肉食恐竜のティラノサウルスたちは、成長して大型の獲物を仕留めるようになるまで、
このゴルゴサウルスの子どものように小型の獲物を狩り、肉厚な部分を選んで食べていたことが、
新たな研究で明らかになった。
ティラノサウルス科ゴルゴサウルスの子どもの化石から発見された胃の内容物を分析したところ、小型の獲物の選りすぐりの部位を食べていたことが明らかになった。
噛む力が弱いティラノサウルスの子どもが何を食べていたかは、古生物学者たちにとって長年の謎だった。これはまた、先史時代の北米の食物網を理解するうえで重要な発見だ。論文は2023年12月8日付で学術誌「サイエンス・アドバンシズ」に発表された。
1914年から古生物学者に知られているゴルゴサウルスは、今から7500万年ほど前、現在のカナダのアルバータ州にあたる氾濫原に生息していた恐竜だ。
ティラノサウルスの仲間のすらりとしたこの恐竜の化石は、比較的完全な骨格を含め、数多く発掘されている。
おとなの体長は8メートル以上、体重は2トン以上に達した。今回の論文に記載された標本の体重はおとなの13%ほどしかなく、急激な成長期を迎える前に死亡した子どもとみられる。
「ゴルゴサウルスは、ティラノサウルス科の象徴であるT.レックスほど有名ではないかもしれませんが、現在、アルバータ州で発掘された非常に保存状態の良い子どもの化石が2体あります」。論文の共著者で、カナダ、カルガリー大学の古生物学者、ダーラ・ゼレニツキー氏はこう話す。
非常に保存状態の良いティラノサウルス科ゴルゴサウルス(Gorgosaurus libratus)の化石。
最後の食事の痕跡(次の写真で解説)も発見された。
今回の化石は、2009年にアルバータ州の州立恐竜公園の色あざやかな縞(しま)模様の岩から発見された。「発見当時は、発見者も発掘者たちも、恐竜の胃に獲物の一部が残っていることに気づきませんでした」とゼレニツキー氏は言う。
岩から慎重に化石を取り出すと、恐竜の最後の食事の痕跡が見つかり、研究者たちを驚かせた。「2010年のクリーニング作業中、獲物の足の指の小さな骨がゴルゴサウルスの肋骨の間から突き出しているのに初めて気づいたのです」とゼレニツキー氏は言う。
ゴルゴサウルスの体内で見つかった骨は、別種の恐竜の子どものものだった。若い肉食恐竜は死ぬ直前に、シチペス(Citipes elegans)という頭部がオウムに似た2頭の恐竜の後肢を胃袋に収めていた。この最後の食事は、ティラノサウルスの子どもとおとなは食べるものが異なり、成長段階によって行動も違っていたという長年の仮説を裏付ける証拠となった。
「ティラノサウルスの成長に伴う生態的地位の変化を裏づける、ほぼ決定的な証拠です」と、米ニューメキシコ大学の古生物学者キャット・シュローダー氏は評価している。なお、氏は今回の論文に関与していない。
ゴルゴサウルスの胸郭の左側で確認された肋骨(緑の点)と突き出している獲物の骨(赤い点)。
意外とグルメなティラノサウルス類の子どもたち
ティラノサウルスの胃に残っていた2頭のシチペスの骨を分析したところ、いずれも1歳未満だった。恐竜の子どもは特に肉食恐竜に襲われやすい。幼い恐竜の化石が少ないのは、こうした背景があるからだ。小さなシチペスたちは、狩りのスキルを磨いている若いティラノサウルスの仲間にとって、手頃な獲物だったのだろう。
「この化石は、若いゴルゴサウルスがおとなの餌よりもかなり小さな獲物を食べていたことを示す直接的な証拠です」と、ゼレニツキー氏は話す。「子どもですから、獲物を狙って巨大な草食恐竜の群れに突進することはなかったでしょう」
シチペスの骨は、ティラノサウルス類の摂食行動の一端を知るヒントも与えてくれた。
恐竜の胃から見つかったシチペスの骨は後肢の部分だけだった。鶏肉のももやドラムスティックに当たる部位で、たっぷりと筋肉がついていたはずだ。若いゴルゴサウルスは、こうした肉厚の部分を選んで食べていたらしい。
彼らが死骸をすべてまるのみにするのではなく、たんぱく質に富む部位をねらった狩りをしていたと示唆される。「若いティラノサウルスの捕食行動については、今まで何も手がかりがありませんでした」とシュローダー氏は言う。
またゴルゴサウルスは、後肢全部を丸のみしていた。これは、現生の捕食動物にも見られる行動だ。「現代のワニや鳥類と同じように、ゴルゴサウルスの子どもは肉の部分だけを食べずに、大きな塊を骨ごと丸のみしていたのかもしれません」と、米オーバーン大学の古生物学者トーマス・カレン氏は話す。なお、氏は今回の研究に参加していない。
成長段階によって獲物と生態的地位が変わる
単体の標本ではあるが、この化石は、古生物学者を長年困惑させてきた恐竜の行動パターンを明らかにする手がかりとなる。先史時代の北米では、ゴルゴサウルスやT.レックスなどティラノサウルス科の大型恐竜が闊歩(かっぽ)していたが、共存する中型の肉食恐竜はほとんど存在しなかった。
「白亜紀のアジアなど大型のティラノサウルスがいる他の生息地や、あるいは大型肉食恐竜がいる他の群集では、このような中型捕食者の不在は見られません」とカレン氏は話す。北米のゴルゴサウルスやその他のティラノサウルスの成長のしかたはユニークなように見える。それは体の大きさによって捕らえる獲物が異なっていたからかもしれない。
州立恐竜公園は数十年にわたって広範囲に調査されてきたので、未発見の中型肉食恐竜の化石が埋まっている可能性は低いとゼレニツキー氏は言う。したがって、ティラノサウルスの子どもは中型肉食恐竜の生態学的地位を占めていたと考えられる。
「ティラノサウルス、特にT.レックスは、体の大きさとプロポーションの変化に応じて食事や捕食行動を変化させたのではないかと、古生物学者たちは長い間考えていました」と、ゼレニツキー氏は話している。同種のおとなに比べると子どもの顎は細く浅い。つまり、破壊的な咬合(こうごう)力を発揮できるのは成長後になってからだ。
今回の発見から、ティラノサウルスは長期の子育てをしていなかった可能性も明らかになった。現代でも、わが子の誕生後に親がほとんど餌を与えない種では、成長に伴う生態の変化が確認されている。
「調査の結果から考えると、ゴルゴサウルスは我が子にあまり餌を与えなかったようです。それで、子どもは自力で餌を調達する必要があったのでしょう」とカレン氏は言う。現代のアリゲーターやクロコダイルと似た状況だ。若いゴルゴサウルスは、自分の胃袋を満たすためにドラムスティックを追いかけなければならなかったのだろう。
文=RILEY BLACK/訳=稲永浩子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2023年12月19日公開)
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日経記事 2024.01.12より引用