「人が全世界をもうけても、自分自身を失い、または損したら、何の得になろうか」ルカ9:25
「ノア…ヨブ…も…その息子娘を救うことが出来ない…自身を救い得るのみ」エゼキエル14:14~
家族や周りの人々のために奉仕し犠牲を払う精神はよいことですが、
それは‟自分のため”であり、‟自分のためにしか行えない”ことを知っておくべきかもしれません。
「わたしについて来たいと思うなら、自分を捨て…て、わたしに従って来なさい」マタイ16:24
「自分を捨てることが自分のためになる」のではなく、
「自分の思いよりも主の御心に従うことが自分のためになる」という意味です。
そのためには、自分自身で主から直接の啓示を受け、御霊の導きに従わなければなりません。
イエスの時代、多くの人々が「神に従っている」と思い込み、主に従いませんでした。
戒めを守るために犠牲を払っていたにも関わらず、その犠牲は自分のためになったのでしょうか。
わたしたちが主を信じて従うのは「自分自身の救いのため」です。