シリアはアサド政権が崩壊し、米国がテロリストと認定したアルカイダ・アル・ヌスラ戦線系のムハンマド・ジャウラニ氏指揮下のシリア解放機構が占領しています。彼はイスラム原理主義とは距離を置いて国際社会に受け入れられる路線に変更し、全てのシリア人のためのシリア国を作ると言っていますが、彼以外の戦闘員たちにそのつもりはなく、早速アサド政権側についていた国民の虐殺、迫害が至る所で起きています。イスラム原理主義を信奉する彼らは、異教徒が支配する聖都エルサレムを解放すると叫ぶ者も多いようです。
ダマスカスからエルサレム解放を叫ぶ戦士達
I. シリア国の消滅、地域の今後
イスラエル軍は12月10日、シリアに備蓄されている戦略兵器の大半を爆撃したと発表、同国全土に480回以上の空爆を実施したと主張しています。イスラエル空軍は約350回の有人機による空爆を遂行。飛行場や対空砲、ミサイル、ドローン(無人機)、戦闘機、戦車、兵器製造施設を標的にダマスカス、ホムス、タルトゥース、ラタキア、パルミラの各地を攻撃しました。さらに追加の空爆を130回、地上作戦中に行い、兵器の保管庫、軍事施設、発射装置、砲撃用の陣地を標的にしたということです。また船舶からは15隻の艦船が配備された海軍の施設2カ所を攻撃。対艦ミサイル数十発を破壊したとし、イスラエル海軍はシリアの艦隊を壊滅したとカッツ国防相が発表していました。イスラエルは、シリアの反政府組織がいずれイスラエルに歯を剥くことが無いよう、シリアの国土を非軍事化する意図があったと言えます。そしてゴラン高原から東北にのびる砂漠地帯を実質イスラエルの領土(非武装地帯)にする目的があったと言えます。
アサドを追放する事を目的とし、シリア内戦でイスラエルはアルカイダを支援していたとするエルサレムポストの記事
2024年12月8日現在のシリア地区を支配する勢力(アル・ジャジーラによる)
一方トルコが支援するシリア国民軍はトルコ国境からダマスカス近郊までを支配し、トルコ領内の500万人とも言われるシリア難民を押し返す方策をとると思われます。シリア北東部を支配するクルド人勢力(SDF)は、米国が支援していましたが、今後イスラエル、米国が敵視するイランと交戦する場合に限って支援を継続する可能性はあるものの、クルド人の独立国建設を支援することはない様に思います。ユーゴスラビアが分割された様に、シリアは、「国は消滅」して「旧シリア地域がいくつかの勢力に分割」されて今後紛争を続けながら残ってゆくというのが現在の見通しと言えます。
各勢力の思惑が錯綜するシリア情勢、日本人的な義理や人情では理解できない。今自国を激しく爆撃しているイスラエルと手を取り合って生きる?本当ですか?
II. 原理主義の台頭を調整してきたアラウイ派
西欧的生活を実践してきたアサド大統領
シリアは古代キリスト教が栄えた地域でもあり、現在も多くのキリスト教徒がイスラム教と共存しています。周囲のアラブ諸国が厳格なイスラム主義を採る中、少数派であるアラウイ派は比較的穏健で世俗的な対応を取って来たために、シリアのダマスカスは観光地としても栄えてきました。親子で大統領を務めたアサド家の家族写真を見ても、女性たちがイスラムの規範に捕らわれない自由な服装をしています。それに対立する反政府勢力はイスラム原理主義を信奉する勢力であり、本来西側諸国が「テロリスト」と規定するもので支援などあり得ない勢力です。つまりアフガニスタンのタリバンと同じと言って良いでしょう。
米国のジャーナリスト、シーモア・ハーシュ氏によると、アサド大統領(子)は温厚な人柄で、強圧的な弾圧は好まないのだが、権力を持つ近親者たちの腐敗は著しく、結果的に反体制派への非人道的な弾圧にもつながっていったと大統領自身との会談などから述懐しています。2011年にシリア内戦が激化する前、アサド大統領はより民主化した制度を導入することを反体制派や西側諸国に提案しましたが、アサド政権自体を崩壊させたい西側陣営は受け入れず内戦激化につなげてゆきました。「アラブの春」は民主化が目的などではなく、単に「西側に都合が良い政権を作る」が目的であったことが明らかです。現安全保障担当大統領補佐官のジェイク・サリバン氏はオバマ政権時にヒラリー・クリントンに宛てて「シリアではアルカイダAQは我々の味方だ」とメールを送っています。2001年にアルカイダを匿ったとしてイラクを武力で崩壊させたのは米軍だったはずですが。
イラク、リビア、ソマリア、スーダン、エジプトなどの中東やアフリカの諸国で、フクヤマが「歴史は民主主義で終わる」と規定したにも関わらず西欧的民主主義がなぜ根付かないのかについて、後の著書「政治の起源」でフクヤマおよび師のハンチントンもある条件が整わないと正しく民主主義が根付くことはないと説明しています。
政治が機能するには三つの政治制度、すなわち「国家」、「法の支配」、民主的「政府の説明責任」が整い、これらがある種の均衡を持たなければならないという主張です。またこの三つにも優先順位があり、実効性のある「強力な国家機構」、次いで「法の支配」、民主的説明責任に基づく「抑制の制度」という順で社会が進む必要があると説きます。フクヤマによると、中国や日本には古来強力な国家機構があり、法の支配も比較的行きとどいていたとされます。中国には民主主義制度はありませんが、台湾や日本は憲法に基づく権力者の自己抑制の制度があるから民主主義が根付く土台があると説きます。中南米のコスタリカは人口500万の小国ながら一人当たりGDP1.2万ドルの豊な国であり、その秘密は1949年に施行された憲法が軍を持たず(クーデターがない)、権力者にも抑制を効かせる制度を作っていることにあると説明します。専制制度の下でも「法の支配」に民衆が慣れていないと、外から与えられた民主主義は突然与えられた平等を幸いとする「身内の利権確保」にしか使われず、後進国にありがちな腐敗と利権の社会にしかつながらないと解説します。社会主義から解放されたロシアやウクライナ、東欧の国々が表面的に民主主義的でありながら腐敗と利権が蔓延る社会である理由はその辺にありそうです。まあ現在の米国の様に強者が「法さえ守れば自分の利権追求をいくらやっても良い」と考える社会もいびつな民主主義だと思いますが、それはフクヤマも指摘しています。
表面的な善悪でしか報じない小学生並みの日本のメディアでは現在の中東・世界情勢を理解することは全く不可能でしょう。グローバリスト御用達の池上彰氏でも「西欧諸国のご都合主義」に触れなければ現在の状況をわかりやすく説明など不可能と思いますがいかがでしょう?