「東天の獅子」 夢枕獏著
時は明治。
欧米の文化がものすごい勢いで入ってくる中、衰退していく柔術界から1人の男が立ち上がった。
その男の名は嘉納治五郎。
言わずと知れた講道館柔道の創始者である。
そしてその講道館四天王のひとり、横山作次郎。
同じく四天王のひとりで姿三四郎のモデルとなった、西郷四郎。
四郎と同郷の大東流合気柔術創始者、武田惣角。
他に、中村半助、佐村正明、大竹森吉etc
唐手の松村宗根。
そしていわゆるバーリ・トゥードの創始者といってもいい前田光世。
本書はこの柔術~柔道への移り変わりを上記のきらびやかなメンツとともに熱く物語ったものである。
もともと前田光世について書こうとしていたものがおもいっきり脱線したらしく、彼が出てくるのはラスト数ページだけ(笑)
しかし、彼と四郎との出会いもまた衝撃的。
にしても柔術vs柔道の試合は凄まじい。
ほとんど殺し合いに近い。
当時はもちろん体重別なんてないわけで。
153cm、53kgの小さな四郎が100kg近い山のような猛者相手に山嵐で脳天から叩き落す。
骨が折れようが、靱帯がぶち切れようが試合が終わることはない。
こういう死闘があって柔道が誕生したんだなぁと感慨深い想いで読ませてもらった。
最後に本文から一部抜粋。
「嘉納治五郎という人間は、天才であった。一種の異様人であったと言ってもいい。このような精神と肉体が、どうして明治という時代に生まれ得たのか。明治という時代であるからこそ、このような人物が輩出されたのか。
もしも嘉納治五郎という人間がこの時代に生まれていなかったら、当然ながら柔道というものはこの世に存在しなかったであろうし、素手の武道というものは完全に形のみを残す形骸化したものになっていたであろう。
後に、柔道や柔術が世界に広まって競技化してゆく過程を眺めると、明治という時代に嘉納治五郎という存在が柔道という新時代の武道を創設したということは、人類史的な事件であったと言ってもいい。」