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【デイリー】【名将が勇退】最後はマジック封印、木内監督「やっと解放された、ガハハハハ」

2011-07-28 | SPORTS(BASEBALL等)

「すばらしい人生」、お疲れ様でした!

と心から言いたいです。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110728-00000010-dal-base

「高校野球・茨城大会準決勝、常総学院0‐2藤代」(27日、水戸市民)
 甲子園で春夏3度優勝の木内幸男監督(80)が率いる常総学院が27日、茨城大会準決勝で藤代に0‐2で敗退。今夏を最後に勇退することを表明しており、これがラストゲームとなった。「木内マジック」と呼ばれる巧みな采配が持ち味の80歳の名将は「やっと解放された」とガハハハと笑って最後の夏を終えた。
  ◇  ◇
 すべてをやり尽くした。最後の指揮を終えた80歳の木内監督の表情は晴れやかだった。ラストサマーでの甲子園出場は逃した。だが、時折、トレードマークの満面の笑みをのぞかせた。完全燃焼の証しだろう。
 「年齢的にこれ以上は無理なんですよ。やっと解放された、みなさんから。ガハハハハ。これで甲子園にいったらパンダになっちゃうよ」
 この日は好機でもスクイズを使わず、強気に攻めた。だが、勝負どころであと1本が出ず、完封負け。鋭い当たりが再三、野手の正面をつく不運もあったが「(投げる)コースがいいから、打っても正面に飛ぶ」と一切の言い訳をしなかった。
 1953年に母校・土浦一の監督になり、約60年にわたりタクトを振るった。若かりしころは文字どおり野球漬けの日々。取手二の監督時代は「茨城でグラウンドにいる時間が一番長かった」と豪語するほど、選手とともに汗と泥にまみれた。熱血指導で甲子園出場22回、全国優勝は3回。「非常にいい人生を送らせてもらったけど、家内をはじめ、家族には迷惑かけた」。家庭を犠牲にしてまで野球に熱中した。
 03年夏の全国制覇後、いったんはグラウンドから退いたが、07年に現場復帰。だが、今春、監督を辞めることを決意した。03年勇退後に腎臓がんの手術を受けるなど、健康面に不安を抱えていた。「病院とグラウンドを行き来するようでは選手に闘争心は伝わらない。がんを治療するには今しかない。病院を待たせているから」。以前は4日に1日のペースで休暇を取っていたが、今大会前は連日猛暑の中、グラウンドに立ち、大きな声で指導にあたった。
 後任は佐々木コーチの昇格が有力だ。老将は今後の生活について問われると、それまでの明るい表情が一変。「どうやって野球をやりたい衝動を抑えっかな」とちょっぴり寂しそうだった。


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