ロシアのプーチン大統領㊧はチェチェン共和国のトップ、カディロフ首長㊨の側近に没収資産を配分した
(24年8月)=ロイター
ロシアが民間企業の産業統制を強めている。ウクライナへの侵略後に政府が差し押さえた企業の株式や不動産などの資産は2兆円を超えた。
歳入を確保し、国営の軍需産業に資産を集約する。検察がソ連崩壊後に財をなした企業オーナーを汚職などの理由で起訴し、没収した資産をプーチン大統領の側近に分配するケースも目立つ。
公共部門の汚職を調査する非政府組織のトランスペアレンシー・インターナショナル・ロシアや独立系メディアのモスクワ・タイムズなどの調査をもとに、日本経済新聞が集計した。
ロシアがウクライナに侵略した2022年からの3年間で、国有化した民間企業が保有していた資産総額は1兆3000億ルーブル(約2兆円)を超えた。
24年1年間の総額は5500億ルーブルで、22年のおよそ2倍となる。22年以降におよそ200社が資産差し押さえの対象となった。
プーチン氏は24年6月にサンクトペテルブルクで開催した経済フォーラムで演説し、1990年代の民営化について「詐欺的な手続きで国有資産が収奪され、国営銀行からの融資が返済されないケースもあった。これは窃盗だ」と痛烈に批判した。
プーチン氏はオリガルヒ(新興財閥)などの企業家が政治に関与しないことを条件に、民営化における脱法行為の責任を問わず、自由な企業活動を認めてきた。
ウクライナ侵略を経て暗黙のルールを反故(ほご)にし、特に西側諸国に近い企業家を汚職などの問題で追及する方針だ。
検察は24年12月、極東カムチャツカ地方の主要港湾施設の国有化を求めて起訴した。利権を持つ同地方議会の元幹部らが汚職に関与した疑いがあると主張する。
政治学者のイリヤ・グラシェンコフ氏は「民間企業は政界の有力者とのつながりを持たなければ、(いったん国有化され)資産の配分対象となりかねない」と警告する。
検察が民営化の見直しを主導し、特に不動産関連をやり玉に挙げる。かつて大手銀行だったユグラバンクの元オーナーは横領の罪に問われ、保有していたモスクワの高級ホテルなどの不動産が政府管理に移された。
資産の差し押さえ総額は1000億ルーブルを超えるとみられ、24年で最大の国有化案件となった。
ロシア政府はウクライナ侵略で財政余力が乏しく、民間資産の没収で歳入をまかなおうとしている。
トランスペアレンシー・インターナショナル・ロシアのイリヤ・シュマノフ氏は「売却しやすい不動産を持つ企業が狙われやすい」と分析した。
軍事関連の製造業を国有企業の傘下に移し、戦時経済体制を固める狙いもある。中部スベルドロフスク州の裁判所は、チェリャビンスク電気冶金工場(ChEMK)グループについて、資産差し押さえを認め、同社は政府の管理下に入った。
同グループは武器生産に欠かせない鉄鋼の副原料、合金鉄の国内シェア8割を握る。検察側は同社が米欧諸国に合金鉄を安値で売却したとして「ロシアの経済的な主権を損なった」と主張していた。
ロシアで司法の独立は形骸化し、裁判所は政府の意向を受けて判決を下す。国営軍需関連企業ロステフが軍事関連企業の民間資産を受け継ぎ、部門ごとに産業を集約するとの見立てもある。
プーチン氏は企業家を排除する一方、侵略に協力する側近に見返りを供与している側面もある。ロシア政府は撤退した仏食品大手ダノンの子会社を、南部チェチェン共和国の実業家に売却した。
政界の有力者である同共和国のカディロフ首長が背後にいるとされ、同氏の親族が子会社の暫定的な代表に任命された。
プーチン氏の旧友、ロッテンベルク兄弟が炭酸ナトリウムを生産する化学工場の国有化に関与したとの報道もある。
プーチン氏は自らに近い有力者に資産を再配分し、権力基盤を盤石にする思惑が浮かぶ。トランスペアレンシー・インターナショナルは「25年以降も年間で50社程度が国有化される可能性がある」と分析する。
今後は資産の再配分を巡り、政財界のグループ間で争奪戦が過熱する可能性がある。財界には企業家の保護をおざなりにすれば、長期的な投資を呼び込みにくくなるとの批判もくすぶる。
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