欧州ではロシア産ガスの供給懸念が高まる=ロイター
世界的な猛暑が天然ガス価格を押し上げている。
冷房に必要な電力をまかなう発電需要が急増し、アジアの液化天然ガス(LNG)や欧州・米国の指標価格は年初来高値圏にある。
ロシアから欧州へのガス供給が一段と減る不安がくすぶる中、市場は一段の急騰に身構える。
金融情報会社LSEGによると、アジアのLNGの週次スポット(随時契約)価格は14日、100万BTU(英国熱量単位)当たり12.6ドルをつけた。約3年ぶりの安値だった3月初旬の約1.5倍まで値を戻し、2023年12月以来の高値となった。
欧州も同様だ。指標価格のオランダTTF(翌月渡し物)は6月上旬に一時1メガワット時38ユーロ台と23年12月以来の高値をつけた。その後も35ユーロ近辺で高止まりする。
米国でも指標のヘンリーハブ先物が100万BTU3.1ドル台と5カ月ぶり高値まで上昇した。直近では2.7ドル台とやや下げたが、1.5ドルを割り込んでいた4月下旬に比べると2倍近い。
主因は世界的な猛暑だ。最大のLNG輸入国である中国は、中国気象局がまとめた今春の平均気温が記録を遡れる1961年以降で最高だった。6月も北京や山東省、河北省などでセ氏40度以上を記録した。
中国に次ぐ輸入国の日本も、記録的な暑さだった2023年に続く猛暑となる公算が大きい。気象庁が5月下旬に発表した6〜8月の3カ月予報は全国各地で「平年より高くなる可能性が50〜70%」とした。
猛暑は23年春以降のエルニーニョ現象が一因とみられる。
南米ペルー沖の赤道付近で海面水温が高くなる現象で、世界で異常気象を招きやすい。インドなど南アジア、ギリシャなど南欧では、猛暑で多数の死者が出た。
エルニーニョは一段落したもようだが、夏以降は逆に水温が低くなるラニーニャ現象による異常気象が懸念される。
猛暑は天然ガスの需要を増やす。天然ガスは石炭や原子力といった「ベースロード電源」よりも価格は高いが、出力を制御しやすい。
冷暖房需要が短期的に増える夏や冬には火力発電所での利用が増える傾向にある。
国際エネルギー機関(IEA)によると、24年にアジア太平洋地域が消費する天然ガスは20年比12%増の9370億立方メートルに達する見込みで、世界の2割を占める。
アジアの需要増は世界の価格を押し上げる。ある商社関係者は「一段と気温が上がる8〜9月に向け、価格はじりじり上がるだろう」と指摘する。
市場関係者が猛暑に神経をとがらせるのは、天然ガスの「ロシアリスク」がくすぶるためだ。
ロシアの国営会社ガス会社ガスプロムは22年夏、ウクライナ侵略を受けた西側の制裁に対抗して欧州へのガス供給を一時止めた。欧州の天然ガス価格は急騰。巨額の損失を被ったドイツのエネルギー大手ユニパーは国有化された。
24年6月上旬、スウェーデンの国際仲裁裁判所はガスプロムに対し、約130億ユーロ(約2.2兆円)の損害賠償をユニパーに払うよう命じた。
すでにユニパーとガスプロムの取引はないが、判決はロシアからの輸入を続ける周辺国に影響する可能性がある。
典型が国内需要の8割超をロシア産に頼るオーストリアだ。裁判所はガスプロムと取引する同国企業などに、購入代金をガスプロムではなく、ユニパーを想定した「欧州の大手企業」に払うよう求めたとされる。
ガスプロムが賠償金を払えない場合の備えとみられる。
オーストリアのエネルギー大手OMVは、ガスプロムが代金を得られないことを理由に供給を突如止めるリスクがあると説明した。
OMVはガスプロムと40年までの長期契約を結ぶ。供給が止まれば他地域からの調達を迫られるとの見方が、ガス価格上昇を招いた。
世界のガス在庫は豊富だ。欧州の業界団体GIEによると、欧州連合(EU)の天然ガス貯蔵率(貯蔵能力に対する貯蔵量の割合)は19日時点で約74%と、19〜23年の平均を10ポイントほど上回る。
米エネルギー情報局(EIA)がまとめた米国の天然ガス在庫も、7日時点で前年同時期より14%、過去5年平均と比べて24%多い。
日本でも、経済産業省が集計する大手電力会社の発電用LNG在庫は16日時点でほぼ平年並みだ。
各国の備えは十分だが、市場はロシア産の供給減に対する不安を拭いきれない。
野村証券の高島雄貴エコノミストは「ウクライナ侵略以前に比べて価格の水準は切り上がり、ボラティリティー(変動率)も明らかに上がっている」と分析。
「ラニーニャ現象の発生によって夏場は暑く冬場は寒くなる可能性がある」と需要急増による急騰リスクを指摘している。
(古賀雄大)