日本製鉄はバイデン大統領の中止命令に対し訴訟も辞さない姿勢だ
日本製鉄によるUSスチール買収計画にバイデン米大統領が中止命令を出す異例の事態となった。主力の国内市場が縮小するなか日鉄は海外で成長する方針を掲げており、有望な米国市場での事業拡大は欠かせないピースだ。
今後、どのような手立てが考えられるのか。訴訟提起を含めて3つのシナリオを分析した。
シナリオ① 日鉄が提訴、長期化
日鉄の買収計画は2023年12月の表明以降、USスチールの株主の賛同を得たものの米当局からの承認取得がハードルとなっていた。
米政府の省庁横断組織「対米外国投資委員会(CFIUS)」が安全保障上の懸念があるかどうか審査を続けてきたが、最終的に判断を一任されたバイデン氏が3日に中止命令を出した。
日鉄は今回のバイデン氏の中止命令の判断そのものには異議を唱えられない。ただ判断の前提となったCFIUSの意思決定のプロセスについては瑕疵(かし)を訴え、裁判を提起することができる。
日鉄は中止命令を受けて発表した声明で「法的権利を守るためにあらゆる措置を追求する」としており、訴訟が重要な選択肢の一つとみられる。
意思決定プロセスの瑕疵とは、例えば大統領が不当に影響力を行使してCFIUSの審査がゆがんでしまうことなどを指す。
今回の買収では大統領選を前に、組織票を握る全米鉄鋼労働組合(USW)の執行部の政治力が増しており、意見が通りやすい状況にあった。
14年には中国の三一重工傘下の米国企業による風力発電所の買収案件で企業側が勝訴した事例がある。
ただ14年の事例は三一重工側に反論機会が十分に与えられなかったという特殊要因があった。米当局の対応に詳しい井上朗弁護士は「報道をみると、主張の機会は確保したようにみえる。裁判所が適正手続きの違反を認定する可能性は低いだろう」と分析する。
日鉄が訴訟を提起できたとしても時間がかかる公算が大きい。
三一重工が訴訟提起したのは12年9月とされ、勝訴までに2年近くを要した。勝訴の前提に立ったとしても、日鉄の海外事業を強化する戦略には遅れが生じることになる。
シナリオ② 買収枠組みの変更や既存の米国事業の拡大
日鉄が買収枠組みを変更する可能性もある。USスチールの完全子会社化から出資比率を抑えた資本提携に切り替えるといった手法などだ。
堅調な鉄鋼需要が見通せる米国市場で鋼材の生産・販売を強化するといった本来の買収目的の実現を、形を変えて目指すことになる。
ただ出資比率に関わらずCFIUSの審査の対象になるため、比率を抑えたとしても成立するかどうかは不明だ。
日鉄は買収完了後にUSスチールに電気自動車(EV)のモーターに欠かせない「無方向性電磁鋼板」の製造技術や高炉の操業・整備技術、脱炭素技術などを供与する考えだった。
日鉄幹部は「100%出資でやらなければ技術を供与できない」と述べており、買収枠組みの変更で出資比率を抑えた場合、技術面の相乗効果が薄れる恐れもある。
資金繰りの厳しいUSスチールに南部の電炉買収を持ちかける企業が現れるという見方もある。電炉は環境負荷の少ない製鉄手法で、日鉄も今後、電炉のみの買収を視野に入れる可能性はある。
電炉工場の従業員は今回の買収計画に反対したUSWに加盟していない点も日鉄には魅力に映るかもしれない。
当面は米国の既存事業を堅実に伸ばす選択肢もある。
欧州アルセロール・ミタルとの米国での薄板製造の合弁会社「AM/NSカルバート」について、日鉄はUSスチールを買収すれば競争法上の懸念からカルバート株を合弁相手のミタルに売却するとしていた。買収計画が頓挫すれば合弁会社の運営は継続することになる。
カルバートは「有望なキャッシュカウ事業」(国内証券大手アナリスト)と評価されている。
現在は7億7500万ドル(約1200億円)を投じて電炉建設も進めている。この電炉と、薄板をつくる既存の圧延工程を合わせれば事業拡大が期待できる。
シナリオ③ トランプ氏就任で方針大転換
トランプ次期大統領の就任による逆転シナリオもある。その場合は、バイデン大統領による中止命令自体を破棄する必要がある。
米国事情に詳しいある弁護士は「先例は見当たらないが、大統領の権限があれば中止命令の破棄はできるだろう」と話す。
トランプ氏は大統領選を通して買収計画に反対してきたうえ、12月上旬には改めて「完全に反対」と自身のSNSで表明した。
しかし、日鉄の森高弘副会長兼副社長は「本件はトランプ氏の方針に極めて近い」と述べていた。
製造業の国内回帰を目指すトランプ氏にとって、米国内への高炉にも投資する予定の日鉄のUSスチール買収計画は本来は望ましいはずという考えだ。
トランプ氏に翻意を迫るには表明済みの約27億ドル(約4000億円)に追加で設備投資を表明するといった取引材料が必要になるかもしれない。
バイデン大統領の中止命令を覆すため、日鉄は新たな財務負担を強いられる可能性もある。
(大平祐嗣)
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※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。
最初の選択肢はおそらく効果が薄いだろう。
CFIUSのプロセスに瑕疵があったとは言えないし、政治的な圧力ではなく、安全保障上の懸念という判断でUSTRが反対していたということなので、ここに勝ち目はない。
二つの目の選択肢は可能性はあるが、買収の効果が薄く、狙っている自動車鋼板などの分野で競争力を持てるかは疑問が残る。
三つ目の選択肢はワイルドカード。トランプが大統領に就任して、決定をひっくり返すとなれば、「労働者の党」としてのアイデンティティを得た共和党の内部から反対が出るだろう。
しかも、トランプは一期目で安全保障を理由に鉄鋼・アルミに追加関税をかけていた。これも勝ち筋ではない。
2023年12月18日、日本製鉄が米鉄鋼大手USスチールを買収すると発表しました。
買収額は約2兆円で実現すれば日米企業の大型再編となりますが、米国で政治問題となり、バイデン大統領は25年1月3日に買収中止命令を出しました。最新ニュースと解説をまとめました。
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日経記事2025.1.5より引用