下記の厚労省の統計からの表に示すように、1980年以降日本人の死因の第一位は悪性新生物(がん)です。また40歳から90歳までの年齢層においても死因の一位はがんです。日本人のがん罹患率も年間160万人と増加を続けています。大阪府立成人病センターの記事を見ても、大阪府のがん罹患数、死亡数ともに2005年は1975年の2.5倍近くになっていることが解ります。日本人の二人に一人は一生の間に癌になりますし、3人に一人は癌で死ぬのが日本の現状です。
日本の主な死因順位の変遷 大阪府のがん罹患数
このような統計だけを見ると、日本のがん医療が諸外国と比べて遅れていると勘違いをしてしまう人が中にはいますが、私が以前から指摘しているように日本における早期癌への治療は進んでおり、早期癌は根治してしまい、一生のうちに複数の癌にかかる高齢者が増加することでがんの罹患率が増加し、高齢者が他の病気で亡くならず、結局癌で死亡するから死因としての癌が増加する事を理解する必要があります。決して若い人のがん死が増加しているわけではありません。まあ勘違いしているだけならば良いのですが、本気で日本の急性期がん医療が間違っていると思い込んで正しい癌の治療を拒否してしまう「意識高い系」を自任する人達がいるので現場では困ることが度々あります。私もいままで複数のそのような方に遭遇し、適切な時期に治療をしなかったり、インチキ民間医療に走ったためにいよいよ重体になってどうにもならない状態になって救急車で病院に搬送されるといった経験をしてきました。その状態からは辛い状態をしのぐ一時的な処置と緩和医療しかできませんし、一番苦しい思いをするのは患者さん自身です。
H6年とH23年の人口10万人あたりの癌死亡数(縦軸は人数)超高齢者は増加 H6年とH23年の全死因にしめる癌の割合(がん死数/全死亡数)若年者ではがん死はむしろ減っている
厚労省の死亡統計から作成した平成6年と22年の人口10万人あたりの年齢別がん死亡数を見ると、高齢者のがん死は増加しているものの、若年者は同等または減少していることが解ります。小児がん死は一見増加傾向に見えますが、小児の死亡率自体が減少しているので実患者数は減っていることが死亡統計の図からわかります。つまり高齢者の寿命ともいえるがん死(天寿癌)は増加していますが、若い人のがん死が増えている訳ではないのです。
H6年とH23年の全死亡者数(実数)の年齢別推移 (縦軸は対数で人数、小児、若年者は死亡者数自体が減っている)
では全ての領域において日本のがん医療が優れているかというと、医師である私から見てもそう思えない分野が多々あります。それは終末期におけるがん医療です。治癒が期待できる早期癌については、現在の日本の医療は大変優れていると思います。しかし転移を伴う進行癌の治療についてはどうでしょうか。現実には早期癌を扱う急性期病院がそのまま進行癌や終末期の癌、看取りを含めて対応しているというのが現在の姿です。しかし欧米においては医療制度の違いもありますが、それぞれのステージにおいて医療の棲み分けがなされていると言えます。確実に治る早期癌の人が手術をしてどんどん退院してゆく隣で末期がんの人が点滴につながれて緩和医療を延々と行っているというのは明らかに異常な姿です。患者さんにとってもそのような病室で終末期を迎えることが残り少ない人生を自分らしく生きる助けになるとは思えません。
完治できない進行を遅らせるだけの治療であっても、自宅で苦痛なく普通に生活できることが前提の医療であれば、急性期病院でがん治療することは目的にかなっていると思います。しかし終末期になり、緩和医療が中心になったら自宅でホームドクターの往診を受けながら過ごすか、ホスピスのような自分のペースでのんびりと過ごせる病院で最後を迎えるのが優れた医療と言えると思います。特に患者さん本人や家族への「こころのケア」に配慮した医療ができれば最高だろうと思います。
日本のがん医療が遅れているのは「終末期の医療」においてです。