古代より潮待ちの港として知られた港町。
常夜燈
「安政六年己未七月」(1859年)に建造された、鞆の浦のシンボル。
鞆城跡
足利義昭が一時滞在したことで知られる。後に福島正則により大規模な改修が行われている。
現在は鞆の浦歴史民俗資料館があります。
鞆城跡よりの眺め。
山中鹿之助首塚
天正六年(1578)山中鹿之助は毛利勢に捕らわれ「阿井の渡し」で殺害された。
その後、毛利輝元さらに鞆の浦に滞在していた足利義昭が首実検したとされ、首塚の近くに埋葬されたと伝えられている。
福禅寺対潮楼
朝鮮通信使の迎賓館として使われた客殿「対潮楼」が有名な真言宗大覚寺派の寺院。
いろは丸事件の際に坂本龍馬ら海援隊と紀州藩が談判を行った場所でもある。
「日東第一形勝」と称賛された眺望。
桝屋清右衛門宅
いろは丸事件の際、鞆港を訪れた坂本龍馬らが宿泊した。
龍馬が身を隠したという「龍馬の隠れ部屋」があります。
早速そちらへ
1階の天井の一部が開いて、ここから上がったようですが・・・・
いや無理だから!
現在は階段があります
こちらが「龍馬の隠れ部屋」です。広さは約6畳。
以前は窓の向こうに蔵があり、外からこの部屋はわからない状態だったそうで本当に隠れ部屋状態。
次回も鞆の浦です。
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