就任初日、大統領令に署名したペンを就任パレード観客席に投げ込むトランプ氏(ワシントン、1月20日)
トランプ米政権が20日に発足1カ月を迎える。高関税からウクライナの停戦交渉まで、政権は爆発的な勢いで世界を変えつつある。
追い風、そして逆風はどこに吹いたのか。この1カ月でみえた「対トランプ」の明暗をまとめた。
【追い風】キーワードは「停戦」と「規制緩和」だ。選挙戦で重視した製造業への恩恵は限定的。たとえば自動車生産には鉄鋼関税が逆風だ。
ロシア・イスラエル
「私たちはともにこの言葉(コモンセンス=良識)を強く信じている」(12日、ロシアのプーチン大統領との協議後にSNS投稿)
「彼らがノーベル平和賞をくれることは絶対にないと思う。残念だ、私は(受賞に)値する」(4日、イスラエルのネタニヤフ首相との面談で)
トランプ氏は停戦の早期実現を優先する。対ロシアでは主要7カ国(G7)で制裁を積み重ねてきたバイデン前政権の方針を単独ディール(交渉)へとあっさり転換した。専制国家の侵略戦争による領土拡張を世界が認める道筋が見えてきた。
中東では1月に停戦合意したパレスチナ自治区ガザを米国が所有し、パレスチナ住民を移住させる案を提示した。イスラエルに都合の良い案だ。同地区への攻撃でネタニヤフ氏らの戦争犯罪を認定した国際刑事裁判所(ICC)の担当検察官には制裁を課した。
イーロン・マスク氏
「彼は素晴らしい仕事をしている。途方もない不正や無駄遣いを発見した」(ホワイトハウスの大統領執務室に呼び入れたマスク氏を激賞)
選挙戦で多額の献金をした資産家のマスク氏は、新政権で歳出削減や規制緩和を進める米政府効率化省(DOGE)のトップに任命された。
自社への利益誘導を否定するが、テック企業の金融サービスを監視する米消費者金融保護局(CFPB)の閉鎖や宇宙開発で競合関係でもある米航空宇宙局(NASA)の弱体化など恩恵は少なくない。
仮想通貨、人工知能(AI)
「米国を地球上の暗号資産(仮想通貨)の中心地にする」(1月23日の大統領令)
「AIで世界的なリーダーシップを維持するため断固として行動する」(同)
伝統的に「小さな政府」を志向する共和党の支持者らを背景に、新政権は規制緩和と民間のイノベーション促進による経済成長を掲げた。追い風になるのは仮想通貨や人工知能(AI)など、バイデン前政権が締め付けを強めていた分野だ。
仮想通貨の振興に向け、財務長官や米証券取引委員会(SEC)委員長らをメンバーとする作業部会の設置を決めた。
投資やビジネスを抑制する要因となってきた規制や指針を洗い出し、業界に優しい規制・立法案を半年以内にまとめる。
AIではバイデン前大統領が出した規制関連の大統領令を撤回した。
規制緩和への期待から、これまでトランプ氏と反目してきた米巨大テクノロジー企業首脳も関係の再構築に動き出した。1月20日の大統領就任式にこぞって参加したのは象徴となった。
支持者への公約としてきた「米製造業復活」の先行きは未知数だ。恩恵を受ける産業・企業は定まらない。追加関税で外資誘致を目指すが、これは米企業の重荷にもなりかねない。
自動車大手フォード・モーター首脳は2月中旬、一連の関税政策で米車産業が「前代未聞の打撃を受ける」と訴えた。
日本勢は明暗が分かれた。ソフトバンクグループは孫正義会長兼社長がトランプ氏に近づき、米オープンAIとAI開発事業に5000億ドル投資する計画をぶち上げた。
一方、日本製鉄のUSスチール買収計画は日米首脳会談で「買収」ではなく「投資」になる方針が表明された。
【逆風】キーワードは「国境管理」と「多国間枠組み」の軽視だ。欧州各国やカナダを含むG7や気候変動、貿易協定など多くの国際枠組みが岐路に立つ。
カナダ・メキシコ・中国
「カナダの多くの人々は(米国の)51番目の州になることを望んでいる」(トルドー首相を辞任表明に追い込んだ1月6日にSNS投稿)
「彼女(メキシコのシェインバウム大統領)はとても好きな女性で良い関係だ」(関税導入の延期を決めた3日、ホワイトハウスで記者団に)
政権が最初に打ち出した関税は不法移民や合成麻薬フェンタニルの流入阻止など国境管理の強化が目的だった。
カナダとメキシコへの関税はいずれも発動が1カ月延期されたが、トランプ氏の各首脳への話しぶりは対照的だった。
カナダのトルドー首相はトランプ氏に積極的にアプローチしたことが裏目に出て「州知事」と評されて退陣表明に追い込まれた。
メキシコのシェインバウム大統領には好意的な発言が目立つ。
中国は今のところ、トランプ関税が発動された唯一の国だ。対中関税は10%上乗せされた。トランプ氏が選挙中に60%税率を掲げていたことを踏まえると、比較的穏やかな内容と言える。
中国側の報復関税も石炭など米国の急所を外した内容で、まだ序盤の「組み手争い」の最中だ。
欧州連合(EU)
「EUは貿易に関して非情だった。米企業にも多額の訴訟を起こしてきた」(13日、ホワイトハウスで欧州向け関税を尋ねた記者団に)
バンス副大統領が14日、懸念されるのはロシアや中国ではなく「(欧州の)内側にある脅威だ」と演説した。偽情報を取り締まるSNS規制、英国やEUでの「言論の自由」を巡る司法の判断に不満を表明した。
トランプ氏はEU向けの関税に意欲を示す。貿易相手国に同水準の関税を課す「相互関税」に絡み、EUの付加価値税の高さが米国に不利になっているとぶちまけた。
北大西洋条約機構(NATO)の在り方も疑問視し、各国に軍事費の積み増しを求める。
再生エネ業界
「米国は自らの価値観を反映しない国際合意に参加する方針を示してきた」(パリ協定離脱を指示する大統領令)
パリ協定からの再離脱を表明し、温暖化対策の軽視が鮮明だ。気候変動支援に向け、バイデン前政権下で成立した「インフレ抑制法(IRA)」の支出見直しも進める。
エネルギー業界は石油掘削やLNG開発の許認可緩和など追い風が吹くが、再生可能エネルギーは厳しい事業環境となるのが必至だ。
(高見浩輔、花房良祐、斉藤雄太、八十島綾平、渡辺直樹)
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