『笛物語』

音楽、フルート、奏法の気付き
    そして
  日々の出来事など

フルート奏者・白川真理

「水月・浮雲」の想い出

2020-12-26 23:23:24 | 音楽・フルート
「人に歴史あり」

と同じく、曲にも夫々の歴史、生い立ちのストーリーがあります。

特に、この「水月」も「浮雲」も様々な方々との出会いと交流がなければ生まれなかった曲です。

改めて、振り返ると本当に沢山の方のお陰で演奏させていただき、曲も生まれたのだなあ、と改めて深い感謝の念が湧いてきます。

感謝の念と共に、曲の歴史を書いておこうと思います。


「水月」

・・・和光大学にて・・・

「水月」は元は「江平の笛」の為の曲。
甲野先生の門人で武術の良きアドバイザーだったKくんは当時和光大学の学生で、「白川さんは関根先生に会うべきです!」と強引に関根秀樹先生(和光大学講師)を紹介されました。関根先生は民族音楽や古代技術の専門家で、空手の達人。
様々な民族音楽のことを御教えいただいたり、キャンパスで焚火をし焼き芋を作ってくださったり、と、色々と楽しい経験をさせていただきました。やんちゃな子供がそのまま大人になったような方で、ブッシュマンと対決して勝って、「火起こし」の世界記録ホルダーにもなった、というアクティブな先生。
先生の教え子の学生さん達にも仲良くしていただき、もぐりのキャンパスライフを満喫。

知り合ってすぐに、関根先生から福島県江平遺跡で発掘された日本最古の天平時代の笛を復元した、という小さな竹笛をいただき、キャンパス内でもよく吹いていました。

曲もないので、自分で適当に、浮かんでくる旋律を奏でるしかありませんでしたが、これが意外に楽しかった。

2006年11月、和光大学の学園祭に遊びにいった際、中庭の池に関根先生が浮かべたキャンドルと満月が輝く幻想的な風景をみつつ笛を吹きました。

水に映った月、即ち「水月」。
すぐに思い出したのは「水月観音像」。


・・・・東慶寺にて・・・

「水月」で思い出していたのは北鎌倉の名刹・東慶寺の「水月観音像」。

2001年より母校・香川県立高松高校の同総会のご縁で、この本堂で毎年演奏させていただいていました。

その数年前から同窓生からのSOSを受け、幹事のお手伝いをするようになったのですが、そこで出会った沢山の同窓生との交流の中、このコンサートも16年間続きました。

演奏の前には必ず祈りを捧げていた、優しい面立ちの美しい観音様です。

「水月」は和光大学の中庭の池の前で、この水月観音さまのことを思い出しながら、演奏して出来た曲でした。

2007年の東慶寺コンサートではギター伴奏付きに編曲し、初演しました。
ギターは今回の件でお世話になった同期の弁護士Iくん。

アマチュアですが、法廷では弾き語りで勝訴しているという噂も立つ程の腕前で、同窓会関係のコンサートではよく共演してもらっていました。

笛を吹いてメロディーが生まれ、その時感じた和声をピアノを弾くことで具体化し譜面にする、というのが私の作曲方法なので、本来はピアノ伴奏で作ったものですが、東慶寺さんにはピアノはなかったのでギターで。

関根先生の売り込み?でNHKTVの番組に出演させてもらったり、と「江平の笛」は多くの方に喜んでいただけましたが、やはりロットの方が私には面白く、竹笛はいつのまにか自分の中でフェイドアウトしてしまいました。でもまた「その日」が来れば吹く日が来るやもしれません。

少なくとも、フルートだけ吹いていたのでは絶対に「水月」は生まれなかったことは確かです。

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(解説)

水 月(suigetsu) Water moon

開闢700年余の北鎌倉・東慶寺。かつては駆け込み寺として多くの女人を救ったこの名刹には、鎌倉時代より伝わる「水月観音像」(神奈川県指定文化財)が収められています。

高校の同窓会のご縁で16 年間、この本堂で演奏させていただいていた折、必ず祈りを捧げていました。岩にもたれ片足を組み寛いだお姿で水に映った月を眺めている美しい像です。この水月観音さまにインスパイアされ2006 年秋に作った曲です。

静かな楽曲ですが紀貫之の和歌のような深く激しい情熱を秘めた作品です。
どうぞご自由に、皆様夫々の一番大切な恋を思い浮かべて演奏してください。

照る月も 影水底に うつりけり 似たるものなき 恋もするかな (紀貫之)

The shadow of the shining moon is reflected on the bottom of the water,
I’m falling in incomparable love.
                 (Tsurayuki Kino) Translator : Mari Shirakawa



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「浮雲」

・・・蓼科にて・・・

高校の同期メンバーによるWAYAZは、とても緩い練習と、ともすれば練習よりも長い宴会のバンド。
ビートルズやユーミン、フォーク、洋楽なんでもありの好みもメンバー毎にバラバラのバンドです。
年に1,2回、蓼科のIくんの別荘での合宿が恒例になっていたのですが、宴会しつつつま弾くギターに合わせて、適当にフルートを吹くということも夜な夜なやっていた。
その折に、ギターの開放弦のチューニングの音はなんときれいなんだろう、と思ったのでした。





・・・宇治平等院鳳凰堂にて・・

初めて雲中供養菩薩像を見たのは上野の博物館。
この時買い求めた横笛を奏でる菩薩の絵葉書はそれからずっとリビングに。
ようやく宇治平等院鳳凰堂に詣でることができたのは、その数年後、法然院のコンサートに出演させていただいた翌日でしたが、様々な音楽が降り注いでくるようでした。
このレリーフを眺めていて浮かんだフレーズが「浮雲」の主題。


・・・・岩城正夫先生宅にて・・・

2019年夏、自宅にある古い法螺貝を修復していただくために、しばしば岩城正夫先生(和光大学名誉教授)を訪ねていました。岩城先生は関根先生の恩師で、関根先生からご紹介いただきました。「古代発火法」の大家。現在90才の先生は、85才から始めたというギター演奏を披露してくださいました。誰かに教わるのではなく、自分で知っているメロディーを奏でるという演奏。
せっかくなので、デュエットしましょう、と先生には開放弦のままのアルペジオを弾いていただきセッション。この時に浮かんだのが「浮雲」の主題でした。
ヴィラロボスにも確かこの1コードだけの曲があったなあ、と思い出し、「和」の1コードの作品にしてみようと思いついたのでした。

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浮 雲(Ukigumo) Floating clouds

宇治平等院鳳凰堂の阿弥陀さまの周囲には多くの雲中供養菩薩が雲に乗り飛び交い、様々な楽器を奏で、舞っています。命を全うした暁には、このようなお迎えで極楽へ、という信仰です。
その中の横笛を奏でている菩薩像にインスパイアされ2019 年夏に出来た作品です。
儚げな浮雲はやがて連なり雲海に。柿本人麻呂が歌った壮大な情景が広がります。

85才を機にギターを始められた年長の知己と一緒にアンサンブルするために作ったので、和音はずっと一つ。ギターの開放弦のミラレソシミだけで出来ています。

フルートソロの箇所は星の林に棲む鳥の囀りをイメージしカラートリルを使いました。
ギター伴奏も夫々のソロも演奏者の趣味や技量に応じ好きな様にアレンジして楽しんでい
ただければと思います。

天の海に 雲の波立ち 月の舟 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ (柿本人麻呂)

In the sky like an ocean, cloud waves rise and the moon boat,
rowed out into a forest of stars, then is out of sight.

             (Hitomaro Kakinomoto) Translator : Mari Shirakawa



(演奏者 プロフィール)

[フルート]
白川真理 Mari Shirakawa

武蔵野音楽大学卒業。青木明氏、佐伯隆夫氏に師事。
84年~86年ミュンヘンにてM.ヘンケル女史の下研鑽を積む。
故・川崎優氏率いる日本初の女性プロフルートアンサンブル『ム
ジカ・フィオーレ』の主要メンバーとして活動。
その後はフリー奏者として室内楽等で活動。

2000年より植村泰一氏に師事。2003年より武術研究者・甲野善
紀氏の下、その術理を楽器演奏に応用する研究に取り組む。
専門誌『ザ・フルート』に『古武術に学ぶフルート』を2年間
連載。関連の講習会を日本フルート協会主催『第16回日本フ
ルートコンヴェンション2013 in 高松』を始め、様々な学校、
団体より依頼される。
CD『SERENADE~flow~』(監修:川崎優、Pf.:寺嶋陸也)
『無伴奏フルート作品の夕べ~銀のロットと共に~』、
フルート編曲譜『シャコンヌ/バッハ』がアルソ出版社より発売中。

今回使用したフルートはマイユショー製で、1873年、初代ルイ・エスプリ・ロットが引退する2年前、66才の時に作ったもの。頭部管はオリジナルだが、それ以外の破損していた箇所を2018年に秋山好輝氏が19世紀当時のマイユショーや銀の食器を素材として修復した。


[クラシックギター]
宇高靖人 Yasuhito Udaka

高知県岡豊高校2年よりクラシックギターを始める。
桐朋学園大学短期大学部ギター科卒業。
第16回日本重奏ギターコンクール第一位。
ギターデュオ「いちむじん」として結成~2016年まで12年間
活躍した。代表作には福山雅治主演2010年NHK大河ドラマ
「龍馬伝」エンディング曲を担当した。
現在は、クラシックギターの名曲を主にした演奏活動を行
なっている。
音とお話のユニット「おとばな」のリーダーとしても活動中。
2017年、いちむじんの育ての親「松居孝行」氏とのデュオア
ルバム「gentle」リリース。
また、2018年2月1日、「おとばな」として初アルバムCD「お
とばなオリジナルセレクション」をリリース。
同年、2月15日にはフルートとギターのデュオ「アルボル」の
初アルバムCD「the garden」をリリース。
作曲では、高知龍馬空港のテーマ曲、アイゴッソ高知(現在
は高知ユナイテッドSCに統合)公式応援歌、高知銀行ZEYO
ローンTVCM曲を担当。
アジア開催初となるラグビーWC2019VP音楽担当。
宇高音楽教室主催。(茨城県・東京都)
https://udakamusic.jimdo.com/
桐朋教育研究所桐朋講座ギター講師。
桐朋学園芸術短期大学非常勤講師。
フルート×ギター×語り~音とお話のユニット『おとばな』


写真は昨年6月、宇高さんとのコンサート


昨年8月、岩城先生と「浮雲」初演
 


昨年10月、宇高さんとスタジオ録音。