とっさに思い浮かべた作品が、スタンリー・キューブリック監督の『博士の異常な愛情』とロベルト・ベニーニ監督主演の『ライフ・イズ・ビューティフル』だった。
ともに、おろかな戦争を痛烈なユーモアとアイロニーでぶった切った傑作だからだ。
『わが教え子、ヒトラー』も全く同じタイプの作品である。そのタイトルに、内容は硬派で真面目、厳然としたナチズム批判だと誰もが想像してしまうだろう。ましてやプレスやリリースに挿入されている写真など見ると、これから見る人は身構えてしまい、二の足を踏んでしまうかもしれない。
宣伝部の方に、「喜劇なのにどうしてこんな硬いプレスリリースを作ったのか?もっと軽いプレスにすればよかったのに」と、大きなお世話だが、サジェストしていた。
そのくらい、この作品は全くの喜劇でお笑いなのである。
ヒトラー政権が連合軍の侵攻により、衰退の一途を辿っていた1944年12月。この頃、ヒトラーは負け戦を前に自信喪失に陥っていた。その自信を取り戻させるために、ドイツ軍は収容所にいたユダヤ人の俳優を使い、ヒトラーのセラピスト役の命令を下すのだ。
全くのフィクションだが、この発想の面白さに度肝を抜かれた。スクリーンの中で、私は初めて気弱でボロボロになった鬱のヒトラーの姿を見たからだ。
もう、それだけで痛快な喜劇である。ヒトラーという独裁者の裏面を描いたシニカルな喜劇である。ドイツ軍人たちが出会うたびに手を上げて「ハイル、ヒトラー」というあの有名な挨拶を茶化すシーンには、カンラカンラ大笑いしてしまった。
「情けないヒトラー。それを励ますのがユダヤ人」
これこそ、ホロコーストへの最大なる皮肉だ。
ユダヤ人の俳優を演じたのがウルリッヒ・ミューエ 。『善き人のためのソナタ』で素晴らしい演技をしてくれた男優だ。しかし、悲しいことに、彼は、『善き人のためのソナタ』の後にガンを患い、『わが教え子、ヒトラー』が、遺作となってしまった。実に惜しい。
そんな意味も含めて、今年見た作品の中で、私のベスト10に入ってくれそうな力作だ。
わが教え子、ヒトラー公式サイト
監督・脚本
ダニー・レヴィ
出演
ウルリッヒ・ミューエ
ヘルゲ・シュナイダー
シルヴェスター・グロート
2008年9月6日(土)公開
ル・シネマにて公開
[2007独/アルバトロス・フィルム]
上映時間:95分