初恋の人との別れ
グラバー家の朝食はいつも七時頃に始まり、七時半頃に終わる。 細長いテーブルは見事な御影石(花崗岩)で作られており、食卓にはいつも美しい花が飾られている。
そのテーブルの右上席にはいつも父ベリーが重々しく座り、その左下席には母のメアリーが座ることになっている。
そして、この日父ベリーの左側のテーブルにはこの本題の主人公であるトーマス・ブレーク・グラバー(当時十二歳)が座っていて、その隣にはト十歳の弟アレキサンダー、さらにその隣にはトーマス家の子供の中で唯一の女性アン(八歳)が座っていた。
この日だけのグラバー家の家族を見ると「五人家族」のように見える。 しかしこの家族はこれだけではない。
今日の食卓には顔を出していないが、ト-マスの上には三人の兄弟たちがいて、八人家族なのである。
いや本当は九人の大家族となるはずだったが、トーマスのすぐ上の兄(四男)ヘンリー・マーチンは生まれて間もなく夭折している。
この時トーマスの三人の兄たち、長男チャールズ・トーマス(二十歳)、二男ウィリアム・ジェイコブ(十七歳)、三男ジェイムズ・リンドレー(十六歳)らは、グラバーのスコットランドの自宅より、約七十キロも離れたアバディーンという町の学校・ギンぐスカレッジ付属ギムナジウム(大学予備教育機関)の寄宿生で、家を離れていたのだ。
朝食が終わると、母メアリーは三人の子供たち向かって
「いい、皆よく聞いてよ。 父さんは後、十日もするとアバディーンという町のブリッジ・オブ・ドーンというと所へ移るから、それまでに自分の必要な荷物をきちんと準備しておくのよ。 言い、分かったわね。 今度移転する町は、このフレーザーバラよりずっと賑やかでお家もうーんと広いのよ。 楽しみだわね」と子供たちに微笑んだ。
ところが、いつもは陽気なトーマスが、母の笑顔を切り裂くような大声を出して
「いやだ、僕はこの家から離れたくない。 ここにずっといたい」と母親の顔を睨みつけた。
母のメアリーは全く予想もしなかった五男トーマスの反撃に驚き、怒りの表情をまぜて、
「トーマス、母さんに向かって何という事を言うの・・・」
とそこまで言って、後の言葉が続かず、唇がわなわなと震えていた。
その瞬間、父ベリーが、
「よし、トーマス分かった。 父さんは今日六時までには帰るから、その時ゆっくり話をしよう」
と妻へ救いの手を差し出した。
トーマスも
「分かりました。 父さんに僕の話をよく聞いてもらいたい」
と堅い表情のまま食卓を離れていった。
トーマス・グラバーが生まれ育ったスコットランドのフレーザーバラは、大きな町アバディーンからは北へ約七十キロも入り込んだキナーズ岬近くの小さな漁村である。
一年のうち半年は冷たい風の吹きまくる北面に面していて、他所から来た者にとっては、その寒風が最大の敵だった。
しかし、この地で生まれて他所を全く知らないままに育ったトーマスにとっては、「住めば都」。 いやそれ以上に、実は彼にはここをどうしても離れがたい理由があったのだ。
(関連情報)
・明治維新の大功労者 トーマス・グラバーのシリーズを始めます
https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/70f324bc493a22f952abaee990d84f88
・明治維新の大功労者 トーマス・グラバー フリーメーソンつぃいての活躍
本の 表紙と帯
https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/95df680c734518c71420ceffc9cf0ad3
・トーマス・グラバーと明治維新 FACTベースの基礎知識
https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/d4b42ac9313d70fcc5a9e7b4f74f7ebd
この本には、歴史的に貴重な写真、図、文献なども数多く掲載されている秀逸な作品ですが、それらをPDF化して皆さんに紹介することもできますが、著者と発行所の『長崎文献社』に敬意を払って、全てを紹介するのは、控えたいと考えております。
★フリーメーソン・イルミナティ・秘密結社 ここまでの記事一覧
https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/d52e37f7e9a7af44f93554ed333744b3