<1日目行程>
東京発→善光寺(内々陣・大勧進・山門)→戸隠神社(奥社・九頭龍社)→鏡池→戸隠神社(中社)→志賀高原・ほたる温泉(泊)
● プロローグ
両親が、信州越後に旅行に出かけると聞いて、プランを教えてもらいました。
すると、前から気になっていた戸隠神社と善光寺が入っています。
さらに、5月に友人と行ったばかりの奥只見湖にも行くようです。
紅葉の季節も観たいと思っていたので、夫婦旅行に混ぜてもらい、急遽家族旅行として出かけることとなりました。
今回はJTBツアーなので、全て旅行者任せで、とっても楽~。
集合は早朝で、ギリギリまで寝ているつもりでしたが、張り切って朝4時に起きたという親に、何度もモーニングコールを入れられて、しぶしぶアラームより早く起きました。
おかげで余裕すぎる到着です。
● 善光寺
善光寺宿坊、常円坊のガイドさんがついてくれました。
歴史が古く、日本で仏教がさまざまな宗派に分かれる前のお寺なので、無宗派の単立寺院、つまり特別の宗派がないと知って驚きました。
そのため、檀家がないそうです。
つまりは墓地もないんでしょうね。
今は、天台宗と浄土宗のお坊さんが管理しているということです。
門跡寺院ではありませんが、住職は代々公家出身者だそうです。
かつては宗教寺院は女人禁制が当たり前のような風習でしたが、ここは珍しく、女人救済をしていたそうで、門戸の広さを感じます。
本田善光さんが建てたので、善光寺という名前になったとのこと。
意外にネーミングは単純でした。
境内には、松をたずさえた親鸞像がありました。
○ 内々陣
国宝の本堂は、総檜皮(ひわだ)葺きですが、目下外観工事中でした。
目の前には二十五菩薩・百観音、左右に地蔵菩薩・弥勒菩薩像。どれも大きく金光りしており、見上げる形で圧倒されます。
瑠璃壇の前で一人一人名前を読んでもらい、祈祷していただきました。
絶対秘仏の本尊阿弥陀如来は正面ではなく、向かって左側にあるとのこと。
本田氏の住居のように作ってあるからだそうです。正面中央には本田善光卿像が安置されていました。
○ 戒壇巡り
本堂の床下へと下り、戒壇巡りをしました。
地下に降りると灯りがいっさいなく、辺りは真っ暗。
前の人の気配を頼りに、壁をたどりながらおそるおそる通路を歩いていきます。
途中、曲がり角があったりして、もうどこをどう歩いているのかわかりません。
前を歩く人に寄りすぎると、踏まれてしまいそうだし、距離を置きすぎると、心細くなるため、みんな気を遣いながらそろそろと進んでいきます。
床になにか物が落ちていたら、確実に足を引っ掛けて転ぶでしょう。
延々歩いていったのち、なんだか前の人がガチャガチャ音をさせているのが聞こえました。
「次の人に場所を教えてあげて~」とガイドさんの声が聞こえます。
前を歩く父が、「これだよ」と教えてくれたのは、なんだか少し左右に動かせる、鉄製の棒のようなものでした。
おそらくこれが、「極楽浄土への錠」なんでしょう。
私の次の人にも「これです」と言ったけれど、「え?どこ?」とわからなそうだったので、むんずと手を捕まえて、「これです」と錠をつかませてあげました。
おじさんは動揺した様子ながら「あ、どうもありがとう」と言ってくれました。
その話をあとで両親にしたら、二人から口々に「痴女だ」と言われました。まあ失礼な!
後ろの人に教えていたら、前を歩く父親の気配が無くなってしまったので、「おとうさ~ん」とつい声を上げました。
小学生ぶりくらいの不安な声が出たので、我ながら驚きましたが、父もびっくりしたようで、「ここ、ここだよ」と待ってくれました。
階段を上がって、ようやく光の射す世界に戻りました。ああ、見えるってありがたい。
お釈迦様の弟子、十六羅漢の一人のおびんずる様像をなでて、本堂をあとにしました。
○ 大勧進・護摩堂
善光寺の天台宗の住職(貫主、かんす)の住まい。
日本三大不動と言われる厄除不動尊が祀られていました。
護摩堂の地下のホールには、大理石の壁画が飾られており、鹿が五頭、描かれていました。
ブッダの弟子を意味しているそうです。
もしかしたら、ブッダが初めて説法をといた鹿野苑も、弟子の暗喩だったんでしょうか?
そこで、家内安全の読経をお願いしました。
○ 山門拝観
特別公開中とのことで、山門好きの私たち親子は、早速登楼しました。(500円)
急な階段を上がっていきます。係の人も一緒についてきて、三門楼上にある「鳩字の額」(畳3枚分の大きさ)の説明をしてくれました。
内部には、山門本尊の文殊菩薩像が安置されていました。
波打つ鬣の獅子の背に乗った金色の菩薩様は、写実的で今にも動き出しそう。
四天王像がその四方を守護していました。(もちろん邪鬼つき)
一人一人顔の色が違い、方角によって色が決められているんだろうと思いました。
ほかに、四国八十八ヶ所霊場御分身仏も安置されていました。
先月見た、東京の増上寺の山門よりも気に入りました。
窓からは、眺望が開け、善光寺参道が見渡せます。敷石は7777枚あるそうです。
○ 仁王門
賑やかな参道を歩いて、入口の仁王門まで行きました。迫力のある仁王像が、寺を守っていました。
高村光雲・米原雲海の作とのことです。
● 戸隠神社
長野には、善光寺といい戸隠神社といい、歴史の飛びきり古い寺社が多いのですね。
今回の旅で一番楽しみにしていたのがここ。
名前も雰囲気も神秘的です。
○ 参道
バスを下りると、本格的な登山スタイルの人たちが多く、目につきました。
2キロある参道は固いでこぼこの石段道で、平坦道でも歩くのが大変。
思ったよりも道は長く、延々歩いていきました。
なんだか疲れてきた頃に、「あと1400m」の表示を見つけて、ぐったりします。
まだ行程の半分くらいしか進んでいませんでした。
さらに途中からきつい昇りの石段が。
昔の自然石を使った、ごつごつした段差が大きいもので、歩きづらく、親は膝がつらそう。
「途中でギブアップするかもしれない」という親を励ましながら、ようやく昇りました。
かなりきつくて、参拝者はみんなゼイゼイ。私も疲れました。
さすがは山の奥にある、修験の地です。
途中、随神門がありました。赤い門が緑に映え、時代を超えたかのよう。
そこから先は、17世紀に植えられた古い杉並木で、天に届きそうな大木に圧倒されました。
杉並木を抜けて、美しい笛の音が響いてきます。
古木の根元で、演奏している人を見つけました。
木漏れ日を受けて、とても気持ちよさそうでした。
ほかに、木の幹に身体を預けて、心地よさそうに居眠りをしている男性もいました。
まさに森林浴でリフレッシュできそうです。
○ 奥社
なんと、天照大神が天の岩戸に隠れたところに、戸隠という名前の縁起があるとは、歴史を感じます。
天岩戸が現在の戸隠山とされているそうです。そんなに大きかったとはー!
奥社は、天岩戸を吹き飛ばした、大力の天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)を祀っているそうです。
天下無双の大力の神様ですね。
○ 九頭龍社
神秘的な名前の社。同じ名前の社が、箱根と大原にもありますが、みんな同じ神話の竜を祀っているのでしょうか。
創建は奥社より古いとのことです。
龍神らしく、雨乞い、縁結びの他、歯痛の治療にも霊験があり、さらに好物の梨を供えると、歯の痛みを取り除いてくれるとのこと。
それで「梨などお供えしないように。猿がきます」と張り紙がしてあったんですね。
(神官も、毎日通うのは大変。特に雪が降ったらどうするんだろう)と心配したら、冬は神官は、奥社には詰めず、中社などにいるそうです。
雪をかき分けて、がんばって辿り着いても、社務所は無人で御朱印はもらえないんですね。
のどがすっかり乾いてしまったので、帰り道、熊笹ソフトを食べました。
熊笹といったら、北海道のものかと思いましたが、その辺に生えている笹がもしかすると全て熊笹なのかもしれません。
抹茶よりもくっきり、スッキリとした味で、おいしかったです。
近くには、忍者屋敷もあり、(戸隠流忍者ね)とかなり心惹かれましたが、時間が足りませんでした。残念。
お店の前にかけられている杉玉のようなものが、気になりました。
でもこれは、丸くなく、つづみの形のようになっています。
聞いてみたら、蕎麦玉なんだそうです。
今年の蕎麦ができたら、緑のものに掛け替えるそうで、もうすぐだとのことでした。
● 鏡池
それから鏡池に向かいました。
大型車が入れないということで、みんなマイクロバスに分かれて乗り込みます。
私たちは、タクシーになりました。6名定員いっぱいに乗りこんだので、私と母は助手席に二人で座ることになりました。
車がすれ違うのも大変なせまい道を走っていきます。
そんな自然の中にある鏡池は、本当に美しい、静かな湖でした。
遠方には、紅葉に色づいた山。
しばしのんびりできました。
美しい光景に、心がまろやかに満ち足ります。秋を満喫できました。
● 戸隠神社・中社
帰りはマイクロバスで。そのまま観光バスの待つ駐車場には戻らず、戸隠神社中社に連れて行ってもらいました。
奥社とは違い、車で行ける場所にあるとはいえ、これまた、歴史を感じさせる裏さびれた古めかしい社です。
祭神は、天照大神が天岩戸に隠れたとき、岩戸を開かせるために岩戸神楽をすることを思いついた天八意思兼命(あめのやごころおもいかねのみこと)。
前もってここに寄るとは聞いていなかったため、父はバスに御朱印帳を置いてきていました。
紙に書いていただく場合は、記帳より100円高くなっており、御朱印の値段が違うのは初めてでした。
境内には、樹齢700年の杉のご神木が天に枝を伸ばしていました。
霊感は全くない私ですが、ここ戸隠神社では、奥社への参道を歩いている時からずっと、とても濃い気に包まれていると感じました。
気のせいかもしれないし、フィトンチッドに満ちた空間だったせいかもしれませんが、自然の奥にある太古の昔からずっと人々の信仰を集めてきた場に向かうことは、感動的でした。
バスに乗るとすぐに眠気が押し寄せてきて、寝てしまう私。
朝早かったからかと思いましたが、昼になっても夜になっても、一日中ずっとバスに揺られて寝ていました。
前々から、一緒にバス旅行をした友人には、「ずっと寝てる」と言われてきましたが、ここまで寝ていたとは。
● 志賀パレスホテル
宿は志賀高原スキー場前のホテル。窓を開けるとリフトが見え、目の前がゲレンデです。
今は紅葉狩りの観光客が宿泊しています。
ここで山賊焼きを食べました。ニンニク醤油だれに鶏肉をつけ、片栗粉をまぶしてあげたもので、この辺りの料理のようです。
もちろん、コシのある戸隠蕎麦もいただき、信州の味覚を味わいました。
ほたる温泉も、ぽかぽかして気持ち良かったです。
部屋で「トッポ食べる?新発売のティラミス味だよ!」と得意満面で出したら、母は「私はこれを持ってきたわ」と、取り出しました。
なんと缶入りGODIVA PEARLS。
しかも、ミルクチョコとダークチョコの2種類でした。
がーん、差をつけられちゃった!悲しい一枚です。
日記ブログ→「秋の信濃・越後(1)」
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