今日の研修会のテーマは「キッズサンガの推進」でした
キッズ=子ども
サンガ=仏教徒集団
の意味で、全寺院子どもの集い、についてであります。
1、お寺が、子供の安心していられる居場所を作る。
2、阿弥陀様とのご縁を結ぶ。
ことを掲げた上で、
40人以上の参加者が、4つの班に分かれて
話し合いがなされました
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いろんなご意見が出ました。
その中から、一部をご紹介します。
自分が親の時代は、忙しくて必死だったけれど
年を経て、いま、祖父母に教えられたことを思い出す。
孫に、お寺への参加をすすめている。
何もわからなかった孫を、お寺に連れて行ったら
参って良かった、また行きたい、と言っていた。
人と触れ合うことを、新鮮に感じたのだと思う。
お寺の存続の前に、家の存続が危うい時代なので、
各地区での、家々での教育から大切にして、お寺へと繋げたい。
小さいとき心に留まった「何か」が
何十年という時間を越えて、
大切な支えになったりするんですね
また、人と人が「触れ合う」ことには
わたし達が想像する以上に、
ものすごく、大きな意味があるのだと思います
「居場所」があって、
そこで「受け入れて」もらって初めて、
「個」の安心が生まれます。
安心を得た人は、輝きを放ちます。
ご講師の先生は、
「願いの言葉をかけられて、
お花がきれいに咲くように
願いが人を育てます・・・
」
とお話して下さいました。
また、個人主義がすすむ世の中ですが。
なにはともあれ、家族でお寺に参っていただければ
ご縁の中で、お育てにあいます。
その結果、自然と家も存続されてゆくのでは、、と思います。
お寺が、なぜ「わたしの居場所」と成り得るのか。
それは、阿弥陀様が「わたし一人」のために
願っておって下さることに
気づかせていただける場所、であるからです。
そして、そこには
願われている命を、共に喜べる仲間がいます。
しあわせの究極の形であると、わたしは思います。
「個」のしあわせを
「個」の中だけで探しても、永遠に見つからない、、。
考えにふける、小さなわたしの上を
軽やかに通り過ぎゆく秋風。
時の流れを、肌で感じた一日でした。
追伸:光善寺さんHPのブログも、
いろんなテーマを元に、ハイペースで更新されています。
お時間あるとき、また見ていただければ幸いです!!
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キッズ=子ども
サンガ=仏教徒集団
の意味で、全寺院子どもの集い、についてであります。
1、お寺が、子供の安心していられる居場所を作る。
2、阿弥陀様とのご縁を結ぶ。
ことを掲げた上で、
40人以上の参加者が、4つの班に分かれて
話し合いがなされました
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いろんなご意見が出ました。
その中から、一部をご紹介します。
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年を経て、いま、祖父母に教えられたことを思い出す。
孫に、お寺への参加をすすめている。
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参って良かった、また行きたい、と言っていた。
人と触れ合うことを、新鮮に感じたのだと思う。
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各地区での、家々での教育から大切にして、お寺へと繋げたい。
小さいとき心に留まった「何か」が
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何十年という時間を越えて、
大切な支えになったりするんですね
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また、人と人が「触れ合う」ことには
わたし達が想像する以上に、
ものすごく、大きな意味があるのだと思います
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「居場所」があって、
そこで「受け入れて」もらって初めて、
「個」の安心が生まれます。
安心を得た人は、輝きを放ちます。
ご講師の先生は、
「願いの言葉をかけられて、
お花がきれいに咲くように
願いが人を育てます・・・
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とお話して下さいました。
また、個人主義がすすむ世の中ですが。
なにはともあれ、家族でお寺に参っていただければ
ご縁の中で、お育てにあいます。
その結果、自然と家も存続されてゆくのでは、、と思います。
お寺が、なぜ「わたしの居場所」と成り得るのか。
それは、阿弥陀様が「わたし一人」のために
願っておって下さることに
気づかせていただける場所、であるからです。
そして、そこには
願われている命を、共に喜べる仲間がいます。
しあわせの究極の形であると、わたしは思います。
「個」のしあわせを
「個」の中だけで探しても、永遠に見つからない、、。
考えにふける、小さなわたしの上を
軽やかに通り過ぎゆく秋風。
時の流れを、肌で感じた一日でした。
追伸:光善寺さんHPのブログも、
いろんなテーマを元に、ハイペースで更新されています。
お時間あるとき、また見ていただければ幸いです!!