日鉄の買収計画に中止命令が出たことで、USスチールは再建への道のりが遠のいた
(米東部ペンシルベニア州)
【ニューヨーク=川上梓】
バイデン米政権は3日、日本製鉄によるUSスチール買収阻止を決めた。日鉄による投資が見込めなくなったUSスチールは経営再建が難しくなる。
3日の米株式市場でUSスチールの株価は一時8%安となった。同社は買収不成立なら製鉄所の閉鎖や本社移転を示唆してきた。新たな買い手を巡る動きも活発化する。
「法的権利を守るため、あらゆる措置を講じていく」。日鉄による買収阻止が決まった3日、USスチールは日鉄と共同声明を出した。両社は今後、米政府への提訴を検討する。
USスチールは日鉄と協調し、一貫して買収の正当性を訴えてきた。買収を支持する従業員は本社や工場で度々集会を開き、買収が不成立なら追加投資はなくなり、地域経済や雇用に多大な影響を与えると主張。
会社側は2024年12月27日、買収失敗なら拡大する中国の脅威に対抗できず「米国は敗北する」と強い口調で訴えた。
投資余力なく、再編不可避か
USスチールが単独で再建できる余地は限られる。24年12月19日には10〜12月期の最終損益が4四半期ぶりの赤字となる見通しを発表。
自動車など産業向けの鋼材需要低迷や価格下落に加え、環境負荷の少ない電炉工場の立ち上げ費用も重荷となった。
USスチール従業員は集会で日鉄による買収支持を訴えてきた
デビッド・ブリット最高経営責任者(CEO)は買収が不成立ならペンシルベニア州で最も古いモンバレー製鉄所の閉鎖や同州からの本社移転は避けられないと示唆してきた。
仮に米政府への提訴を決めた場合も結論が出るまで時間がかかると見られる。USスチールに残された猶予は少ない。
いったんは日鉄に入札で競り負けた競合の米クリーブランド・クリフスはUSスチール買収に意欲を示す。
しかしクリフスとUSスチールをあわせると、米国の高炉や自動車用鋼板の生産で100%近いシェアとなり、競争法の観点で実現性が薄い。
クリフスは24年にカナダの鉄鋼大手買収を決めた。投資余力は少なく24年7〜9月期は2億4200万ドル(約380億円)の最終赤字と業績は悪化する。
USスチールを買収しても投資を実現できるかは不透明で「USスチールの拠点再編はまぬがれない」との見方がある。
世界で薄れる米国製鉄鋼
USスチールは1901年創業で米国を代表する老舗企業だ。「鉄鋼王」アンドリュー・カーネギー氏や「米銀JPモルガンの祖」ジョン・ピアポント・モルガン氏などが複数の鉄鋼会社を合併させて誕生した。
60年代までは世界最大の鉄鋼メーカーだったが、その後は日本や欧州からの輸入攻勢に苦しんだ。23年の粗鋼生産量は約1500万トンと日鉄の3分の1だ。世界ランキングは23年に24位と10年前の13位から低下した。
競争力が下がっているにもかかわらず、経営危機のたびに政府が打ち出す関税など保護主義的な政策で雇用や生産を守ることに終始し、改革が遅れた。
世界を見れば米国鉄鋼の競争力は既に薄れている。23年の米国の粗鋼生産量は8140万トンと世界3位。過去20年で約1割減った。
国別の粗鋼生産量で1980年代に日本、90年代に中国に抜かれた。2000年以降は中国が独走し、世界の5割を占める。
日鉄の買収提案はこうした中国の脅威に対抗するためでもあった。USスチールのブリットCEOは3日、「買収阻止は中国の共産党指導部が喜ぶだけだ」と声明を出した。
同社は安全保障の面で他国との協力は不可欠だと強調してきた。
バイデン氏は3日、「米国の鉄鋼会社を外国の支配下に置くことは国家安保と供給網にリスクとなる」と話したが、米国の鉄鋼業は既に外国資本が支える。
日鉄やJFEスチールなど日本企業は欧米企業と合弁を組み、米国で高級鋼の製造技術を高めてきた。
「米鉄鋼は何十年も外国資本に支えられてきた。なぜ日鉄だけが例外なのか」。USスチールのインディアナ州の製鉄所に勤めるクリントさんは3日、失望を口にした。
電炉買収への関心が焦点に
今後の焦点はUSスチールが21年に買収した子会社から引き継いだ電炉プロジェクト「ビッグ・リバー」の行方だ。
南部アーカンソー州で二酸化炭素の排出量が少ない電磁鋼板を生産する。JPモルガンは3日「高炉買収に関心を持つメーカーはクリフス以外に限られる」とし「今後は電炉買収に関心を示す企業が出てくる」とコメントした。
クリーブランド・クリフスはUSスチール買収に意欲を示す(同社の製鉄所)
日鉄は米国事業の拡大に向け、環境負荷の少ない電炉投資に意欲を示してきた。電炉のみの単独買収も視野に入れる可能性はある。
電炉工場は労働組合に加盟しておらず、反発が少ない。一方で単独の資産買収でも対米外国投資委員会(CFIUS)の審査が必要だ。仮に電炉だけに焦点をあわせても、日鉄の今後の米国展開は一段と厳しいといえる。
2023年12月18日、日本製鉄が米鉄鋼大手USスチールを買収すると発表しました。買収額は約2兆円で実現すれば日米企業の大型再編となりますが、米国で政治問題となり、バイデン大統領は25年1月3日に買収中止命令を出しました。最新ニュースと解説をまとめました。
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日経記事2025.1.4より引用