混血の首都、キューバでの待ち合わせ、
「獲得された嗜好」という言葉があるようで、
はじめは奇怪でなじめないものでも、すこしずつ馴染んで、
それがいつしか大好きになる・・・という意味を持っている(そうです)。
出発の日、荷物が多かっただろうか、それとも少なかっただろうかとくり返し、
たぶん、数枚の、気に入ったTシャツを着回すわ、ときっと女は答えるでしょう。
そんな心配はあなたらしくて、けれど、いつまでたっても心配が尽きないのね、と
そう言いながら髪に指を通したり、それを細い指先でくるくると巻きつけたり、
カフェのテーブルに肘をつく女の姿がここにないのは―
待ち合わせはキューバの首都ハバナだからだ。
はて、煙草は吸えただろうか?
それとも土産に、気が合う仲間でもできたら、ラテン音楽に体を揺らしながら
そっと、さりげなく、日本の煙草を差し出せば粋な振る舞いになる。
ふと思い出す。
キューバに誘われた理由を。
混沌とする世界がどこへ向かっていようとも、
そんなものはおかまいなしに、酒を浴び、同じ毎日のくりかえし、
陽が昇れば目覚め、飯を腹にため、仲間たちと語らい、ときどき仕事をして寝る。
それでなにが不満だ?と彼らは私たちの方がクレイジーだと必ず言うだろう。
この世の不幸などどこにあるのだと贈り物のような言葉を、笑顔を、
旅人に向ける褐色の美しい肌の持ち主たち。
ムラトとは白人と黒人のミックスの呼称だが、
目前の初老男性の目は青い。が、肌はキューバ色で、
私たちよりもだいぶウェーブがきついものの髪は黒だ。
男性は言う。
おまえの国籍がどこであろうと、そんなものは関係ない。
俺たちはすでに仲間だ、と。
私たちは風で、頭上にあるつむじも、指先の指紋も、ぐるぐると渦を巻いて
それが風の生まれる場所であることを知っている人はまだ少ない。
風と風は出会うために生まれて、風に乗って流れて、風の国にやってくる。
そこがキューバだ。