生産額は80年代から8割減
京都で1200年以上続く西陣織。1688年創業の細尾(京都市)12代目、細尾真孝社長は4月、欧州で商談を重ねた。
西陣織は染め上げた絹の縦糸と横糸を交差させ、金箔・銀箔を織り込む。細尾は技術力が高く評価され、クリスチャン・ディオールやシャネル、グッチなど欧州高級ブランドの店舗内装や製品に生地を提供してきた。
2023年には仏LVMHモエヘネシー・ルイヴィトングループで技能伝承を支援するLVMHメティエダールの呼びかけに応じ、絹織物産業の活性化で提携した。
「欧州ブランドにとって日本の職人が持つ高い技術は欠かせない」。日本法人の盛岡笑奈ディレクターはこう語り、細尾と連携して絹織物の素材開発や人材育成に取り組む。
世界が認める日本の伝統工芸だが、生活様式の変化などを受けて生産額は減り続けている。
国が指定する西陣織や備前焼などの「伝統的工芸品」(241品目)の生産額は20年度に870億円と1980年代のピーク時と比べて8割強減った。
日本の人口が2050年代に1億人を切るなか、国内市場のさらなる縮小は避けられない。
海外市場の開拓急務 ビームス、仏で商談会
「海外市場
「海外市場が新たな販売先として重要となる」。工芸品を軸にした生活雑貨店を全国に約60店展開する中川政七商店(奈良市)。千石あや社長は、日本の伝統工芸にとって外国人需要の取り込みが急務と指摘する。
3月に成田空港の出国手続き前区域に出店し、帰国前のインバウンド(訪日外国人)に鉄瓶や皿、ふきんなど600点を売り込む。23年11月から24年1月には台湾と中国に期間限定店を開き、計1万8千人を集めた。
セレクトショップのビームス(東京・渋谷)も海外の業者向けに工芸品を販売している。1月に仏パリで開いた展示会は招き猫やだるま、けん玉などが注目を集めた。
担当するビームスジャパン課の浅見武志氏は「日本のクラフトマンシップ(職人魂)への信頼は厚い」と語る。
職人の意志を尊重しながら、色合いなどを変える提案もしてきた。海外向けには贈答用のセット販売も試している。
海外の需要を開拓できても、工芸品を作り続けることができなければ、生き残りは難しい。伝統工芸の市場縮小と軌を一にして、担い手である職人(伝統工芸士)や従事者の数も減り続けている。
高齢化進む職人、後継者不足も
2020年度の職人の数は3730人と10年間で16%減った。
このペースが続く場合、職人の数は50年代に現在から約4割減の2000人程度まで減ると推計される。1990年度には約20万人いた従事者も、50年代には約2万人と10分の1にまで減るとみられる。
担い手が減り続ければ、地域によって伝統工芸が消滅する可能性もある。分業制で原材料や用具の作り手、流通業者など関連産業の裾野も広いだけに、地域経済への影響も小さくない。
職人の高齢化や後継者不足が深刻になるなか、最近は新たな担い手として女性職人の存在感が高まっている。女性の割合は20年度で16.5%と、20年前から約6ポイント上昇した。
女性職人、新たな担い手として脚光
男性中心だった伝統工芸の世界で、これまでと異なる視点で活躍する女性職人も増えている。
東海3県で活動する七宝や和紙、漆芸などの女性職人9人のグループ「凜九(りんく)」は、産地の垣根を越えた展示会などで情報発信に力を入れる。
凜九代表の梶浦明日香氏は、アナウンサーから三重県の「伊勢根付」の職人に転じた。
根付は着物の帯から巾着などをつるす留め具。梶浦氏はピアスとして使える製品も開発し、外国人にも人気という。「『古めかしい』といった工芸のイメージを壊して認知度を高めるには連携が必要」と強調する。
一人ひとりの職人の情報発信では限界があり、型紙彫刻を手がける那須恵子氏は「凜九の活動を通じて商談の引き合いが増えた」と手応えを語る。
均質な量産品にない風合いなどの評価も高まり、世界でオンリーワンとも言える日本の伝統工芸。増え続けるインバウンドを呼び込む観光資源として、地域振興を担う存在にもなる。担い手の育成や市場の拡大などで、世界を意識した取り組みが待ったなしだ。
(大林広樹、遠藤邦生、グラフィックス 藤沢愛、映像 森田英幸)
オールジャパンで支援を 羽田未来総合研究所社長・大西洋氏
百貨店の社長経験もある大西洋氏は「日本の伝統工芸は海外ブランドに比肩できる」と指摘する
地方の風土に根ざした生活文化から匠(たくみ)の技や道具が生まれ、伝統工芸も育まれた。
百貨店の経営者としてファッションを見てきたが、日本の小売業は海外の高級ブランドに依存しすぎている。オールジャパンで伝統工芸を支援していくことで、日本発のラグジュアリーブランドとして海外ブランドにも比肩できる。
現在社長を務める羽田未来総合研究所は、羽田空港の出国エリアで2023年12月から「ジャパン マスタリー コレクション」(JMC)を運営している。
反物とニットを組み合わせたストールをはじめ、伝統工芸に新たな感性を加えた商品などをそろえている。
JMCでは、数十万円の商品を買うお客様も目立つ。ただ、ガラス細工など一部の工芸品に人気が偏り、平均客単価は想定の半分の3万円だ。生産に時間を要する一点物が多いのも要因だ。
企画開発に携わる商品を増やし、作り手の思いや歴史など背景を伝えて販売を強化する。購入データも分析し、海外からのインターネット経由の購買などにつなげたい。
インバウンド(訪日外国人)が工芸のものづくりを食とともに体験して交流する流れを産業化すれば地域創生になる。
そのためにも、伝統工芸に対して、国の支援のさらなる強化も求めたい。
人間国宝となった職人でも継続的に作品を生み出すための支援が十分でないとされる。国力の底上げと産業化に向けて文化・芸術分野に戦略的に予算を投じてほしい。
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日経記事2024.05.05より引用