米国は外資排除の道を歩む(USスチール工場=左上、USW本部=左下、1980年代のホンダの米工場=右)
「ラストベルト(さびた工業地帯)」を外敵から守り、労働者が豊かに暮らせるアメリカンドリームを復活させる――。
米国が抱え続ける政治課題に日本製鉄のUSスチール買収は巻き込まれた。米国は鉄鋼再建を担うプレーヤーに外資は選ばなかった。国際競争力の低さを度外視した内向きな判断の後、老朽製造業を救うのは難題だ。
「外資買収」への揺るがない抵抗
「日鉄だろうと欧州メーカーだろうと外資なら同じだ」。買収劇が山場を迎えた2024年11月。東部ペンシルバニア州ピッツバーグのUSスチール本社近くで買収に反対する全米鉄鋼労働組合(USW)の組合員は心情を吐露した。「USスチールは米国のものであり続けて欲しい」
日鉄側のある買収関係者はこう漏らす。「地域社会の反発を軽く考え過ぎていたかもしれない」。日鉄が見誤ったのは1970年代まで製造業の集積地として米国経済をけん引したラストベルトにいまなお残る「心情」だった。
鉄鋼業が衰退した今も社名に国名を冠するUSスチールは米国の「古き良き時代」の繁栄の象徴だった。既に鉄鋼業は主要産業ではない。
過去10年でピッツバーグの主要産業は医療など新産業に移り、平均賃金は上昇。失業率も下げ止まった。
労働者の不満の矛先は大統領選の年に重なり、政治問題化した(バイデン米大統領)=ロイター
それでも国の象徴産業を支えてきたという労働者の自負と部外者への抵抗は揺るがない。「米国企業が買収を表明していたら、ここまで問題にならなかっただろう」。
ピッツバーグで長年、経済団体を率いる熊沢リサ氏は、鉄鋼労働者の間には外資に買われたら国益にならず、いずれリストラされるという根深い懸念があると話す。
買収で米国の雇用を奪われるという不満の矛先は、労働者票を左右する大統領選の年に重なり、結果的に政治問題化した。24年の大統領選では7州の激戦州のうち3州がラストベルトだった。
労働票を重視するバイデン氏も共和のトランプ氏もその支持基盤を無視できなかった。「経済合理性で判断して欲しい」。日鉄が一連の買収劇で何度も強調した言葉は米国でも最も通りにくい地域に対し、最も通りにくい時期に訴えることになった。
日本「排除」、80年代の再来
ラストベルトの労働者の反日キャンペーンは初めてではない。1980年代の日米自動車摩擦が象徴だ。
トヨタ自動車など安価な日本車に市場を奪われた米ゼネラル・モーターズ(GM)など米自動車メーカーは業績が悪化。リストラに追い込まれる中、労働者たちは日本車をハンマーでたたき潰して「ジャパン・バッシング」を繰り返した。
それから約40年。日本の経済力は弱まり、中国が米国のライバルになった。
日本は経済的にも対中国の「同盟国」となったはずだった。だが繁栄の歴史から抜け出せないラストベルトの思想は一貫して変わらない。「米国第一」を掲げ、自国を脅かす存在は排除する。
11月上旬に大統領選に勝利したトランプ前大統領は12月に日鉄の買収に改めて反対し、バイデン大統領が買収阻止令を出す背中を押した。
再建は難路「いつか来た道」
米国は経済合理性を軽視した代償を負いかねない。老朽製造業を自国単独で再興することを自らに課したが実現性は薄い。国際競争力が低いからだ。
ライバルの中国との勢いの差は明らかだ。過去10年の間に中国の製造業は規模だけでなく質の面で競争力を高め始めた。既に電気自動車(EV)で世界販売の5割以上を握る。世界銀行によると中国の自動車など付加価値品の生産額は過去3年間で3倍の5兆ドルに増えた。米国は4割増どまりだ。
鉄鋼業をみれば、米国はUSスチール以外も全社が減益や赤字だ。過去も業績が悪化する度に政府が輸入鋼材への高関税を発動し保護してきた。
構造改革が遅れてUSスチールの経営危機を招き、日鉄の買収を呼び込んだ経緯がある。
トランプ次期大統領は全輸入品に高関税を課す方針を掲げる。だが、カリフォルニア大バークレー校経済学部のマーサ・オルニー名誉教授は「輸入品を排除してもすぐに米国内の生産を増やせるわけではない。
関税の代償を払うのは米国民だ」と話す。
関税など保護主義的な政策で産業を守るのは限界がある。日米自動車摩擦を受けて米国は日本車の輸入を制限し現地生産を課したが、結末は09年のGMの経営破綻へと繫がった。
再び外資を排除した米国の鉄鋼業は同じ道を歩み始めている。
(ニューヨーク=川上梓)
2023年12月18日、日本製鉄が米鉄鋼大手USスチールを買収すると発表しました。買収額は約2兆円で実現すれば日米企業の大型再編となりますが、米国で政治問題となり、バイデン大統領は25年1月3日に買収中止命令を出しました。最新ニュースと解説をまとめました。
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日経記事2025.1.7より引用