風の生まれる場所

海藍のような言ノ葉の世界

空や雲や海や星や月や風との語らいを
言葉へ置き換えていけたら・・・

過去から届けられた夢

2007年10月07日 10時34分24秒 | エッセイ、随筆、小説









ある人は私を護るために自分の命を差出した。

そして目前で亡くなった。






私たちは当時まだ若く、なのに深い愛情で結ばれ、どこへ行くにも一緒だった。

その人の口癖といえば「お前を護るために生まれてきたからな」と事あるごとに口にし、

本当に私を護るためだけに生まれてきたような人だった。

最期まで。

口癖ではなく、あの言葉が本当だったのだと気付いたとき、

もう彼はいなかった。







命が遠のいて、風がそれらをすこしずつ運んでいく様子をみている間もずっと、

私の感触を確かめるように優しく手を握り、

自分の役割りを全うできて幸せだったと何度も繰り返した。

そこに残ったものは彼の微笑みと

私を護るために逝ってしまった彼の思いと

それを貫いた彼の愛情が物語る生きる意味のようなものだった。








昨夜はなかなか寝付けずにいた。

どこが痛いわけでも、苦しいわけでもなく、

本当にここが東京なのかと疑いたくなるくらい静かな夜、

空気が徐々に重さを増していく夜の中心に身を置き、

目を閉じたり、呼吸に意識を集中させたり、鼓動の動きや振動に耳を澄ませ、

はやく朝がくればいいな・・・・・・と思っていただけだった。

朝を待ってから、本能があくびをし理性が目覚める頃合に

何通か送りたい電子メールがあったためだ。







気付かなかった、まったく。

そして、なぜ気付かなかったのかもわからない。

送られてきた時刻を確認してからその電子メールを開けた。

5時間前。

またひとりになってしまうの?

私が返信に宛てた短い文章を無意識のうちに送信し、その後、深い眠りに就いた。








その人はある大学に勤務する研究者で、

ひとりで息子を育てている。

なぜ息子を引き取ったの? 

確か私がはじめて彼へ向けた質問がそれで、

「女にできて男にできないわけがない」と力強い意思を窺わせる言葉に感動したものだった。

また、息子は僕に育てられなければ幸せにはなれないとも確か言っていた。

ただ、まだ当時小さかった娘を引き取れなかったことが心残りで・・・・・と。

そこからときどき会ったり、私の疾患のことを話したり、運動会が雨で中止になったなど、

私が聞き役に徹するかたちで友人関係がはじまった。







他愛ない会話の中にも彼の深さや優しさがいつも滲み出ている。

彼は論文をすらすらと書き、私は拙い文章と格闘し、

生まれ持った脳の出来の悪さにときどき自覚できないほどの痴呆が加わる。

ちきしょーと感情をぶつけると、あはは・・・とだけの返信。

彼は信用に値する人間だといつも思うのは私の方だった。











風邪をひいた。

彼がメールの返信が遅くなった理由を挨拶かわりにしていた。

息子に看病してもらったと続くものだと言葉を追っていくと、

ジャカルタ行きになりそうだ、といきなりの展開に私は正直戸惑いを覚えてしまったのだ。

息子とふたりで?

期間は?









彼の話を聞くのが私は好きだった。

息子への愛情や思い、それは息子だけに向けられるものではなく、

その他多くの人間やこの世界に向けられるものだといつも思いながら

私は彼の話や電子メールを楽しみにしていた節があったことに気付かされた。

いきなり。

それも夜の中心で。

そこで無意識のうちに返信に宛てた言葉が一言、

またひとりになっちゃうの?

きっと驚いたのは向こうの方だろう。

 

 

 

私が夢でさまざまなものを感受することは彼も知っているので、

過去から届いたと言ってもさほどそれには「また届いたか」程度の反応だろうと思う。

問題はその内容だ。

彼は黒いどろどろした印象の男となにやら話をしていた。

周囲は森の中にぽっかり口をあけた山荘のような場所で、

私が到着したときには、彼の時間は刻々と最期へ向かっていた。








お前を護るために生まれてきたからな。

彼の息子は私たちがその人生で出会うはずの魂の輝きを放ち、

今世、別のかたちで彼とは再会を果たしていた。

さて、私だ。

目覚めると涙がとめどなく溢れた。

私が人を護りたいと思う強い気持ちは、

命を代償に人に護られてきた過去があることを届けられた夢によって気付かされ、

さまざまな出来事の符号が日曜日の朝を涙で何もかもを滲ませた。







多くの人に護られてきた過去がある。

そして、今世においても多くの人に護られている。

過去から届けられた夢は私の不安定な立ち位置をここだと教え、

風の容れものである人間の、私の、磨き方を

手取り足取り魂に刻む作業を夢を使って行っていた。








天才とは痛みに耐え続ける人間のことを言うのだぞ。

今日で3日連続だ。

染師の朝は早い。

言葉が心に染み入ったことを確認したのか、

体調のいいときでいい、お前から連絡をよこすまで俺は待っている。







受話器を投げつけたような耳障りなだけの電話が切られた無機質な電子音、

静かな朝を知らせるカラスの鳴き声と夢の余韻、

過去から届いた遠い記憶、染師の言葉、

それらすべてが私の体をぐるぐると巡り、

それが肉になったり骨になったりそのまま血管内に留まり、

力とは、人を護るためだけに使うのだと私は遠い記憶を思い出した。

人を護るときだけに差し出す力・・・・・・









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