☆ 住 吉 大 神 浄 め 給 う ☆

天皇陛下、ありがとうございます。ご先祖の皆様、お父さん、お母さん、家族の皆様、ありがとうございます。

五月の神示

2017-01-14 23:59:08 | 今日の光明法語

5 月 5 日 ( 昭和 7 年 ) 無限供給の神示

「 われは 道(みち)である、光である、生命である、智慧である、
光は 先(ま)ず東方(とうほう)より現(あら)われて 遍(あまね)く一切(いっさい)を
照(て)らすのである。
生長の家が 日本に現(あら)われたのも 因縁(いんねん)のあることである。・・・・・・」

5 月 6 日 ( 昭和 6 年 ) 新天(しんてん)新地(しんち)の神示

「 見よ、われ 既に 天地を新(あら)たならしめたのである。
人々よ、眼(め)の蔽(おお)いをとれ、われは 新しき智慧である。新しき生命である。
新しき宇宙である。新しき光明である。
われ臨(きた)って 此(こ)の世界は 既に変貌(へんぼう)したのである。・・・・・」

5 月 27 日 ( 昭和 7 年 ) 久遠(くおん)天上(てんじょう)理想国(りそうこく)実現の神示

「 『 生長の家 』 の因縁(いんねん)を書き置(お)く。
『 生長の家 』 とは 人間が附(つ)けた名(な)ではない。神がつけさせたのである。
『 生長の家 』 とは タカアマハラのことである。・・・・・」

5 月 30 日 ( 昭和 6 年 ) “ 心の法則 ” と “ 平和への道 ” の神示

「 吾(わ)が来(きた)れるは 古(いにし)え誤(あやま)れる道徳観念を修正し、
新しき 正しき生き方を 人類に示(しめ)さんがためである。
『 治(ち)にいて 乱(らん)を忘れず 』 と言うのが古(ふる)き人類の道徳であったが、
『 生長の家 』 の生き方は 乱にいて 治を忘れざる生活である。・・・・・」




四月の神示

2017-01-14 23:20:32 | 今日の光明法語

4 月 5 日 ( 昭和 6 年 ) 万教(ばんきょう)帰一(きいつ)の神示

「 われに姿(すがた)かたち あるように言うものあれど われは姿なきものである。
われは 道(ことば)である、われは 霊性(れいせい)である、智慧である、愛である、
生命である、われは如来(にょらい)である、われは 一つにして 多(た)である。・・・・・」


4 月 10 日 ( 昭和 7 年 ) 無相(むそう)円相(えんそう)一切相(いっさいそう)の神示

「 吾(わ)が臨(きた)れるは 物のためではない、生命のためである。
肉のためではない、霊(れい)のためである。・・・・・」





三月の神示

2017-01-14 22:21:30 | 今日の光明法語

3 月 14 日 ( 昭和 7 年 ) 『 いのちのゆには 』 の神示

「 見真道場(いのちのゆには)とは 真(まこと)を見(あら)わす
斎(きよ)めの場(にわ)である。 『 真(まこと) 』 とは
『 生命の実相(まことのすがた) 』 のことである。
斎(きよ)めるとは 迷いを除(のぞ)くことである。・・・・・」


3 月 15 日 ( 昭和 7 年 ) 使命(しめい)邁進(まいしん)の神示

「 人が どう思うかも知れぬと、そんなことばかり気にかけているようなことでは
心の苦しみは 絶(た)えぬものだ。自分が どの位(くらい) 愛したか、
自分が どんな仕事をしたか、そればかりを考えるが好(よ)い。・・・・・」


3 月 16 日 ( 昭和 8 年 ) 至上者(しじょうしゃ)の自覚の神示

「 人 即(すなわ)ち 神であると言う真理を知らぬ者が多いのは 気の毒である。
『 生長の家 』 が 此世(このよ)に出現したのは すべての人々に
此(こ)の至上の真理を知らさんが為(ため)である。・・・・・・」




二月の神示

2017-01-14 21:50:50 | 今日の光明法語

2 月 4 日 ( 昭和 7 年 ) 自他(じた)一体(いったい)の神示

「 『 生命の實相 』 を 読んで 自分だけが 真理を悟って それで善(よ)いと
思うものは まだ ‘ 生命の実相 ’ を 悟ったものではない。
真理は 自他一体のものであるから、ひとに伝えるとき、其処(そこ)に
『 結び 』 の力が発現(はつげん)するのである。・・・・・・」


2 月 9 日 ( 昭和 7 年 ) 上求(じょうぐ)菩提(ぼだい)・下化(げけ)衆生の神示

「 実生活は 捨ててはならず、捨てねばならぬ、そこが難(むつ)かしいのである。・・・・・・」




一月の神示

2017-01-14 21:11:30 | 今日の光明法語

生長の家の御教えは、神示が根本になっておりますが、
33の神示について、月毎の神示と冒頭の句を謹写させていただきます。

谷 口 雅 春 先 生 『 如意自在の生活365章 』 36頁
「 わたしたちは、もっと神示を繰り返し読んで その真意を味読(みどく)すべきである。 」


1 月 6 日 ( 昭和 8 年 ) 梅(うめ)の花の神示(しんじ)

「 梅の花の開く時節(じせつ)が来たのである。・・・・・ 」


1 月 6 日 ( 昭和 21 年 ) 大和(だいわ)の国の神示

「 われ再び 大日本(だいにっぽん)天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)天皇(すめらみこと)と
云(い)う意味について語(かた)らん。・・・・・・」


1 月 11 日 ( 昭和 7 年 ) 声字(しょうじ)即(そく)実相の神示

「 吾(わ)が 第一の神殿は 既に成れり。名付けて 『 生命の實相 』 と言う。・・・・・・」


1 月 15 日 ( 昭和 6 年 ) 完成(ななつ)の燈台(とうだい)の神示

「 時が来た。今すべての病人は起つことが出来るのである。・・・・・・」


1 月 25 日 ( 昭和 8 年 ) 自然(じねん)流通(るつう)の神示

「 『 生長の家 』 は 奇蹟を見せるところではない。
『 生長の家 』 は 奇蹟を無(な)くするところである。・・・・・・」