、「憲法第9条に関する政府の解釈の推移」に三分の一頁も割いて詳述。「裁判所は自衛隊の合憲・違憲について、明確な判断を示していない」と、「違憲」が二文字だけ出ている。
しかし、この自衛隊違憲論の肝心の内容(自衛隊がどういう点で、なぜ違憲か)については、個別的自衛権を巡ってはもとより、集団的自衛権を巡る違憲論すら一行も記述せず、この後、政府による軍拡の既成事実(”防衛装備移転三原則”の宣伝を含め)を書きまくるだけ。
これでは生徒は、自ら調べない限り違憲論の内容を知ることはできず、合憲論と政府が進める軍拡政策の内容だけが”唯一、是だ”と刷り込まれる危険性がある。
ここで第一学習社が、政府の進める軍拡政策を無批判に記述している箇所を紹介する。
①「日本の防衛政策」の項、[専守防衛]とわざわざ青い太字で書いた下りで、「他国への攻撃であっても、日本の存立危機事態に対しては、集団的自衛権を行使できるようになった」と、「専守防衛のあり方の変容」を記述後、「通常兵器については、武器開発の効率化などの観点から防衛装備移転三原則を定め、国際平和や自国の安全保障に悪影響が出ないように規制をかけて、技術の輸出や共同開発を進めることになった。このような防衛戦略の下で、防衛力の増強がはかられており、防衛関係費が増額されている」と記述。
そして側注でも、”武器輸出OK”の三条件を説明。最後に「前身の武器輸出三原則(1967年)では、事実上、日本からの武器輸出は禁止されていた」と短い記述はあるものの、武器輸出(禁輸)三原則が日本の平和ブランドであった意義等の言及はなし。
②七八年の”日米防衛協力のための指針”後、政府が九七年の改定、一五年の再改定で、「自衛隊の活動範囲」と「自衛権の行使」を拡大・強化している事実を表で示している。
だが、この拡大・強化への反対意見(米軍の起こす戦争への加担が、”敵国”やテロリストからの報復を招き、日本やアジアの市民が犠牲になりかねない危険性、軍事予算が益々増え、庶民に必要な福祉予算が圧迫される等)は一切記述していない。
こういう政府・防衛省・経団連の広報誌のような問題記述を鵜呑みにする生徒がもし将来、政府高官や政治家になったら、日本の死の商人化を加速させ、また米国等と一緒に集団的自衛権行使を決行する司令塔になってしまわないか、危惧される。
ただ、この教科書にも評価できる点はある。「戦争放棄を定めたおもな憲法」で、「常備軍の保有を禁止」のコスタリカ憲法(四九年)を憲法九条とともに載せ、右肩上がりの「防衛関係費」や”思いやり予算”の推移のグラフもあり、「非核3原則」の説明で「米軍による核兵器の持ち込み疑惑」と「密約問題」にも触れている。
また”有事法制”では、政府の主張に沿った記述と、「民有地の強制利用や報道規制がされかねない措置も含まれ、国民の権利を侵害することにつながらないかと不安視する声もある」という反対意見とを、併記している。
この後、「人間の安全保障」の重要性、「世界の人々が、心の中に平和のとりでを築く必要がある」というユネスコ憲章に言及し、「病気や貧困、環境破壊などによって生存が脅かされている個々の人間の生存や安全を守ろうとする態度や行動も重要である」と結ぶ。
さらに、沖縄の基地問題では丸々一頁を使い、「95年の米兵による少女暴行事件や04年の大学敷地内へのヘリコプター墜落事故」を明示後、「日米地位協定の見直しを求める住民運動が激しくなった」と記述。
さらに「19年の辺野古沿岸部の埋め立ての是非を問う県民投票」で反対票が七割を超えた事実とともに、「しかし政府は移設工事を中断する考えはないことを示している」と、民意に背く政府の実態を明記している。
そして「何より大切なことは、沖縄だけの問題と捉えず、私たちの問題として、解決策をさぐっていくことである」と結んでいるのも、評価できる。
◆ 自衛隊の写真を四枚も掲載
同じ第一学習社の『高等学校新公共』も、政府広報誌の色彩が濃い。
「3国際連合の役割と課題」の項の冒頭で、「南スーダンPKOで仮設トイレを建てる国連平和維持隊」の写真を載せ(迷彩服の肩の後に日の丸が付いているので、自衛隊だとわかる)、さらに「3国際社会における日本の役割」の冒頭でも「14年の南スーダンPKOで排水工事をおこなう自衛隊員」の写真を載せ、ダブリで自衛隊を宣伝。
また「11年の東日本大震災での救助活動」と「米艦に燃料補給をおこなう海上自衛隊」の写真二枚も掲載、自衛隊が有用だと印象付けようとしている。
ただし、沖縄の基地問題では一頁を使い、一九年の県民投票で、「(基地移転)反対に○を」というのぼり旗を持つ那覇市民たちの写真を載せ、「投票者の約7割が埋め立てに反対したが、政府は移設工事を続けている」と明記。
また、「沖縄にある米軍基地をどうすべきか」という問いに「全面撤去すべきだ」が「沖縄26%、全国10%」、「本土並みに少なくすべきだ」が「沖縄51%、全国46%」…といった「17年NHK世論調査に見る沖縄と全国のずれ」というグラフを載せている。
※ 永野厚男(ながのあつお)
文科省・各教委等の行政や、衆参・地方議会の文教関係の委員会、教育裁判、保守系団体の動向などを取材。平和団体や参院議員会館集会等で講演。
『紙の爆弾』2021年8月号
政府広報誌のような内容の出版社も (紙の爆弾)
取材・文 永野厚男・教育ジャーナリスト
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2022年度使用開始の実教出版の2種の公共教科書
文部科学省が「大綱的基準として法的拘束力あり」と主張する、学習指導要領(以下、指導要領)が、二〇一八年三月改訂で新設した高校(低学年)の新必修科目「公共」。
今年三月、同省の検定に合格し、来年四月から使用開始の教科書は、八社十二種ある(高校は、出版社によっては同一科目で難易度が異なる二種の教科書を発行することがある)。
本誌一八年十月号で述べた通り、指導要領は「公共」の内容の一つを「我が国の安全保障と防衛」と規定。以下、紙幅の関係で二社四種の教科書の自衛隊・日米安保体制に絞り分析する。
結論からいえば、政府見解等と両論併記しつつ平和憲法を守り活かす記述の教科書がある反面、自主規制したため政府広報誌のような出版社もある。
◆ 両論併記の実教出版
実教出版は『詳述公共』と『公共』の二種の教科書を発行している。
いずれも「第1章 日本国憲法の基本的性格」の最初の方で、「大日本帝国憲法との比較」を含め、「恒久平和主義」、第九条の「戦争放棄、戦力不保持、交戦権の否認」を記載。
その上で、自衛隊・日米安保について、『詳述公共』は「平和主義とわが国の安全」という単元に計八頁、『公共』は「平和主義とわが国の安全」「こんにちの防衛問題」という二単元で計六頁を充てている。両者とも記述の流れはほぼ同じなので、以下、『詳述公共』の概要を紹介する。
1「自衛隊戦地派遣」を正確に記述
まず「日本はアジア太平洋戦争(太平洋戦争)で、アジアの人々にきわめて大きな犠牲を強いた。日本国民も、原子爆弾を投下されるなど、大変悲惨な体験をした。過去の戦争への厳しい反省のうえに立って」と、日本国憲法の「徹底した平和主義採用」に至る歴史的事実を明記。
この後、自衛隊について「数次にわたる防衛力整備計画を経て、こんにちでは、世界有数の規模に増強されている」と説明、「自衛隊の創設は、憲法違反ではないかという激しい論議を巻き起こした」との違憲論と、政府の「自衛のための必要最小限度の実力」であって、九条の禁じる「戦力」ではないという合憲論とを、併記している。
さらに「防衛関係費の推移」「GNPに占める割合」のグラフを表示。
なお『公共』の方は、一八年度の「各国の国防支出」で、日本が世界七位に膨らんだグラフも載せている。
「日米安保体制」の項では”思いやり予算”に触れ、「非核3原則」の説明では「米軍による核兵器の持ち込み疑惑」について、外務省が一〇年「広義の密約」があったことを認めたと明記。
こういう記述をきっかけに、「政府はウソをついたり暴走したりするから立憲主義が大切だ」と気付く生徒が多く出てくれれば、と筆者は期待する。
「自衛隊の海外派遣と安保体制の変容」の項では、一九九九年の周辺事態法で「自衛隊が米軍の後方支援をする」等の「防衛協力の拡大」を、「憲法違反であるとの批判もあった」と明記。
一五年の安保法(戦争法)の重要影響事態法への改定で、「後方支援として新たに武器・弾薬の提供や兵士輸送が可能になった。そのため、海外で米軍支援をおこなう自衛隊が、戦闘にまきこまれる危険性がさらに高まったとの批判もある」と記述している。
続く「戦地への自衛隊派遣」の項では、〇一年のテロ対策特別措置法で「米艦への海上給油のための自衛艦インド洋出動」、〇三年のイラク復興支援特別措置法により「主要な戦闘終結後も武力衝突が続くイラクへの自衛隊派遣」をしたが、「自衛隊の活動範囲を非戦闘地域に限定」していた、と記載。
一方、「恒久法として制定した一五年の国際平和支援法」は、「戦闘地域であっても『現に戦闘がおこなわれている現場』でなければ自衛隊の活動を認めたため、戦況の変化により、現場の判断で武器使用をおこなう危険性が高まったとの批判もある」と記述。
自衛隊イラク派兵については、違憲訴訟の○八年名古屋高裁判決の要点を掲載。「有事法制の整備」では、「自衛隊の活動を円滑化し、国民の協力を確保するためのもの」という政府見解と、「広く人権が制約される危険がある」という反対意見を併記している。
「戦後の安全保障政策の転換」の項では、集団的自衛権行使への政府見解の変化に触れる。そして、「集団的自衛権行使を限定的に容認する閣議決定」の「自衛権行使の三要件」の内容に言及。
続けて、「集団的自衛権の行使や米軍などに対する後方支援の拡大などを盛りこんだ『安全保障関連法』の制定」によって、「存立危機事態の際、首相は自衛隊に海外での武力行使をするための出動(防衛出動)を命ずることが可能になった。こんにち、憲法の平和主義は大きな転換点に立たされている」と解説している。
最後は「TRY!」と題し、「国や生活の安全を確保する安全保障には、軍事力以外にどのような政策があるか、調べてみよう。平和で安全な世界を実現するために何ができるか、考えてみよう」と問い、締め括っている。
2 二頁かけ沖縄の基地問題を考察
「seminar」のコーナーは、沖縄の基地問題を多面的・多角的に考える内容になっている(『公共』の方も同)。
まず年表で、四五年四月の米軍の沖縄本島上陸以降、九五年の県民総決起集会等を写真とともに説明、九六年の「日米地位協定見直し・基地整理縮小の、全国初の県民投票」で「賛成が89%(有権者の過半数)」、一九年の「県民投票で投票者の72%が新基地に反対」等も記載。
次に「沖縄と本土の米軍基地面積の割合」で、「72年の日本復帰後も基地は減らず、むしろ日本本土の基地返還が進んだため、沖縄の基地の比重は高いまま」というグラフも載せ、不平等に気付ける工夫がある。
◆ 第一学習社は軍拡の既成事実を無批判に山盛り
第一学習社は『高等学校公共』と『高等学校新公共』の二種を発行。この二種の教科書の最大の欠陥は、自衛隊違憲論を一切記述していないことだ。
教科書に自衛隊合憲の政府見解等と併記していても、「違憲」の二字があるだけで非難する、安倍前首相らへの忖度付度ではないか、とさえ思われる。
『高等学校公共』はまず、「3国際連合の役割と課題」の項で、一四年の国連南スーダンPKO活動で「排水工事にあたる自衛隊」の写真を載せ、「PKOは『闘わない軍隊』として活動している」と説明している。
しかし自衛隊PKO派兵等は、九〇年代のカンボジアとルワンダ難民救援名目(PKOとは別枠だが)のザイール(現コンゴ民主共和国)への派兵、二〇〇〇年代のイラク(特措法の枠)や一二年一月~一七年五月の南スーダン派兵等で、武器使用寸前まで至っていた(「戦闘発生」との記述があった『日報』の隠蔽問題も発覚)。”闘わない軍隊”はウソだ。
この後、「主題6 日本の安全保障と防衛」の「1 平和主義と安全保障」の項の計八頁で、自衛隊・日米安保を扱っている。以下、具体的に見ていく。
第一学習社は自衛隊創設に伴う「憲法第9条に関する政府見解の変化」を、「解釈改憲と批判されることもある」(太字は原文と同)と記述するが、この直後、政府の自衛隊合憲論の内容に三行強、「憲法第9条に関する政府の解釈の推移」に三分の一頁も割いて詳述。「裁判所は自衛隊の合憲・違憲について、明確な判断を示していない」と、「違憲」が二文字だけ出ている。
しかし、この自衛隊違憲論の肝心の内容(自衛隊がどういう点で、なぜ違憲か)については、個別的自衛権を巡ってはもとより、集団的自衛権を巡る違憲論すら一行も記述せず、この後、政府による軍拡の既成事実(”防衛装備移転三原則”の宣伝を含め)を書きまくるだけ。
これでは生徒は、自ら調べない限り違憲論の内容を知ることはできず、合憲論と政府が進める軍拡政策の内容だけが”唯一、是だ”と刷り込まれる危険性がある。
ここで第一学習社が、政府の進める軍拡政策を無批判に記述している箇所を紹介する。
①「日本の防衛政策」の項、[専守防衛]とわざわざ青い太字で書いた下りで、「他国への攻撃であっても、日本の存立危機事態に対しては、集団的自衛権を行使できるようになった」と、「専守防衛のあり方の変容」を記述後、「通常兵器については、武器開発の効率化などの観点から防衛装備移転三原則を定め、国際平和や自国の安全保障に悪影響が出ないように規制をかけて、技術の輸出や共同開発を進めることになった。このような防衛戦略の下で、防衛力の増強がはかられており、防衛関係費が増額されている」と記述。
そして側注でも、”武器輸出OK”の三条件を説明。最後に「前身の武器輸出三原則(1967年)では、事実上、日本からの武器輸出は禁止されていた」と短い記述はあるものの、武器輸出(禁輸)三原則が日本の平和ブランドであった意義等の言及はなし。
②七八年の”日米防衛協力のための指針”後、政府が九七年の改定、一五年の再改定で、「自衛隊の活動範囲」と「自衛権の行使」を拡大・強化している事実を表で示している。
だが、この拡大・強化への反対意見(米軍の起こす戦争への加担が、”敵国”やテロリストからの報復を招き、日本やアジアの市民が犠牲になりかねない危険性、軍事予算が益々増え、庶民に必要な福祉予算が圧迫される等)は一切記述していない。
こういう政府・防衛省・経団連の広報誌のような問題記述を鵜呑みにする生徒がもし将来、政府高官や政治家になったら、日本の死の商人化を加速させ、また米国等と一緒に集団的自衛権行使を決行する司令塔になってしまわないか、危惧される。
ただ、この教科書にも評価できる点はある。「戦争放棄を定めたおもな憲法」で、「常備軍の保有を禁止」のコスタリカ憲法(四九年)を憲法九条とともに載せ、右肩上がりの「防衛関係費」や”思いやり予算”の推移のグラフもあり、「非核3原則」の説明で「米軍による核兵器の持ち込み疑惑」と「密約問題」にも触れている。
また”有事法制”では、政府の主張に沿った記述と、「民有地の強制利用や報道規制がされかねない措置も含まれ、国民の権利を侵害することにつながらないかと不安視する声もある」という反対意見とを、併記している。
この後、「人間の安全保障」の重要性、「世界の人々が、心の中に平和のとりでを築く必要がある」というユネスコ憲章に言及し、「病気や貧困、環境破壊などによって生存が脅かされている個々の人間の生存や安全を守ろうとする態度や行動も重要である」と結ぶ。
さらに、沖縄の基地問題では丸々一頁を使い、「95年の米兵による少女暴行事件や04年の大学敷地内へのヘリコプター墜落事故」を明示後、「日米地位協定の見直しを求める住民運動が激しくなった」と記述。
さらに「19年の辺野古沿岸部の埋め立ての是非を問う県民投票」で反対票が七割を超えた事実とともに、「しかし政府は移設工事を中断する考えはないことを示している」と、民意に背く政府の実態を明記している。
そして「何より大切なことは、沖縄だけの問題と捉えず、私たちの問題として、解決策をさぐっていくことである」と結んでいるのも、評価できる。
◆ 自衛隊の写真を四枚も掲載
同じ第一学習社の『高等学校新公共』も、政府広報誌の色彩が濃い。
「3国際連合の役割と課題」の項の冒頭で、「南スーダンPKOで仮設トイレを建てる国連平和維持隊」の写真を載せ(迷彩服の肩の後に日の丸が付いているので、自衛隊だとわかる)、さらに「3国際社会における日本の役割」の冒頭でも「14年の南スーダンPKOで排水工事をおこなう自衛隊員」の写真を載せ、ダブリで自衛隊を宣伝。
また「11年の東日本大震災での救助活動」と「米艦に燃料補給をおこなう海上自衛隊」の写真二枚も掲載、自衛隊が有用だと印象付けようとしている。
ただし、沖縄の基地問題では一頁を使い、一九年の県民投票で、「(基地移転)反対に○を」というのぼり旗を持つ那覇市民たちの写真を載せ、「投票者の約7割が埋め立てに反対したが、政府は移設工事を続けている」と明記。
また、「沖縄にある米軍基地をどうすべきか」という問いに「全面撤去すべきだ」が「沖縄26%、全国10%」、「本土並みに少なくすべきだ」が「沖縄51%、全国46%」…といった「17年NHK世論調査に見る沖縄と全国のずれ」というグラフを載せている。
※ 永野厚男(ながのあつお)
文科省・各教委等の行政や、衆参・地方議会の文教関係の委員会、教育裁判、保守系団体の動向などを取材。平和団体や参院議員会館集会等で講演。
『紙の爆弾』2021年8月号
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