フランス企業が開発したAIを搭載したロボット(5日、米ラスベガス)
【ラスベガス=渡辺直樹】
世界各国が人工知能(AI)の国産化に取り組み始めた。米国と中国の2強が技術革新を主導する中、それぞれ自国言語を使うAI基盤の開発に力を入れる。
安全保障や行政サービスの強化に欠かせない新技術を海外に依存したままでは、国の主権を脅かされかねないからだ。AI開発競争は今後の外交にも影響が及ぶ。
CESでAI政策を議論
米国時間7日から一般公開が始まる米テクノロジー見本市「CES」では、AIが大きなテーマとなる。
AI政策と国家競争力についてシンポジウムを開くほか、米国のマイクロソフトやメタ、オープンAIといったAI開発企業が連邦取引委員会(FTC)などの米政府関係者と議論する。
世界のAIモデル開発数はこの1年で倍増した。技術公開サイトのハギングフェイスに登録されたAIモデルは2024年12月時点で100万件超と、前の年のおよそ2倍に急増した。
経済協力開発機構(OECD)によると、新しい言語モデル数も2倍強の約2万件に増えた。
メタなど一部の大手がAI技術基盤の仕様を公開し、これを活用して後発勢もAIモデルを容易に開発できるようになった点が大きい。各国政府も国産AIの開発に乗り出した。
新興国も相次ぎ参入
「中国、米国、韓国、日本のAI技術を待つのではなく、自前で持つべきだ」。ブラジルのルラ大統領は24年7月末、6000億円超を国産AI開発に投資する計画を発表した。
インドも独自の言語モデルやインフラ開発に費用を投じる国家プロジェクト「インディアAI」を開始した。約2000億円を投資する方針を示している。
欧州連合(EU)はAI企業に資金や施設を融通する支援策を導入し、ドイツやフランスも個別にAI研究を後押しする方針を示した。
仏ミストラルAIや独アレフ・アルファといったスタートアップが高性能AIを開発し、米国企業に対抗しつつある。
日本でも経済産業省が国産AI開発を支援する事業を始めた。NTTや東京大発スタートアップのELYZA(イライザ)が国産モデルを開発している。
NVIDIA、政府向けに着目
AI関連の有力企業も政府向けビジネスに目を向け始めた。AI半導体大手のエヌビディアは各国政府向けに自社製チップの販売拡大を進めている。
「AIは人々の知識、歴史、文化といったデータを組み込んでいる。国民として活用していくべきだ」。ジェンスン・ファン最高経営責任者(CEO)は24年12月、タイとベトナムを訪れ、AI研究や半導体供給で両国政府と協力すると約束した。
「ソブリン(主権)AI」と名付けた取り組みで、各国政府にAI開発を支援すると訴えている。政府向け事業を収益の柱の1つに育て、25年1月期に100億ドル(1兆5700億円)弱の売上高を稼ぐ見通しを示している。
実用に耐えうる新型AIが本格的に立ち上がって約10年。これまで研究開発は米国と中国が中核を担ってきた。
他国任せにリスク
生成AIは「Chat(チャット)GPT」を開発したオープンAIや米グーグルが主導する。世界の関連サービスの8割、民間投資では7割を米国勢が占める。
AIを動かすインフラのクラウドコンピューティングでは、アマゾン・ドット・コム、マイクロソフト、グーグルがあわせて7割、AI半導体はエヌビディアが8割のシェアを握る。
中国は政府と企業が一体でAI開発に注力し、百度(バイドゥ)やアリババ集団といった巨大IT(情報技術)企業に加え、スタートアップの開発も活発だ。
国別の民間投資額は米国に続く2位で、AIの論文数や特許出願では世界首位に立つ。
各国が国産化を急ぐのは、他国任せの開発に大きなリスクがあるとみるからだ。AIはビジネスや産業を変えるだけではない。
電力や交通網といったインフラの管理、各政府機関の行政サービスへの導入も相次いでいる。兵器の制御や軍事システムにも利用され、国の安全保障も左右しつつある。
他国にAIの肝であるアルゴリズムを依存すれば、データ流出などセキュリティーリスクが高まる。
競合国がAI技術の規制や制裁に動けば、自国のシステムに影響を与える事態も起こりうる。そもそも自国でAIモデルを持てないままだと、他国企業に高額な使用料を払い続けなければならない。
AIを自国の文化や慣習に沿って正しく働かせるには、各国とも母国語モデルが重要になってくる。
AIが自国の言語で学習できないと、原典に即してそれぞれの伝統や倫理基準、価値観も学べず、機能に偏りが出てくるためだ。
国家間のAI格差に懸念
国産AIを巡る競争は国際社会のあり方をも変える可能性がある。
米中の突出を抑え、国家間の競争力の差が縮むという見方がある一方で「AIを持てる国と持たざる国で世界の分断が進む」(米ジョージワシントン大のスーザン・アーロンソン教授)といった指摘もある。
AIが緊張の火種を生むおそれもある。米サンノゼ州立大アフメド・バナファ教授は「AI覇権に向けた競争が国家間の緊張を助長し、世界秩序を不安定にする可能性がある」とみる。
環境負荷の問題も大きい。AIの開発と運用には巨大なデータセンターが必要で、膨大な電力と建設地の確保が欠かせない。限られた資源の奪い合いになれば、地政学リスクが高まる。
AI規制とのジレンマも深まっていく。欧州は25年2月に厳しいAI規制法の条項適用を始めるが、産業競争力をそぐとして批判的な意見が企業の間で広がる。
他国製AIの排除に規制を乱用すれば、各地で保護主義を誘発しかねない。
AIが本格普及期に入ったいまこそ、国家を超えた連携が必要との声が高まっている。グーグルのスンダー・ピチャイCEOは「世界的な規制や協力の枠組みが必要になる」と述べ、国境を越えたルール策定の重要性を説く。
AIの実用化が深まる25年は各国のAI戦略だけでなく、新たなテクノロジーに対する国際社会の向き合い方も問われることになる。