俳優の特殊メイクが功を奏した作品で記憶に新しいのは、シャーリーズ・セロンが醜い殺人鬼役でオスカーを受賞した「モンスター」だった。
しかし、私はどうもこの作品は好きではなかった。ストーリーも平板なものであったし、殺人を繰り返してしまう主人公のモチーフが浅く、哀感も安っぽいものだった。もし、シャーリーズ・セロンにオスカーを与えるのなら、ニュージーランドの女流監督ニキ・カーロの作品「スタンドアップ」の主役が一番適切だったような気がする。
そして、今回の「ベンジャミン・バトン」で、ブラット・ピットが特殊メイクに挑戦した。80歳で生まれ、どんどんと若返っていく数奇な運命の男・ベンジャミン・バトンの役である。
序盤は、特殊メイクでシワシワのおじーさんになったブラピを、面白おかしく見てはいたものの、中盤になってからはそれが全く気にならなくなっていた。特殊メイクだけで作品を成功させようとする、あざとい意図や狙いがないことを確信したのだ。
というのも、大ベストセラー「グレート・ギャツピー」や「雨の朝、パリに死す」を生んだ作家・F・スコット・フィッツジェラルドの原作が基盤になっているからだろう。原作が優れていると、同時に脚本も優れてくる。これこそ良作の宿命なのである。
人は生まれ、寿命で死んでいく。これが人間の逆らえない運命である。しかし、すでに寿命に達した年齢で生まれ、時代に逆行しながら若返っていくことの残酷さと悲しさを考えて欲しい。自分の愛する恋人も友達も、自分が若くなればなるほど、年をとってしまい、乖離していく。地球の中で、ぽつりと放り出されてしまった孤独な男の悲哀をブラット・ピットは見事に演じていた。
1980年にロバート・デ・ニーロが、27キロも体重を増やして挑んだボクサー役の「レイジングブル」という傑作があったが、今回のブラピの終盤の演技に、形は違えども、私はデ・ニーロを重ねていた。
1月28日に、この作品でブラッド・ピットと監督のデビット・フィンチャーが来日する。この作品への熱い思いが存分に聞けそうだ。
ベンジャミン・バトン公式サイト
監督: デビッド・フィンチャー
出演: ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、ティルダ・スウィントン、タラジ・ヘンソン、イライアス・コティーズ、ジェイソン・フレミング
2008年/アメリカ/167分
配給: ワーナー・ブラザース映画
2009年 2月7日(土)より丸の内ピカデリーほか全国ロードショ